14 / 22
14 山猿姫の本能
しおりを挟む
あれから1週間、秋の日差しの眩しい日に王宮に招かれた。今日は私一人、ベラ王女の開催するお茶会に出席するためだ。
アニーは最近ますますヘアメイクの腕を上げている。少し賃金を見直す必要があるかもしれない。今まではそんなに私を着飾る必要はなかったけれど、王都に来てからは毎日のように着飾るところから肌のケアまでされている。
今日は淡い青緑のドレスに、ペリドットの宝飾品を着けている。お茶会なんて、公爵家でしかした事がないから不安だけれど、ベラ王女が私に嫌な気持ちを抱いている様子は無かった。
その辺、私は人より少し聡いらしい。本能というべきなのか、山猿姫の野生の勘、などと言われるのだが、他人の感情や体調の機微にはかなり敏感だ。
だからお茶会の会場に着いて、すぐに分かってしまった。
この会場に集まった方々は、ベラ王女以外、私をよく思っていない、と。
大方クロウウェル様の御心を射止めたのが子爵令嬢の、しかも山猿姫と呼ばれて王都から逃げ出したはずの私だというのが気に食わないのだろう。
ベラ王女には親切で優しいが、この人たちは身分で私を見ている。もしくは、嫉妬、妬み、八つ当たりなんかもあるかもしれない。
予測しておくべきだった。バレル公爵家の方々と王家の方々が特殊なだけで、本来社交の場はこういう所で、ましてクロウウェル様は美丈夫な上に仕事ができて身分も高い、超、超、超優良物件であることを。
(無事終われるかしら……ベラ王女がいるから下手な事にはならないだろうけれど)
「本日はお招きありがとうございます、ベラ王女様。お友達の輪に加えていただけて光栄です」
「こちらこそ、また会えたら仲良くしたいと思っていたの。お礼も言えてよかったわ、座ってちょうだい」
ベラ王女は賢い方で、上座と下座を作らない丸いテーブルをいくつかサロンに並べて、今日は10人にも満たないお茶会だった。
それぞれ自己紹介を済ませて、やはり話題は私の婚約話になってしまった。いつ攻撃されるかと冷や冷やしながら、私はなるべく掻い摘んで馴れ初めを話した。木登りしていた事はもちろん省く。
「本当に羨ましいですわ、バレル公爵様は誰にもなびかないで有名な方でしたの」
「えぇ、その上、昔からお気持ちを向けてる方がいたとかで……それがリナ様でしたのね」
その辺、もう少し詳しく聞きたい。
クロウウェル様はそういう話になりそうになると、私の天使、と呼んではなにかと話を逸らしてしまうのだ。
「どうしても公爵になってからじゃないと迎えに行きたくない、と言って、前バレル公爵様と取引なさったんですよ」
「あぁ、確か。公共事業を立ち上げて、陛下の認可を受けてスラムになっていた所を改修なさったんですよね。上下水道と働けない者のための施設を作って、あとは簡単な計算や書き取りを教える場所を作られて」
「あれは素晴らしかったですわ。お陰で治安も良くなりましたし、王都ではまず仕事にあぶれるという者はいなくなりましたわ。働けない者も寝床と食事、そして進んで文字や計算を覚えて子供たちに教える事で給金をもらっているとか」
クロウウェル様は自分のことは何も話されないので、つい熱心に耳を傾けてしまった。
最初こそ資金は出して設備を整えたのだろうが、この仕組みならある程度お金は健全にまわる。
働けない、というのは平民の仕事は主に肉体労働になりがちなので、立てない者や、病で体力の落ちている者でも、子供の識字率を上げる事に役立っている。将来その子らは、商家や貴族の下働きとしてその知識が役に立つ。
私も含めてだが、貴族は平民にそこまで関心を持たない。一応平民のための学校や図書館はあるのだが、それだって裕福な家の子が通ったり、そもそも文字が読めなければ利用する事もできない。
子爵領でも、基本は農民が大半を占めている。代々仕えている文官の家系の子が、教育を受けて我が家の領地の運営や事業を手伝っている。
公共事業として貧民街を健全な場所にして識字率を上げ、職業選択の幅を広げる。うーん、クロウウェル様、もう少し私に自慢してくれないかな。
こうして他人から聞くの、嬉しいけど何も知らなくて恥ずかしくなってしまう。
私は少しお花摘みに行かせてもらう事にして席を立った。
ここは王宮だから、しかもベラ王女のお茶会だからと油断していたかもしれない。
使用人にお手洗いの場所を聞いて、戻る途中、いきなり後ろから顔に布を当てられた。
ツン、と鼻の奥に刺激臭を感じた時にはしまったと思ったが、もう遅い。
