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第一章 アーウェン幼少期

伯爵は義息子の安全を優先する ③

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「……あり得ん」
「あり得ないと思います」
「とはいえ……」
その板が輝いた場所は、間違いなくこの王都。
「現存するはずのない木が、この王都に……?しかし、高位貴族の屋敷であればそれなりの植栽があります。その中に紛れて……?いや、そんな、あり得ない……だが……」
魔術師長がブツブツと呟きながらガラス板を動かすと、光はフッと治まり、その後に反応はない。
しかし王都から離れた大森林が広がる田園地方や辺境地、世界中に教会を置くガラハという宗教団体が魔力を封じて作ったという、王家の他にはターランド伯爵家に控えとして所蔵していた世界地図でもいくつか板は反応したが、それはポツリと点滅してすぐ消える。
「……おそらく雑木に混じって生き延びた個体に反応したのだと思います。しかし、王都にあるというあの反応は、間違いなくアーウェン殿の体内にあった種子が生った樹木。しかし、王都内のすべての樹木を調べるには……」
「うむ……」
いくらターランド伯爵家が兵力として魔力に優れた者を王家に対して遣わせているとしても、さらに上位の貴族たちにとっては何の関係も優位性もなく、もしくは目障りな存在なだけである。
無理を言って敷地内を調べる許可をもらったとしても、その理由が『引き取り養子となった義理の息子が呪いらしきものを掛けられ、その犯人捜しのため』などとは嘲笑されるだけだ。
しかもその悪しき物はアーウェンの体内から排除されたが、うっとおしいサウラス男爵を近付けないために「アーウェンは伯爵家にはいない・・・・・・・・」と思わせているのに、それが嘘だとバレてしまう。
万が一また男爵が狂気にかられて乗り込んできて、今度こそアーウェンを害してしまったら──
「……危険すぎる。少なくとも、アーウェンが自分の身を護れるほどにならなければ」
「さようでございますね」
ラウドの下した判断に、バラットは仕える者としてだけでなく、自身の考えとしても反論することはない。
むしろ進んでこの伯爵邸から一歩も出さないぐらいにしたいが、閉じ込めるためにアーウェンを引き取ったわけではないのだ。
「こうなると王都内の詳しい地図がないのが悔やまれる……」
「王都内の高位貴族の館はほとんど所有者は代わりませんし、代わったところで庶民にはあまり関係がありません。王宮は場所を変えることはあり得ませんし。庶民同士であればたとえ居を替えたとしても、隣近所に言付けておけば、訪ねて来た者に新しい家のある場所を教えてくれるとか……」
「もしくは……『案内屋』に依頼するという手もありますが……彼らの多くは読み書きもままならない者も多い」
「『案内屋』か……」
魔術師の多くは貴族ではあるが王都にしか邸宅のない者が多く、ラウドのような領地経営のために王都を離れたり、王宮に詰め切りの文官とは違い、王都内での庶民の職業に詳しい。
そのためラウドに対して『案内屋』を提案した。

『案内屋』とは文字通り『どの地区に探している店や家があるか』というのを覚えて、探す人をそこまで案内する仕事である。
賃金としては大通りにある商店を案内するような簡単なものならば銅貨一枚、庶民でも裕福な家なら銅貨三枚、一般的な家なら銅貨五枚、治安が悪い地区ならば護衛を兼ねて銅貨八枚から銀貨一枚。
地区を越えて貴族の邸宅へ案内するなら普通の家に案内するのと同額だが、そこに案内してきた客を門番に紹介して屋敷に入れるようにするのに交渉するため、さらに銅貨三枚ほどの手間賃をもらう。
そんなふうに案内を頼む者はたいてい使用人の身内だから時には交渉のための手間賃をもらい損ねるが、たいていは屋敷側からも銀貨一枚ぐらいは手間賃をもらえるので、重い荷物を持てない子供がわずかばかりでも家の収入の足しにと就く仕事だ。

しかし、読み書きもできないとなると──
「であれば、各地区を警邏する部隊に調査を依頼しましょう。王都内の庶民住居把握のためと陛下にご助言なされては?」
「確かに……今後、アーウェンを繁華街に連れて行くにも、王都内の地図があれば安全を確保しやすい。」
「さらに少しでも住居の移動などがあった場合、警邏隊へ情報を提供するごとに報酬を与えるとか……何か組織立ってまとめられれば良いのですが」
「面白いな……よし、それは私が王宮議会に持っていく。とりあえず、魔術師長殿はこのままアーウェンとカラにかけられた呪法の解析を。バラットは都度、魔術師長殿の指示を仰ぐか、警備兵への伝達、通常業務など、好きに動け」
「ハッ!」
「かしこまりました」
ふっと室内の空気が軽やかになり、魔術師長が聞き耳を立てられないようにと張っていた術を解いて退出した。

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