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13 この人にとって天使ならいい
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陛下の御前に進み出て、礼をして声が掛かるのを待つ。
挨拶がずいぶん遅れてしまったので、お叱りを受けるかもしれないと内心ドキドキしていた。
「よくきたな、バレル公爵。そちらが、そなたがずっと望んでいた天使とやらか?」
「陛下。私の、天使です。——美しいでしょう?」
勘弁してもらえませんかね?! 国の頂点に立つお方に笑顔で惚気るの!
私は笑顔が引き攣らないよう表情筋を屈指して陛下に顔を向けた。それはもう、思いっきり叱りつけてなんとか淑女らしく微笑んで。
「リナと申します。イーリス子爵の娘でございます、陛下。本日はご挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません」
「気にしなくていい、イーリス令嬢。殆ど親戚の子のようなクロウウェルの婚約者だ、性質がいい娘だとは思っていたが……そうか、そなたが」
「はい?」
「誰か、ベラをここに」
ベラ様? とは? と不思議に思っていると、後ろに控えていた使用人の方が会場に降りて一人のご令嬢を連れてきた。
銀糸の髪にルビーの瞳の、美しいご令嬢は……私は、とても見覚えがあった。街灯に帽子……ボネがひっかかってしまっていたお嬢さんだ。
「まぁ! あの時のお方ですのね! 再会できてとても嬉しいですわ。あの時はお忍びだった都合上どうしても名乗れず……この国の第二王女のベラルリーチェと申します。助けてくださり本当に助かりました。この髪は……その、とても目立つので」
まさかの王女様。
たしかに、王都でこれだけの美貌とそのお髪は見る人が見れば身分が一発でバレるだろうな。私も聞かれて名前は名乗ったけれど、ただ帽子を取っただけなのでお名前は聞いていなかった。
私にとって帽子を取ったことは悪い思い出ではないし、こうして喜色満面に感謝されたのはあの時も一緒で。
素直に、改めて名前を名乗ってよろしくお願いしますとご挨拶した。
「バレル公爵の婚約者の噂は今一番王都で囁かれているんですよ。だって、バレル公爵ったら小さな頃から『僕は天使と結婚する』と言って聞かなくて……」
「まぁ……天使などと言われるのは恥ずかしいのですが、クロウウェル様には私に羽根が見えているようなので、もう止めようとは思わなくなりましたの」
「ベラ王女。それにリナ。勘弁してくれ。せめてその話は私がいないところで」
クロウウェル様が照れて顔を赤くして止めたので、そうだ、とばかりにベラ王女は私をお茶会に誘った。
少人数で催されるもので、親しい人ばかりなのでと熱心に誘われたら断れない。
「喜んで参加させていただきます」
「よかったわ。また詳しいことは手紙を届けます。新しいお友達ができて嬉しいわ」
こうしてしばらくご両親や王妃様も交えて歓談し、陛下たちへの挨拶を済ませると、私たちは会場に戻った。
お腹がすいた、というクロウウェル様と料理を取りに向かう。
あれだけ王族の方と親しくお話したのに、口さがない嫌味はまだ聞こえてきた。
反射的に泣きそうになったが、今度は泣きも逃げ出しもしない。
クロウウェル様は私をじっと見ている。私がどうするかを、見ている。
山猿姫。私にとっては、嫌味でさえなければ過去の思い出からくる愛称だ。領民から愛されていると思える、親しくしてきた証。だから、言い返しもしないし、もう泣いてやる気も無いと、笑ってクロウウェル様を見上げた。
「クロウウェル様」
「なんだい? リナ」
「私は他の人になんと呼ばれようと、クロウウェル様の天使なら、それでいい事にしました」
「そう……! それはよかった。でも、もし泣きたくなったら、今度は私の腕の中で泣いてくれるかな。君は天使だからね、飛んでいかれると追いかけるのが大変なんだ」
「ふふ、わかりました。——ありがとう、クロウウェル様」
私は確かに山猿姫だけれど、この人にとって天使ならば、もうそれでいい。
……まさか陛下にまで、私の天使、とのたまうとは思っていなかったけど。
挨拶がずいぶん遅れてしまったので、お叱りを受けるかもしれないと内心ドキドキしていた。
「よくきたな、バレル公爵。そちらが、そなたがずっと望んでいた天使とやらか?」
「陛下。私の、天使です。——美しいでしょう?」
勘弁してもらえませんかね?! 国の頂点に立つお方に笑顔で惚気るの!
私は笑顔が引き攣らないよう表情筋を屈指して陛下に顔を向けた。それはもう、思いっきり叱りつけてなんとか淑女らしく微笑んで。
「リナと申します。イーリス子爵の娘でございます、陛下。本日はご挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません」
「気にしなくていい、イーリス令嬢。殆ど親戚の子のようなクロウウェルの婚約者だ、性質がいい娘だとは思っていたが……そうか、そなたが」
「はい?」
「誰か、ベラをここに」
ベラ様? とは? と不思議に思っていると、後ろに控えていた使用人の方が会場に降りて一人のご令嬢を連れてきた。
銀糸の髪にルビーの瞳の、美しいご令嬢は……私は、とても見覚えがあった。街灯に帽子……ボネがひっかかってしまっていたお嬢さんだ。
「まぁ! あの時のお方ですのね! 再会できてとても嬉しいですわ。あの時はお忍びだった都合上どうしても名乗れず……この国の第二王女のベラルリーチェと申します。助けてくださり本当に助かりました。この髪は……その、とても目立つので」
まさかの王女様。
たしかに、王都でこれだけの美貌とそのお髪は見る人が見れば身分が一発でバレるだろうな。私も聞かれて名前は名乗ったけれど、ただ帽子を取っただけなのでお名前は聞いていなかった。
私にとって帽子を取ったことは悪い思い出ではないし、こうして喜色満面に感謝されたのはあの時も一緒で。
素直に、改めて名前を名乗ってよろしくお願いしますとご挨拶した。
「バレル公爵の婚約者の噂は今一番王都で囁かれているんですよ。だって、バレル公爵ったら小さな頃から『僕は天使と結婚する』と言って聞かなくて……」
「まぁ……天使などと言われるのは恥ずかしいのですが、クロウウェル様には私に羽根が見えているようなので、もう止めようとは思わなくなりましたの」
「ベラ王女。それにリナ。勘弁してくれ。せめてその話は私がいないところで」
クロウウェル様が照れて顔を赤くして止めたので、そうだ、とばかりにベラ王女は私をお茶会に誘った。
少人数で催されるもので、親しい人ばかりなのでと熱心に誘われたら断れない。
「喜んで参加させていただきます」
「よかったわ。また詳しいことは手紙を届けます。新しいお友達ができて嬉しいわ」
こうしてしばらくご両親や王妃様も交えて歓談し、陛下たちへの挨拶を済ませると、私たちは会場に戻った。
お腹がすいた、というクロウウェル様と料理を取りに向かう。
あれだけ王族の方と親しくお話したのに、口さがない嫌味はまだ聞こえてきた。
反射的に泣きそうになったが、今度は泣きも逃げ出しもしない。
クロウウェル様は私をじっと見ている。私がどうするかを、見ている。
山猿姫。私にとっては、嫌味でさえなければ過去の思い出からくる愛称だ。領民から愛されていると思える、親しくしてきた証。だから、言い返しもしないし、もう泣いてやる気も無いと、笑ってクロウウェル様を見上げた。
「クロウウェル様」
「なんだい? リナ」
「私は他の人になんと呼ばれようと、クロウウェル様の天使なら、それでいい事にしました」
「そう……! それはよかった。でも、もし泣きたくなったら、今度は私の腕の中で泣いてくれるかな。君は天使だからね、飛んでいかれると追いかけるのが大変なんだ」
「ふふ、わかりました。——ありがとう、クロウウェル様」
私は確かに山猿姫だけれど、この人にとって天使ならば、もうそれでいい。
……まさか陛下にまで、私の天使、とのたまうとは思っていなかったけど。
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