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第一章 アーウェン幼少期
伯爵夫人は子供時代を思い出す ④
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侍女頭のジェーリーの手を借りて朝の支度をし、今度はカラやエレノアの魔力の入っていない『普通の朝食』を寝室の隣の部屋で摂る。
貴族がほとんどこの町にはいないとはいえ、どこから見られ、誰に告げ口されて噂が出回るかはわからない。
ラウドの『伯爵』という爵位を考えれば、妻として足元を掬われるような隙を見せてはいけないと心得ている。
「……とはいえ、本当に早く皆と食事を取りたいわ。朝から子供たちの顔を見ることができたら、どんなに幸せかしら……」
「左様でございますね。私は奥様のご実家で下女として雇い入れていただきましたが、その頃はまだ通いでしたから、その頃のことをお話しすると……母と共に朝ご飯と仕事に向かう父や学校へ行く弟たちのお弁当を作り、皆で食べてからそれぞれ赴きました。私はお嬢様が…失礼いたしました。奥様がお生まれになるということで大奥様がご懐妊された時に雇っていただいたので、あまり家の方は手伝えませんでしたが……」
「ふふっ…ジェイが私のことを『お嬢様』と呼んでくれるのはいつ以来…かしら?懐かしいわ。でも…そう……やはりジェイのようなお家では、皆でご飯を食べるのね。やっぱり羨ましいわ」
ヴィーシャムは幼児になってお世話係の乳母がついてからは、朝ご飯はきょうだいで食べても、両親と一緒には摂らなかった。
昼食は母と一緒だったが行儀作法を覚えるための時間であり、ディナーはその成果を親に見られる場所だったから、寛げる瞬間などなかったに等しい。
そしてターランド伯爵家の別邸へと移った後は妹が産まれたために母はそちらへつきっきりとなり、ヴィーシャムには家庭教師がつけられた。
同級生もなく別邸の一室で学問だけでなく魔力の扱い方や魔術に関して学んでいたため、ある意味孤独な子供時代だった。
ラウドが王都から戻るのが楽しみだった。
さすがに別邸に泊まることはなかったが、朝食の後に来たラウドは、そのまま一緒に勉強をしたり散歩をし、ヴィーシャムと魔力を重ねて『解けない氷』が作れないかと研究したりもした。
今のエレノアと同じぐらいに成長した妹を見てラウドは微笑んだが、あれはヴィーシャムに向ける愛を込めたものとは違うただの信愛の印だったのに、どうしてレーシャムはラウドに『愛されている』と思ったのだろうか。
「ねえ?ジェイ?」
「はい、奥様」
「……昔の夢を見たの。不思議ね。私、父や兄たちから怒りを向けられていたことも、妹に恨まれていたことも知らなかったわ……」
「それは……」
「知っていたの、本当は。知りたくなかったから、知らないふりをしていたのね。でも……お母様とお祖母様は、ラウドとの婚姻を本当に喜んでくれていたのも知ったわ」
「当然でございますよ」
侍女頭は優しく女主人の髪を梳きながら、何を今さらという笑みを浮かべる。
「私はターランド伯爵邸までご一緒することができましたから、旦那様が奥様どんなに愛しく思われて大切にされていたのか、お近くで拝見いたしておりましたよ。レーシャム様が何とか旦那様がおひとりの時にお近づきになろうとしていたのも」
「あらまあ」
今度はヴィーシャムもおかしそうに笑った。
「ええ。バラットがいつでもレーシャム様が潜んでいるのを見つけて旦那様に注意しておりましたから、そんな機会は一度もございませんでしたよ」
「まあ…ふふふ……」
きっとラウドはヴィーシャムにいつも笑っていてほしくて、ふたりの間を引き裂こうとする妹のことを話さなかったに違いない。
今ならともかく、まだ婚約という他人の入る余地があるように見えるあの頃なら、レーシャムのやらかそうとしたことに対して、ラウドの心を疑うことなく心穏やかでいられたとは思えなかった。
「そうね。でも、あの頃からラウドは私しか見ていなかったのね……思い出せてよかったわ」
「ええ、本当に。魔術師長様からご伝言を承りまして…アーウェン様がお目を覚まされたようです」
