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あの時の男性は
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仕事にもだいぶ慣れてきた頃、季節は梅雨時期に入った。
これからお昼休憩の時間だなぁ、と、鬱陶しい梅雨空を窓から眺めながら、ふとあの時の男性を思い浮かべていた。
雨の会社最終面接の日、倒れてしまったあの男性は、あの後ちゃんとお迎えの車で助けて貰ったのだろうか。お金を手渡されそうになった為、とっさに失礼して逃げてしまったけど、きちんと迎えが来るまで一緒に付き添っていた方が良かったかも知れない。
ふと、そんな事考えていると、部長が近づいてきた。
「鈴原さん、今日は小川さんがお休みだから、これから一緒に外へランチに行かないか。」
「部長、お気遣いありがとうございます。実は前もって小川さんから聞いていたので、今日はお弁当なんです。」
「お、そうか。じゃあちょっと出てくるな。」
「はい、行ってらっしゃい」
私は、1人で休憩室に行くのもなぁ…と思い、自分の机でお弁当を拡げた。
・・・
食べ終わって、片付けていると、フロアに誰かが入ってきた。
「お疲れさん」
「お疲れ様です、え?あなたは……!」
面接の日の、倒れてしまった男性だ。
「鈴原さん、あの時はありがとうね。」
「どうして私の名前を?それにどうしてここへ?
…それより、あの後、すぐお迎えの方は来られたんですか?ちょうどさっき、あの時の事を考えていたので、驚いてしまいました。」
「不審がる前に私の心配ですか?ははは、やっぱり鈴原さんは思っていた通りの人のようだ。私は、この会社の会長をしている、柳沢だ。」
「か、か、会長ですか?!私、何も知らずに………!はっ、お茶をいれてきますので、こちらへどうぞ……」
「いいから、いいから、ちょっと手を出しなさい。」
「手を?手を出すんですか。」
「そう。お金とかじゃ鈴原さんは受け取らないから、甘いものだよ。」
手を出すと、何か小さい紙の包みを握らされ、会長の手は私の手ごと包みこんだ。そこへちょうど杉崎課長が戻ってきた。
「会長っ!アンタ社内で何やっている?!」
あわわ、課長の目がめちゃくちゃ怒ってる。
多分また私の事誤解した………。私は、少し泣きたい気持ちで、まだ手を握って離さない会長を見た。
しかし。
「鈴原は、真面目で一生懸命で頑張り屋のいい子なんだ、手を出すのはやめてくれ。」
「………。」
「いくら会長だからといって、社内で女子社員に触るのはセクハラだ、早く手を離せ。」
「………。」このセリフは一体………。私の事、会長の愛人だと誤解してたんじゃなかったの?!
「ハー、ハッハッ!ひー可笑しいっ。杉崎が面白過ぎる、くっくっく」会長が私から手を離し、笑い転げている。
「………。」
「…あ?どういう事だ?」
「優しい鈴原さんに、お菓子の包みを渡していただけなんだが?」
「な、なっ?」
「最終面接をすっ飛ばして採用しちまったから、変な事になっていないか気になって様子を見に来てみたら…、くっ、プッ」
……まだ笑っている……。
「鈴原さんは、グループ面接の時、群を抜いて感じが良かったらしいな。意気込みや熱意も誰よりも一番強く感じたから、是非採用したいって、杉崎が言ってたから」
私をチラリと見て続ける。
「最終面接の日、偶然知り合って、私のせいで面接を受けられなくなった鈴原さんを採用するように、人事に頼んだんだよねぇ……。会長推薦で。」
「会長が私を採用してくれたんですか?!」
私もたまらず口を挟んでしまった。
「……。鈴原はそれすら知らなかったのか?」
「はい、会長だという事もさっき知りました」
はぁ、と額をおさえて、ため息をつく課長。
「何だったかな、"鈴原は真面目で一生懸命で頑張り屋"…だったっけ?
今日は、"鈴原さんは見ず知らずの人に親切にできる人だ"と、伝えに来たんだが、杉崎はそれ以上に鈴原さんの事を思っているようだな。」会長は、ふん、ふん、と頷いて言った。
そして、
「どの社員も"使い物にならない"と言っていた杉崎が"絶対欲しい"と思った鈴原はどうしているかな、と思ってやって来たんだが、想像以上に面白いものが見られたよ。」
そして会長は、まるで"自分は善い仕事をした"かのような顔をして、
「じゃ、用事は済んだから、後は若い二人で。」
と仲人のようなセリフを吐いて出て行ってしまったのだ。
残された私達は、お互いに少し赤い顔をして見つめあう事数十秒、入ってきた部長の声で我に返った。
「今、会長とすれ違ってまた来るって言ってたけど、何かあったのか。……あ、あれ?まずいところに帰ってきちゃったかな。」
普段しゃべる事のない二人が赤い顔して見つめあってたら、そりゃそういう反応になりますよね。
「ごめん、鈴原さんが一人で留守番してると思ったからさ、邪魔するつもりじゃなくてさ。」
生暖かい目で見ながらそんな風に言われ、まだ何も話していないのに………とジト目で部長を見ると、更に誤解して「トイレに行ってくる」と出て行ってしまった。
「話したいから今日は車で送る。仕事が終わったら待ってろよ。」
課長まで、そう言って、出かけてしまったのだ。
………会長、言うならもっと早く言って欲しかったですよ・・・。今さら第三者の口からあんな話を聞くなんて、赤くなって黙りこんでも仕方ないと思う。
課長は外回りだからいいけど、私は。
・・・はぁぁぁぁぁ。
これからお昼休憩の時間だなぁ、と、鬱陶しい梅雨空を窓から眺めながら、ふとあの時の男性を思い浮かべていた。
雨の会社最終面接の日、倒れてしまったあの男性は、あの後ちゃんとお迎えの車で助けて貰ったのだろうか。お金を手渡されそうになった為、とっさに失礼して逃げてしまったけど、きちんと迎えが来るまで一緒に付き添っていた方が良かったかも知れない。
ふと、そんな事考えていると、部長が近づいてきた。
「鈴原さん、今日は小川さんがお休みだから、これから一緒に外へランチに行かないか。」
「部長、お気遣いありがとうございます。実は前もって小川さんから聞いていたので、今日はお弁当なんです。」
「お、そうか。じゃあちょっと出てくるな。」
「はい、行ってらっしゃい」
私は、1人で休憩室に行くのもなぁ…と思い、自分の机でお弁当を拡げた。
・・・
食べ終わって、片付けていると、フロアに誰かが入ってきた。
「お疲れさん」
「お疲れ様です、え?あなたは……!」
面接の日の、倒れてしまった男性だ。
「鈴原さん、あの時はありがとうね。」
「どうして私の名前を?それにどうしてここへ?
