上 下
7 / 17
本編

7 そして、訪れたその日

しおりを挟む
 私は日記に新しい一行、新しい一文字を書く事もできずに、ペンを置いて今日の出来事を思い出していた。

 お母様の喪が明けてからも、お父様も私もあまり明るくはいられなかった。ようやく落ち着いてきた所というか、それで食事も元のようには戻ったし、日常生活に戻ってきていた。マリアを除いて。

 マリアだけは頑なに部屋を出なかった。使用人たちが噂していた事を聞いても、マリアが扉の隙間から覗かせる顔はずっと落ち込んでいたし、実際はあまり食事をとってないのではないかと思った位だ。

 女主人代行である私が態々厨房にマリアが食事を残しているのかとか、マリアに何を出しているのかなどは確認できない。それは使用人にやらせて報告を聞くべき事であり、そして使用人は私に『マリアお嬢様は余りご飯を召し上がっておりません』といえばそれまでだ。

 使用人を疑えば、私も使用人に疑われることになる。それはよろしくない。

 だからその日、モーガン様が来訪するとは知らずに、私は食べやすいような野菜を煮崩したスープと柔らかい白パンを手ずから妹の部屋に持っていった。

 使用人たちの噂は聞いても、やはり自分の目に映るマリアは痩せてはいなくとも、ドアを半分だけ開けて覗かせる姿は憔悴して見えた。今はなんだかんだ、本当は食べていないのかもしれない、なんて思ったのだ。

「いりません、そんなもの……お姉様、心配されなくてもマリアは大丈夫です」

「でも、マリア、何かは口にしないと……」

「いらないって言ってるでしょ!」

 ドン! と扉を思い切りマリアが開いて私は突き飛ばされた。手に持っていたスープとパンが私のドレスを汚し、マリアは私を邪魔そうに睨んでいた。

「何をやっている!」

「モーガン様?!」

 私は驚いてしまった。来訪の前には必ず使いを寄越すモーガン様が、突然家の……屋敷のプライベートな部分に踏み込んできたのだ。

 私とマリアの様子を見比べ……そして目にいっぱいの涙をいつの間にか湛えていたマリアと、私が被っている質素な……消化にいい食事を見て、あまりのタイミングの良さとこのような無礼な事を立て続けにされて驚いて固まっている私を見て、モーガン様は怒りに顔を歪めた。

「ジュリア、君がマリアを虐めていると聞いた時には愕然としたが……それでも、君も母上を亡くしたショックからどうしようも無かったのだと思った。しかし、今君が被っている食事は何だ? マリアにそんな物をあたえて、自分たちだけは普通に晩餐を食べていたのか? ありえない。そこまで卑劣な女だとは思わなかった……」

 モーガン様は一体何を仰ってるの?

 理解の追いつかない私は固まったまま動けない。近くにいた使用人に言われて、一先ずマリアの部屋に入った。廊下で騒ぐ物では無いからだ。駆け付けてきた執事も一緒に部屋に入って、そして。

 マリアは部屋に入るなり、モーガン様にもたれかかった。立っていられないという様子で、ベッドに横になる。

 私もまた、立っていられなかった。どうして? という疑問が頭の中で渦巻く。

 一人剣呑な表情を浮かべて私を見下ろすモーガン様。そして、マリアへの慈しみの視線を向けるのを見て、私は思った。

 いけない。それは、あってはならない。

 だから私は膝をついたまま、モーガン様に懇願した。誤解だから話を聞いてくれ、と。

 しかし、私の知る最悪の……そして私しか知る由のない最悪の言葉が、モーガン様から宣告された。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄は受けますが、妹との結婚は無理ですよ

かずきりり
恋愛
王妃様主催のお茶会で、いきなり妹を虐めているなどという冤罪をかけられた挙句に貶められるような事を言われ………… 妹は可愛い顔立ち 私はキツイ顔立ち 妹の方が良いというのは理解できます。えぇとても納得します。 けれど………… 妹との未来はありえませんよ……? ------------------------------  ※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています

妹に全部取られたけど、幸せ確定の私は「ざまぁ」なんてしない!