「本当に……?ああ……よかった……」
どんなに心の重しになっていたか、今更ながらヴィーシャムは震える自分の手指でようやく知った。
貴族がほとんどこの町にはいないとはいえ、どこから見られ、誰に告げ口されて噂が出回るかはわからない。
ラウドの『伯爵』という爵位を考えれば、妻として足元を掬われるような隙を見せてはいけないと心得ている。
「……とはいえ、本当に早く皆と食事を取りたいわ。朝から子供たちの顔を見ることができたら、どんなに幸せかしら……」
「左様でございますね。私は奥様のご実家で下女として雇い入れていただきましたが、その頃はまだ通いでしたから、その頃のことをお話しすると……母と共に朝ご飯と仕事に向かう父や学校へ行く弟たちのお弁当を作り、皆で食べてからそれぞれ赴きました。私はお嬢様が…失礼いたしました。奥様がお生まれになるということで大奥様がご懐妊された時に雇っていただいたので、あまり家の方は手伝えませんでしたが……」
「ふふっ…ジェイが私のことを『お嬢様』と呼んでくれるのはいつ以来…かしら?懐かしいわ。でも…そう……やはりジェイのようなお家では、皆でご飯を食べるのね。やっぱり羨ましいわ」
ヴィーシャムは幼児になってお世話係の乳母がついてからは、朝ご飯はきょうだいで食べても、両親と一緒には摂らなかった。
昼食は母と一緒だったが行儀作法を覚えるための時間であり、ディナーはその成果を親に見られる場所だったから、寛げる瞬間などなかったに等しい。
そしてターランド伯爵家の別邸へと移った後は妹が産まれたために母はそちらへつきっきりとなり、ヴィーシャムには家庭教師がつけられた。
同級生もなく別邸の一室で学問だけでなく魔力の扱い方や魔術に関して学んでいたため、ある意味孤独な子供時代だった。
ラウドが王都から戻るのが楽しみだった。
さすがに別邸に泊まることはなかったが、朝食の後に来たラウドは、そのまま一緒に勉強をしたり散歩をし、ヴィーシャムと魔力を重ねて『解けない氷』が作れないかと研究したりもした。
今のエレノアと同じぐらいに成長した妹を見てラウドは微笑んだが、あれはヴィーシャムに向ける愛を込めたものとは違うただの信愛の印だったのに、どうしてレーシャムはラウドに『愛されている』と思ったのだろうか。
「ねえ?ジェイ?」
「はい、奥様」
「……昔の夢を見たの。不思議ね。私、父や兄たちから怒りを向けられていたことも、妹に恨まれていたことも知らなかったわ……」
「それは……」
「知っていたの、本当は。知りたくなかったから、知らないふりをしていたのね。でも……お母様とお祖母様は、ラウドとの婚姻を本当に喜んでくれていたのも知ったわ」
「当然でございますよ」
侍女頭は優しく女主人の髪を梳きながら、何を今さらという笑みを浮かべる。
「私はターランド伯爵邸までご一緒することができましたから、旦那様が奥様どんなに愛しく思われて大切にされていたのか、お近くで拝見いたしておりましたよ。レーシャム様が何とか旦那様がおひとりの時にお近づきになろうとしていたのも」
「あらまあ」
今度はヴィーシャムもおかしそうに笑った。
「ええ。バラットがいつでもレーシャム様が潜んでいるのを見つけて旦那様に注意しておりましたから、そんな機会は一度もございませんでしたよ」
「まあ…ふふふ……」
きっとラウドはヴィーシャムにいつも笑っていてほしくて、ふたりの間を引き裂こうとする妹のことを話さなかったに違いない。
今ならともかく、まだ婚約という他人の入る余地があるように見えるあの頃なら、レーシャムのやらかそうとしたことに対して、ラウドの心を疑うことなく心穏やかでいられたとは思えなかった。
「そうね。でも、あの頃からラウドは私しか見ていなかったのね……思い出せてよかったわ」
「ええ、本当に。魔術師長様からご伝言を承りまして…アーウェン様がお目を覚まされたようです」
「本当に……?ああ……よかった……」
どんなに心の重しになっていたか、今更ながらヴィーシャムは震える自分の手指でようやく知った。
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