(意識、が……)
私は真昼間の王宮で、襲われてしまった。
アニーは最近ますますヘアメイクの腕を上げている。少し賃金を見直す必要があるかもしれない。今まではそんなに私を着飾る必要はなかったけれど、王都に来てからは毎日のように着飾るところから肌のケアまでされている。
今日は淡い青緑のドレスに、ペリドットの宝飾品を着けている。お茶会なんて、公爵家でしかした事がないから不安だけれど、ベラ王女が私に嫌な気持ちを抱いている様子は無かった。
その辺、私は人より少し聡いらしい。本能というべきなのか、山猿姫の野生の勘、などと言われるのだが、他人の感情や体調の機微にはかなり敏感だ。
だからお茶会の会場に着いて、すぐに分かってしまった。
この会場に集まった方々は、ベラ王女以外、私をよく思っていない、と。
大方クロウウェル様の御心を射止めたのが子爵令嬢の、しかも山猿姫と呼ばれて王都から逃げ出したはずの私だというのが気に食わないのだろう。
ベラ王女には親切で優しいが、この人たちは身分で私を見ている。もしくは、嫉妬、妬み、八つ当たりなんかもあるかもしれない。
予測しておくべきだった。バレル公爵家の方々と王家の方々が特殊なだけで、本来社交の場はこういう所で、ましてクロウウェル様は美丈夫な上に仕事ができて身分も高い、超、超、超優良物件であることを。
(無事終われるかしら……ベラ王女がいるから下手な事にはならないだろうけれど)
「本日はお招きありがとうございます、ベラ王女様。お友達の輪に加えていただけて光栄です」
「こちらこそ、また会えたら仲良くしたいと思っていたの。お礼も言えてよかったわ、座ってちょうだい」
ベラ王女は賢い方で、上座と下座を作らない丸いテーブルをいくつかサロンに並べて、今日は10人にも満たないお茶会だった。
それぞれ自己紹介を済ませて、やはり話題は私の婚約話になってしまった。いつ攻撃されるかと冷や冷やしながら、私はなるべく掻い摘んで馴れ初めを話した。木登りしていた事はもちろん省く。
「本当に羨ましいですわ、バレル公爵様は誰にもなびかないで有名な方でしたの」
「えぇ、その上、昔からお気持ちを向けてる方がいたとかで……それがリナ様でしたのね」
その辺、もう少し詳しく聞きたい。
クロウウェル様はそういう話になりそうになると、私の天使、と呼んではなにかと話を逸らしてしまうのだ。
「どうしても公爵になってからじゃないと迎えに行きたくない、と言って、前バレル公爵様と取引なさったんですよ」
「あぁ、確か。公共事業を立ち上げて、陛下の認可を受けてスラムになっていた所を改修なさったんですよね。上下水道と働けない者のための施設を作って、あとは簡単な計算や書き取りを教える場所を作られて」
「あれは素晴らしかったですわ。お陰で治安も良くなりましたし、王都ではまず仕事にあぶれるという者はいなくなりましたわ。働けない者も寝床と食事、そして進んで文字や計算を覚えて子供たちに教える事で給金をもらっているとか」
クロウウェル様は自分のことは何も話されないので、つい熱心に耳を傾けてしまった。
最初こそ資金は出して設備を整えたのだろうが、この仕組みならある程度お金は健全にまわる。
働けない、というのは平民の仕事は主に肉体労働になりがちなので、立てない者や、病で体力の落ちている者でも、子供の識字率を上げる事に役立っている。将来その子らは、商家や貴族の下働きとしてその知識が役に立つ。
私も含めてだが、貴族は平民にそこまで関心を持たない。一応平民のための学校や図書館はあるのだが、それだって裕福な家の子が通ったり、そもそも文字が読めなければ利用する事もできない。
子爵領でも、基本は農民が大半を占めている。代々仕えている文官の家系の子が、教育を受けて我が家の領地の運営や事業を手伝っている。
公共事業として貧民街を健全な場所にして識字率を上げ、職業選択の幅を広げる。うーん、クロウウェル様、もう少し私に自慢してくれないかな。
こうして他人から聞くの、嬉しいけど何も知らなくて恥ずかしくなってしまう。
私は少しお花摘みに行かせてもらう事にして席を立った。
ここは王宮だから、しかもベラ王女のお茶会だからと油断していたかもしれない。
使用人にお手洗いの場所を聞いて、戻る途中、いきなり後ろから顔に布を当てられた。
ツン、と鼻の奥に刺激臭を感じた時にはしまったと思ったが、もう遅い。
(意識、が……)
私は真昼間の王宮で、襲われてしまった。
2
お気に入りに追加
1,168
あなたにおすすめの小説