石のやっさん
恋愛
マリアはドレーク伯爵家の長女で、ドリアーク伯爵家のフリードと婚約していた。 だが、パーティ会場で一方的に婚約を解消させられる。 しかも新たな婚約者は妹のロゼ。 誰が見てもそれは陥れられた物である事は明らかだった。 だが、敢えて反論もせずにそのまま受け入れた。 それはマリアにとって実にどうでも良い事だったからだ。 主人公は何も「ざまぁ」はしません(正当性の主張はしますが)ですが...二人は。 婚約破棄をすれば、本来なら、こうなるのでは、そんな感じで書いてみました。 この作品は昔の方が良いという感想があったのでそのまま残し。 これに追加して書いていきます。 新しい作品では ①主人公の感情が薄い ②視点変更で読みずらい というご指摘がありましたので、以上2点の修正はこちらでしながら書いてみます。 見比べて見るのも面白いかも知れません。 ご迷惑をお掛けいたしました

【完結】お前の妹と婚約破棄する!と言われても困ります。本人に言ってください

堀 和三盆
恋愛
「カメリア・アイオーラ伯爵令嬢! 悪いがお前の妹との婚約は破棄させてもらうっ!!」  王家主催の夜会が始まるや否や、王太子殿下が私に向かいそう宣言した。ざわめく会場。人々の好奇の視線が私に突き刺さる。  そして私は思う。 (ああ……またなの。いい加減、本人に言ってくれないかしら)  妹は魅了のスキル持ち。婚約者達は本人を目の前にすると言えないからって姉である私に婚約破棄を言ってくる。  誠実さが足りないんじゃないですか? 本人に言ってください。

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

【完結】恋人との子を我が家の跡取りにする? 冗談も大概にして下さいませ

水月 潮
恋愛
侯爵家令嬢アイリーン・エヴァンスは遠縁の伯爵家令息のシリル・マイソンと婚約している。 ある日、シリルの恋人と名乗る女性・エイダ・バーク男爵家令嬢がエヴァンス侯爵邸を訪れた。 なんでも彼の子供が出来たから、シリルと別れてくれとのこと。 アイリーンはそれを承諾し、二人を追い返そうとするが、シリルとエイダはこの子を侯爵家の跡取りにして、アイリーンは侯爵家から出て行けというとんでもないことを主張する。 ※設定は緩いので物語としてお楽しみ頂けたらと思います ☆HOTランキング20位(2021.6.21) 感謝です*.* HOTランキング5位(2021.6.22)

不貞の末路《完結》

アーエル
恋愛
不思議です 公爵家で婚約者がいる男に侍る女たち 公爵家だったら不貞にならないとお思いですか?

真実の愛を見つけた婚約者(殿下)を尊敬申し上げます、婚約破棄致しましょう

さこの
恋愛
「真実の愛を見つけた」 殿下にそう告げられる 「応援いたします」 だって真実の愛ですのよ? 見つける方が奇跡です! 婚約破棄の書類ご用意いたします。 わたくしはお先にサインをしました、殿下こちらにフルネームでお書き下さいね。 さぁ早く!わたくしは真実の愛の前では霞んでしまうような存在…身を引きます! なぜ婚約破棄後の元婚約者殿が、こんなに美しく写るのか… 私の真実の愛とは誠の愛であったのか… 気の迷いであったのでは… 葛藤するが、すでに時遅し…

あなたの婚約者は妹ではありませんよ

hana
恋愛
「エリー、君のことを愛している」 パーティー会場でそう愛を告げた私の婚約者。 しかし彼の前には私ではなく、妹アクアの姿が。 あなたの婚約者は妹ではありませんよ。

処理中です...