1 / 410
序章
狂犬戦士は飼主姫と舞踏会へ赴く
しおりを挟む
今夜の舞踏会は戦場だ。
会場は王宮のダンスホールで、主催者はウェルエスト王国の国王夫妻で、今年十八歳になる王太子の婚約者のお披露目である。
さすがに未来の王太子妃を押しのけてまで王太子に突撃する者はいないであろうが、王太子と同腹の第二王子と第二側妃の息子である第三王子は共に十七歳、そして社交界デビューしたばかりの末の王女は十五歳で、まだ婚約者が決まっていない。
つまり──『王家の姻戚になる』チャンスがあるのだ。
もっとも王位継承権に関して言えば第三王子は最高位につく可能性が低く、将来的に王太子妃や第二王子妃が後継ぎを産むのが義務付けられているのと同じくらい、高位貴族として臣下降籍するのが決定しているため、婿入りを希望する候・公爵家の娘たちが虎視眈々と狙っている。
だからといって第二王子や王女の人気がないわけではなく、何とかその視線とダンスの手を差し伸べられ、差し伸べる隙を狙っているのだ。
「……お前はいいのか?」
「あら?私、そんなにモテないとお思いですの?お義兄様?」
三十cmほどの身長差のある若い男女が真新しい馬車から降りて腕を組むと、ゆったりと進みながらそんな会話を交わしている。
黒みがかった茶髪で無表情の偉丈夫と、透き通るような白に近い金髪を結い上げ、片側だけ緩く巻いたひと房を垂らした小柄な少女。
まだ会場に入れない下位貴族の少年少女たちが両親と共に、年齢も身長差もある二人にそれぞれ好奇心と思慕を含んだ視線を投げかけたが、声をかけようとはしない。
当然だ──二人は臣下となった王家の者が名乗る公爵のすぐ下の位、つい半年前に伯爵から陞爵された『ターランド侯爵家』の馬車から降りたのだから。
「……アレが、王女殿下とご友人の令嬢と、その」
「ねえ……お父様、あの方、怖いわ。顔は整ってらっしゃるのに、笑っていないんですもの」
「いや、できればご縁を……」
「大丈夫かしら?あの御令嬢……」
「ほら……あんなに怯えて……いらっしゃない?」
「やっぱりおかしいのよ……ターランドって……」
「シッ」
クスクス。
クスクス。
陰口に似た囁き声と陰険な笑い声をスルーするエレノア・イェーム・デュ・ターランド嬢の手が、五歳年上の義兄であるアーウェン・ウュルム・デュ・ターランドが逞しい腕をビクリと痙攣させたのを感じた。
「……気になさらないで、お義兄様」
「……わかった。ノア」
ほとんど唇を動かさずに義妹がそう言うと、一瞬強められた眼光を周りに飛ばすことなくアーウェンは軽く視線を下に落とすふりをして、隣で同じ速度で歩く美しいエレノアに向けて弱々しい笑みを浮かべる。
その有様はまるで──
「……まぁ。まるで、女主人と従者のようね?」
「…ふふっ……従者というより」
ええ。まるで犬のようね?