…それより、あの後、すぐお迎えの方は来られたんですか?ちょうどさっき、あの時の事を考えていたので、驚いてしまいました。」
「不審がる前に私の心配ですか?ははは、やっぱり鈴原さんは思っていた通りの人のようだ。私は、この会社の会長をしている、柳沢だ。」
「か、か、会長ですか?!私、何も知らずに………!はっ、お茶をいれてきますので、こちらへどうぞ……」
「いいから、いいから、ちょっと手を出しなさい。」
「手を?手を出すんですか。」
「そう。お金とかじゃ鈴原さんは受け取らないから、甘いものだよ。」
手を出すと、何か小さい紙の包みを握らされ、会長の手は私の手ごと包みこんだ。そこへちょうど杉崎課長が戻ってきた。
「会長っ!アンタ社内で何やっている?!」
あわわ、課長の目がめちゃくちゃ怒ってる。
多分また私の事誤解した………。私は、少し泣きたい気持ちで、まだ手を握って離さない会長を見た。
しかし。
「鈴原は、真面目で一生懸命で頑張り屋のいい子なんだ、手を出すのはやめてくれ。」
「………。」
「いくら会長だからといって、社内で女子社員に触るのはセクハラだ、早く手を離せ。」
「………。」このセリフは一体………。私の事、会長の愛人だと誤解してたんじゃなかったの?!
「ハー、ハッハッ!ひー可笑しいっ。杉崎が面白過ぎる、くっくっく」会長が私から手を離し、笑い転げている。
「………。」
「…あ?どういう事だ?」
「優しい鈴原さんに、お菓子の包みを渡していただけなんだが?」
「な、なっ?」
「最終面接をすっ飛ばして採用しちまったから、変な事になっていないか気になって様子を見に来てみたら…、くっ、プッ」
……まだ笑っている……。
「鈴原さんは、グループ面接の時、群を抜いて感じが良かったらしいな。意気込みや熱意も誰よりも一番強く感じたから、是非採用したいって、杉崎が言ってたから」
私をチラリと見て続ける。
「最終面接の日、偶然知り合って、私のせいで面接を受けられなくなった鈴原さんを採用するように、人事に頼んだんだよねぇ……。会長推薦で。」
「会長が私を採用してくれたんですか?!」
私もたまらず口を挟んでしまった。
「……。鈴原はそれすら知らなかったのか?」
「はい、会長だという事もさっき知りました」
はぁ、と額をおさえて、ため息をつく課長。
「何だったかな、"鈴原は真面目で一生懸命で頑張り屋"…だったっけ?
今日は、"鈴原さんは見ず知らずの人に親切にできる人だ"と、伝えに来たんだが、杉崎はそれ以上に鈴原さんの事を思っているようだな。」会長は、ふん、ふん、と頷いて言った。
そして、
「どの社員も"使い物にならない"と言っていた杉崎が"絶対欲しい"と思った鈴原はどうしているかな、と思ってやって来たんだが、想像以上に面白いものが見られたよ。」
そして会長は、まるで"自分は善い仕事をした"かのような顔をして、
「じゃ、用事は済んだから、後は若い二人で。」
と仲人のようなセリフを吐いて出て行ってしまったのだ。
残された私達は、お互いに少し赤い顔をして見つめあう事数十秒、入ってきた部長の声で我に返った。
「今、会長とすれ違ってまた来るって言ってたけど、何かあったのか。……あ、あれ?まずいところに帰ってきちゃったかな。」
普段しゃべる事のない二人が赤い顔して見つめあってたら、そりゃそういう反応になりますよね。
「ごめん、鈴原さんが一人で留守番してると思ったからさ、邪魔するつもりじゃなくてさ。」
生暖かい目で見ながらそんな風に言われ、まだ何も話していないのに………とジト目で部長を見ると、更に誤解して「トイレに行ってくる」と出て行ってしまった。
「話したいから今日は車で送る。仕事が終わったら待ってろよ。」
課長まで、そう言って、出かけてしまったのだ。
………会長、言うならもっと早く言って欲しかったですよ・・・。今さら第三者の口からあんな話を聞くなんて、赤くなって黙りこんでも仕方ないと思う。
課長は外回りだからいいけど、私は。
・・・はぁぁぁぁぁ。
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