ハイパー王太子殿下の隣はツライよ! ~突然の婚約解消~
緑谷めい
恋愛
私は公爵令嬢ナタリー・ランシス。17歳。
4歳年上の婚約者アルベルト王太子殿下は、超優秀で超絶イケメン!
一応美人の私だけれど、ハイパー王太子殿下の隣はツライものがある。
あれれ、おかしいぞ? ついに自分がゴミに思えてきましたわ!?
王太子殿下の弟、第2王子のロベルト殿下と私は、仲の良い幼馴染。
そのロベルト様の婚約者である隣国のエリーゼ王女と、私の婚約者のアルベルト王太子殿下が、結婚することになった!? よって、私と王太子殿下は、婚約解消してお別れ!? えっ!? 決定ですか? はっ? 一体どういうこと!?
* ハッピーエンドです。
誰にも言えないあなたへ
天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。
マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。
年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

あなたを愛するつもりはない、と言われたので自由にしたら旦那様が嬉しそうです
あなはにす
恋愛
「あなたを愛するつもりはない」
伯爵令嬢のセリアは、結婚適齢期。家族から、縁談を次から次へと用意されるが、家族のメガネに合わず家族が破談にするような日々を送っている。そんな中で、ずっと続けているピアノ教室で、かつて慕ってくれていたノウェに出会う。ノウェはセリアの変化を感じ取ると、何か考えたようなそぶりをして去っていき、次の日には親から公爵位のノウェから縁談が入ったと言われる。縁談はとんとん拍子で決まるがノウェには「あなたを愛するつもりはない」と言われる。自分が認められる手段であった結婚がうまくいかない中でセリアは自由に過ごすようになっていく。ノウェはそれを喜んでいるようで……?

【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。
十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。
そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり──────
※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。
※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。

【完結】私、噂の令息に嫁ぎます!
まりぃべる
恋愛
私は、子爵令嬢。
うちは貴族ではあるけれど、かなり貧しい。
お父様が、ハンカチ片手に『幸せになるんだよ』と言って送り出してくれた嫁ぎ先は、貴族社会でちょっとした噂になっている方だった。
噂通りなのかしら…。
でもそれで、弟の学費が賄えるのなら安いものだわ。
たとえ、旦那様に会いたくても、仕事が忙しいとなかなか会えない時期があったとしても…。
☆★
虫、の話も少しだけ出てきます。
作者は虫が苦手ですので、あまり生々しくはしていませんが、読んでくれたら嬉しいです。
☆★☆★
全25話です。
もう出来上がってますので、随時更新していきます。

【完結】公爵子息は私のことをずっと好いていたようです
果実果音
恋愛
私はしがない伯爵令嬢だけれど、両親同士が仲が良いということもあって、公爵子息であるラディネリアン・コールズ様と婚約関係にある。
幸い、小さい頃から話があったので、意地悪な元婚約者がいるわけでもなく、普通に婚約関係を続けている。それに、ラディネリアン様の両親はどちらも私を可愛がってくださっているし、幸せな方であると思う。
ただ、どうも好かれているということは無さそうだ。
月に数回ある顔合わせの時でさえ、仏頂面だ。
パーティではなんの関係もない令嬢にだって笑顔を作るのに.....。
これでは、結婚した後は別居かしら。
お父様とお母様はとても仲が良くて、憧れていた。もちろん、ラディネリアン様の両親も。
だから、ちょっと、別居になるのは悲しいかな。なんて、私のわがままかしらね。

公爵令嬢は愛に生きたい
拓海のり
恋愛
公爵令嬢シビラは王太子エルンストの婚約者であった。しかし学園に男爵家の養女アメリアが編入して来てエルンストの興味はアメリアに移る。
一万字位の短編です。他サイトにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる