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社内恋愛

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「部長、会議の資料、会議室に準備しておきました。」

「ご苦労様、金曜日は残業になってしまったようだね。ありがとう」

「いえ。」  そのおかげで朋輝と食事に行って両想いになれたのかも知れないなと、心の中でくすっと笑った。

「そうだ、珍しく会長が来るそうだから、お茶を多めに準備しておいて」

「会長が…、そうなんですね。承知しました。」

    今日は7月の第1月曜日で、川崎と大宮の支店の営業がここ本社に集まり、営業全体が出席しての定例会議が行われる。10時からだから、その少し前にお茶出しをするのが、今回は私の役目だ。と言っても、ペットボトルのお茶を配るだけなんだけど。

    そう言えば、金曜日の夜、会長が言っていた課長の"結婚相手"って誰の事だと思ってたのかな………。勘違いして泣きそうになっちゃったじゃないか。まあ、お年寄りだし、課長と別の誰かと間違えちゃったのかも知れないな(←失礼)。

・・・

「お電話ありがとうございます。岡崎コーポレーションの鈴原でございます。」

「丸菱の倉林ですが、長島さんはいらっしゃいますか」

「長島は午前中会議で席を外しておりますが、お急ぎですか?」

「いや、午後で構わないから、電話するように伝えてください。番号は090-○○○○-○○○○です。」

「はい、かしこまりました。」

    受話器を置いて、メモを長島君の机に置いた。
    小川さんが近付いてきて、誰もいないのに内緒話をする。

「鈴原さんは会長と知り合いだったの?」

「はい、実はこの会社の最終面接の日に偶然知り合いまして。」

「そうなんだね。会長と挨拶してる時にそう感じたから。そう言えば、私も、就活の子達が来ていた頃以来に久しぶりに会長に挨拶したわ。私が新卒で入社した頃は、会長が営業部長だったからお世話になったのよ。」

「そうだったんですねぇ………。」

「それはそうと、今度こそ課長と何かあったでしょう?」

    朋輝が言うには、この会社は社内恋愛は禁じていないそうだ。働きにくいと感じた場合などは、他部署に異動を希望する事も出来るそうだ。
    でも。
    朋輝は部下としての私を欲してくれているし、私も上司として尊敬している事は勿論、営業マンとしての朋輝の姿に魅了されている。
    結論から言うと、"バレても構わない"
けれど、多分皆気付いているだろうから、聞かれたら言ってしまおう、という事に決めた。
    ただし、社内では言葉遣いや態度には気をつかおうね、というスタンスをとる事にしたのだ。
    流石に会社で二人きりの時のような話し方や態度はしたくもないし見せたくもない。

    とまあ、二人で決めた事なので、あっさり打ち明けた。

「お付き合いを始めました。」
(だいぶ、端折って伝える)

「やっぱりね。それで、課長ってどんな感じなの?甘いんでしょう?っあぁー、まだお昼休憩まで結構時間があるじゃない…!
でも、今聞いたら簡単な答えで済まされそうだから、お昼に答えてね、鈴原さん」

    そう言ってにっこり笑う小川さんに、なんて答えたら正解なのか、お昼まで散々悩む事になってしまった私だった。

─────

    お昼まで後15分程という頃、会議室から営業の皆が戻ってきた。

「会議室を片付けてきます」
    私は立ち上がり会議室に向かった。

    ドアを開けると、会長が一人残って座って、肩をぐるりと回していた。

「お疲れ様です。肩凝りですか」

「いやぁ、久しぶりに小さい字を読んでいたら、肩が凝ってしまったよ。年だな。」

「肩をお揉みしますよ?私、よく祖母にしていたので。」

「そうかい?じゃ、お願いしようかな?」

「任せてください。」

    ほんの1、2分だったと思うけど、会長は大袈裟に喜んでくれた。

「鈴原さんにも、やってあげたいけど、最近はほれ、やれセクハラだとか言われてしまうからな」

「そんな!会長がセクハラするなんて誰も思いませんよ。それに、若くても私凝り性なんです。しかもスマホ首気味ですし。」

「じゃ、ちょっと、ここに座ってみて」

「そう…、ですか?では少しだけお願いします」

    会長に肩を揉んでもらい始めて気付いた。
 もの凄く気持ちが良い。他人に肩を揉まれたのは初めてだったので知らなかった。

「あぁっ、んっ」

と思わず声をあげてしまい、(いけない、と)口を押さえた瞬間、凄い勢いでガチャっとドアが開いて、凄い形相の課長が入ってきた。
    この光景は見ればすぐ肩揉みだと分かる筈だけど、自分でもさっきの声が社内には不適切だった事は理解できる。すぐに口元は押さえたけど、もう口から出てしまっている。

「…はぁ、会長……、あなたって人は毎度毎度……。…紛らわしいんですよ……。」

「なんか、すまん」

「私こそ申し訳ありません、思わず声が出てしまって…」と、項垂れる男達に謝る。

「会長が鈴原に絡むと、ろくな事にならないな。」

「それで思い出した!金曜日の夜は悪かったね、私は杉崎の結婚の相手は鈴原さんだと思って聞いたんだよ。」

「私ですか?どうしてそんな勘違いを?結婚なんて、(あの時は)考えてる訳ないじゃないですか。」
    横で固まっている課長には気付かなかった。

「いや、ほら、会社で鈴原さんの手を握った時、杉崎が凄く怒ったからてっきり…。すまんね」

「いえ、それなら(課長に他に相手がいないなら)もういいんです。謝らないでください。それに、もうお昼ですよ。私は、ここを片付けちゃいますから。」

「そうかい?鈴原さんお疲れ様、また今度な。じゃ、杉崎、お昼食べに行こう」

「そうですね。」と課長は少し冴えない表情で返事をして、二人は出て行った。

─────

    昼食が済み、一息ついて、
「鈴原が色っぽい、いい顔をして杉崎を見ていたから、結婚の話までいってたかと思ったが、先週は悪かったね」と会長。

「あの後ちゃんとしましたからもういいです」
ムスっと答える課長。

「なんだ、鈴原さんと付き合えたのに、全然結婚を考えてないみたいで落ち込んでるのか」

「会長は、いつも余計な事をしたり言ったり………あんまり鈴原を構わないでやってくれませんか」

「杉崎は私の子どもみたいなもんだろう?で、鈴原さんは将来お嫁さんに来るんだろう?可愛いもん同士のアレコレに関わりたいっていう親心が分からないかねぇ?」

「色々面倒を見てもらった事は感謝してます。それに、今は奥さんを大切にして仲良くなさっているようですが、会長が若い頃遊んでいたのは有名な話ですから。」

「耳が痛いな。でも二人を見ていると楽しくて楽しくて………。」

「しかるべき時にちゃんとしますから、これ以上鈴原に変な事を吹き込まないでくださいよ、会長」

「そうか?仕方ないな」

    がっかりした顔を見せる会長に、はぁ、とため息をつく課長だった。

───会長と課長の間でそんなやり取りがされていた事など私は知る由もなかった。
   
    




    
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