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15 俺の嫁を傷付け虐げた者どもなど(※神視点)

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 不愉快極まりないが、俺の妻が悪く言われている中、国王一人……それも天罰がくだっていない……に任せるにはあまりに旗色がわるいと判断した。

 口々にアナスタシアを悪だと罵るのは、アナスタシアに非道な扱いを行なった者たち。

 国王はさすがに理解したようだ。聖女は死して神の嫁になるのではない。聖女になった時から神の嫁であり、俺と同じ時間を生き、満足したら神である俺と共に、ふわりとした神と呼ばれる力の塊として世界に遍く存在する何かになるだけだ。

 いい加減、そのうるさい声は取り上げねばなるまい。アナスタシアを殺しに来るというのなら脚を、それでも殺そうとするなら腕を、喉笛に噛みつこうというなら口を。

 その気持ちで国王の執務室に顕現した。突如現れた俺の姿は、前にコイツらに見せた姿から変容している。姿も意志も力が形を取っただけ。人が邪神だと言うならば邪神なのだろうが、それをアナスタシアのせいにされるのは我慢ならなかった。

 アナスタシアだけがその変化を正しく受け止め、肉体と意志を持った俺を受け入れてくれている。変わらず笑い、接してくれる。その尊さの前では、戯言をほざく者など塵芥に等しい。

「聞いていればぎゃあぎゃあと……誰が邪神だ。言える者がいるなら言ってみよ」

 国王は真っ先に跪いた。続いて俺の声に萎縮した神官が、王子が、アナスタシアの家族だった者が。

 ようやく静かになった。まだ心の中で不平を言う者がいるようならば、精神だけ時の流れのない暗黒に落としてやろうかと思ったが、それもない。

 一先ずはアナスタシアの言った通りにしたが、俺は全く納得していない。アナスタシアの人生を、人格を踏み躙り、体を鞭で打ちつけ治療もしなかった。その上、体調が悪くとも日常生活を送らせ、体が受け付けぬ時に食べ物を食わせ、欲しい時には与えない。

 アナスタシアは何のために生まれて来たというのだ? ただの人間だった時に、こんな塵芥にあそこまで非道な扱いをされて。それでなお民を思い神罰の中断を願う、心根の優しい俺の妻に、一体こいつらは何を返した?

「すべて知っていて問おう。我が妻、アナスタシアにした非道、それでなお神罰が下ったことに何の不満がある?」

 誰も答える者はいない。

 声を出さずにガタガタと震えて俯いている。

 アナスタシアに謝罪する心もない、そんなものより我が身可愛さが先に立つ。

「恐れながら申し上げます……」

 唯一、事態を理解している国王が震える声を発した。

「よい。聞かせろ」

「は。聖女については、我々人間の間では余りにも時間が空いて伝わるため、誤解がありました。祈りの塔に至れば、私は聖女・アナスタシアに安らかな人としての死があり、彼女の意思が平和と豊穣をもたらす、そう解釈してしまったのです。……神の妻に対しあまりに非道な行いでした。申し訳ありません」

 国王はよく分かっている。こいつに神罰を下さないと決めたアナスタシアはよく人を見ている。

 たしかに、歴代の聖女と神は常に人の時間よりも長い時を生きている。そして、神と聖女の営みを人が知る事は不可能に近い。俺は覗き見される趣味はないし、本来なら下界の事などどうでもいいのだ。

 国王がしたことが誤解からなのは認めよう。アナスタシアが許したことも、認める。

「国王、貴様に神罰が下ることはない。アナスタシアはお前に恨みは抱いておらず、そして、お前は神と聖女の正しき関係性を知った。聖女は祈りの塔で神の嫁となり、神と共に生きる人であった者。人の豊穣と平和を聖女に祈らせたければ……そもそも聖女以外の願いを聞き入れてやる気など無い……聖女は今後大事に扱うように後の世に知らせるが良い」

「畏まりました……!」

 他の者は声も上げられない。当たり前だ、神罰などと言っても、俺はアナスタシアが受けた仕打ちを返してやっただけだ。

 優しいアナスタシアが心の中に溜め込んでいた鬱憤を飲み込み、人としての死を覚悟してようやく吐き出した本音。その中にはアナスタシアが覚えていない事も、言葉にできない向けられた悪意も、何度も鞭打たれた痛みも、全てが詰まっていた。

 以前にもあらわれて言ってやった筈だ。謝りに来る必要は無いと。心から悔やめば、アナスタシアを想えば、それでよかったというのに。

「俺を前にまだ邪神だと罵るか。アナスタシアは死の際にやっと心の中にためていた不満を、なぜ私の人生はこうだったのか、と吐き出して死のうとした。——仕返したかったのは俺だ。俺の妻に無体を働き虐げた者など、魂ごと消してやりたかったのに……アナスタシアは同じ事を返すのだけでも戸惑っていたぞ。何故お前たちは戸惑う事もなくアナスタシアを虐げることができたのだ」

 聞いても、答えなど返ってこない。心の中には、段々とアナスタシアへの不満が募っている。ここまで言ってもまだ、アナスタシアが『聖女』である事が理解できないようだ。

 いや、理解を拒否しているというべきか? アナスタシアは自分たちより劣る存在で『あるべき』という考えが魂にこびりついているようだ。

 神官どものそれは特にひどい。自ら正体も分からぬ神の元に身を捧げながら、聖女として神殿に入ったアナスタシアを虐めた者ども。傷が即座に治るからといっても、碌な食べ物もなく、睡眠時間を削られて、それで集中できないからと鞭で叩く。

 家族などはどうだ。神罰にすら逆恨みを抱いている。第三王子は……ダメだな、救いようが無い。この全てを叶える事ができる俺であっても。

「アナスタシアは1週間の猶予を設けた。その間に心から悔いるのなら神罰の緩和も願った。俺にはわからない、彼女は優しすぎると思う。だから、こうしよう」

 俺が手をかざすと、国王以外の者は皆一様に瞳孔を開いてバタバタと倒れていった。国王は証人としておこう。間違いを許さないなんて事は、アナスタシアはしない。だから、俺も間違いは許そう。

 しかし、間違いではないものをどう許せばいい? だから、俺は、やつらをアナスタシアと同じ時に送った。アナスタシアの人生を体感させている。それでなお、アナスタシアが憎い、アナスタシアは悪だと思うようなら……あぁ、その時アナスタシアが俺を止めなければいいのだが。

「この者たちは19日眠る。意識は起きているが、目は覚めない。体の保全は俺が承ろう。……生温い。実に生温いが、アナスタシアは『これはすべて民のためだ』と言った。国王、お前ができる限りのことをせよ。新たにアナスタシアに敵愾心を抱かない神官を据え、神学と共に聖女と神の正しい在り方を伝えよ。……もう姿を表す事はないだろう、期待している」

「全身全霊であたらせていただきます」

「あぁ。よく眠れ、それが民のためになる」

 アナスタシア。お前を害した者たちが、お前と同じ苦痛に耐え、祈りの塔に精神がたどり着いた時、奴らは目が覚める。

 その時、どうするか。残酷なようだが、それはアナスタシアが決めるしかない。

 優しいアナスタシア、笑うようになったアナスタシア。

 俺は、お前と幸せになりたいだけなのに。

 
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