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16 祖母と私と私の魔法

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「あぁ、知っている。他国の王家の血だ、侯爵家に嫁いできた時に……余程人望があったのだろう。貴女の領地では騎士団を抱えているはずだが」

「えぇ。でも、祖母がそれだけ好かれていたのは、私に教えてくれたこと……きっと殿下が望んでいることを、ずっと続けてきたからだと思います」

 アリサを軽く振り返って、青の天鵞絨張りの小箱を受け取る。

 この小箱の中身は、私よりもきっと殿下に必要な物だ。選ばれたいからではなく、純粋に渡したいから、私はこの箱の中身を殿下に譲ることにした。

「これは、先日のお話のお礼です。祖母の話を今日はしようと思っていて……微弱ながら、私の魔法を籠めました。たとえ私が選ばれなかったとしても、殿下がお話してくださったことに何か報いたいと思いまして……お受け取りください」

 お菓子の隙間から箱をそっと置いて差し出すと、殿下はそれを受け取って、あけても? と目で聞いて来た。

 私は微笑んで頷く。

 中に入っているのは、殿下の瞳と同じ黒曜石をあしらったプラチナのカフスボタンだ。イヤリングや指輪といった肌身に付ける物は少々重いだろうと、カフスボタンに留めておいた。

「私の魔法は、常に私から微弱に漏れ出していて、周囲の人の気持ちを和ませます。祖母はもっとその力が強くて、石に魔法を籠める方法は祖母から教わりました。――そして、私の……お気づきだと思いますが、嘘も」

「嘘……ふふ、嘘だと認めるのだな」

「えぇ。失敗も成功も、何もかも笑い話や良い思い出にした方が記憶に残る。そして、思い出したいものになり、経験になる。だから、時には責任感も大事だけれど、笑ってやり過ごせることは笑ってやり過ごすのよ、というのが祖母の教えです。私は、そんな祖母が大好きでしたし、今もその教えを守っています」

 王宮で嘘を振りまいていた、なんて本当なら不敬罪に当たっても仕方がない。が、殿下は面白がって聞いているし、これまでもその嘘を楽しんでいた。

「もう一つ大事なことを教わっていたのに、私はそれを忘れてしまっていました」

「一体何を教わったんだ?」

 目を伏せる。微笑みは、今はいらない。これは自戒と反省、そして謝意を籠めた言葉だ。

「自分にだけは嘘を吐いてはいけない、と。自分の気持ちに嘘を吐くと自分を見失って迷子になる、と教わりました。私は……将来の国母など務まらないと頭から決めつけ、自分の気持ちや周囲の方の気持ちを見ようとしていませんでした。そのせいで……メイベル様は真向から向かってくださったことも、殿下のお心遣いも無駄にしてしまう所でしたが、私は自分の心と向き合うことに決めました」

 そして金色に変わった瞳を開いて殿下を見る。彼は、私の瞳の色が変わった事に少しの驚きと、まるで宝石でも見詰めるような視線で視線を合わせている。

「私は、殿下をお慕いしています。『リリィクイン』として選ばれたことに、今は感謝しています。これから最後の晩餐までの間、精いっぱい私らしく、殿下のお側に仕えたいと思っています」

「ヘイドルム侯爵令嬢……いや、ソニア嬢と呼んでも構わないだろうか?」

 私の顔は今きっと真っ赤だろう。殿下の先日の言葉が真実ならば、私はその告白に好意をもって応えたことになる。

 それだけで王太子妃に選ばれるわけではない。けれど、『リリィクイン』として王宮に留まる間。そしてもし、選ばれることがあればこの先の一生を。

「はい、かまいません殿下。どうか、お側にいられる限り、貴方に穏やかに楽しく過ごして欲しいと……その為の努力なら怠りません」

「ありがとう。ソニア嬢。君は……得難い令嬢だ」

 彼は贈り物のカフスボタンをさっそく袖の物と交換すると、その後は和やかな、私の祖母と、殿下のお兄様の思い出話に花を咲かせた。
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