それは狂犬戦士と飼主姫のお話。
会場は王宮のダンスホールで、主催者はウェルエスト王国の国王夫妻で、今年十八歳になる王太子の婚約者のお披露目である。
さすがに未来の王太子妃を押しのけてまで王太子に突撃する者はいないであろうが、王太子と同腹の第二王子と第二側妃の息子である第三王子は共に十七歳、そして社交界デビューしたばかりの末の王女は十五歳で、まだ婚約者が決まっていない。
つまり──『王家の姻戚になる』チャンスがあるのだ。
もっとも王位継承権に関して言えば第三王子は最高位につく可能性が低く、将来的に王太子妃や第二王子妃が後継ぎを産むのが義務付けられているのと同じくらい、高位貴族として臣下降籍するのが決定しているため、婿入りを希望する候・公爵家の娘たちが虎視眈々と狙っている。
だからといって第二王子や王女の人気がないわけではなく、何とかその視線とダンスの手を差し伸べられ、差し伸べる隙を狙っているのだ。
「……お前はいいのか?」
「あら?私、そんなにモテないとお思いですの?お義兄様?」
三十cmほどの身長差のある若い男女が真新しい馬車から降りて腕を組むと、ゆったりと進みながらそんな会話を交わしている。
黒みがかった茶髪で無表情の偉丈夫と、透き通るような白に近い金髪を結い上げ、片側だけ緩く巻いたひと房を垂らした小柄な少女。
まだ会場に入れない下位貴族の少年少女たちが両親と共に、年齢も身長差もある二人にそれぞれ好奇心と思慕を含んだ視線を投げかけたが、声をかけようとはしない。
当然だ──二人は臣下となった王家の者が名乗る公爵のすぐ下の位、つい半年前に伯爵から陞爵された『ターランド侯爵家』の馬車から降りたのだから。
「……アレが、王女殿下とご友人の令嬢と、その」
「ねえ……お父様、あの方、怖いわ。顔は整ってらっしゃるのに、笑っていないんですもの」
「いや、できればご縁を……」
「大丈夫かしら?あの御令嬢……」
「ほら……あんなに怯えて……いらっしゃない?」
「やっぱりおかしいのよ……ターランドって……」
「シッ」
クスクス。
クスクス。
陰口に似た囁き声と陰険な笑い声をスルーするエレノア・イェーム・デュ・ターランド嬢の手が、五歳年上の義兄であるアーウェン・ウュルム・デュ・ターランドが逞しい腕をビクリと痙攣させたのを感じた。
「……気になさらないで、お義兄様」
「……わかった。ノア」
ほとんど唇を動かさずに義妹がそう言うと、一瞬強められた眼光を周りに飛ばすことなくアーウェンは軽く視線を下に落とすふりをして、隣で同じ速度で歩く美しいエレノアに向けて弱々しい笑みを浮かべる。
その有様はまるで──
「……まぁ。まるで、女主人と従者のようね?」
「…ふふっ……従者というより」
ええ。まるで犬のようね?
それは狂犬戦士と飼主姫のお話。
41
お気に入りに追加
781
あなたにおすすめの小説
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。
三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。
何度も断罪を回避しようとしたのに!
では、こんな国など出ていきます!
3歳児にも劣る淑女(笑)
章槻雅希
恋愛
公爵令嬢は、第一王子から理不尽な言いがかりをつけられていた。
男爵家の庶子と懇ろになった王子はその醜態を学園内に晒し続けている。
その状況を打破したのは、僅か3歳の王女殿下だった。
カテゴリーは悩みましたが、一応5歳児と3歳児のほのぼのカップルがいるので恋愛ということで(;^ω^)
ほんの思い付きの1場面的な小噺。
王女以外の固有名詞を無くしました。
元ネタをご存じの方にはご不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。
創作SNSでの、ジャンル外での配慮に欠けておりました。
覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―
Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。
[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・
青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。
婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。
「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」
妹の言葉を肯定する家族達。
そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。
※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。
【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?
つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。
平民の我が家でいいのですか?
疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。
義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。
必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。
勉強嫌いの義妹。
この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。
両親に駄々をこねているようです。
私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。
しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。
なろう、カクヨム、にも公開中。
人を好きになるのがこんなにつらいって……誰か教えてよ
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が突然事故で他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して、領のことなど右も左もわからない。そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の4人のこどもたち(14歳男子、13歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、貴族のマナーなど全く知らないこどもたちに貴族のマナーを教えたり、女心を教えたり(?)とにかく、毎日が想像以上に大変!!
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※設定はゆるめです(たぬきち25番比)
※胸キュンをお届けできたらと思います。
戦いから帰ってきた騎士なら、愛人を持ってもいいとでも?
新野乃花(大舟)
恋愛
健気に、一途に、戦いに向かった騎士であるトリガーの事を待ち続けていたフローラル。彼女はトリガーの婚約者として、この上ないほどの思いを抱きながらその帰りを願っていた。そしてそんなある日の事、戦いを終えたトリガーはフローラルのもとに帰還する。その時、その隣に親密そうな関係の一人の女性を伴って…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる