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16 美しい人

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 その人は街を通る誰もが振り返るような美しい人だった。

 日傘をさして、街頭の下で華奢な腕時計を見ながら誰かを待っているようだ。余りにも綺麗すぎるためか、誰も声をかけようとしない。

 日の光に煌くような銀髪に、思慮深そうな青い瞳。全てのパーツが完璧に整っており、背も低くも高くもなく、ドレス越しでもスタイルの良さが見て取れた。そこにいやらしさは全くなく、薄く微笑んだ表情は気品をたたえている。

 女の私やローズでさえ、惚けて失礼にならない程度に視線を送ってしまった。彼女は私たち姉妹に気付くと、ニッコリと笑って近付いてきた。

「こんにちは、可愛らしいレディたち。もしかして、これからジェラ・ミードというブティックに行くのかしら?」

 ここは貴族街の中で、私たち2人はカフェでお茶をした後、予約の時間にその通りのブティックに向かう予定だった。

 秋の初めに、王宮で建国祭がある。2年に一度開催されるそれには、あらゆる爵位の貴族が招かれる予定だ。本来なら家に採寸に来てもらい、デザインから描いて仕上げてもらうものだが、ジェラ・ミードは人気店でそんな余裕は無い。

 だからこうして私たち姉妹は店へ向かう途中だった。

 美しい人は笑ったまま、はい、とも、いいえ、とも言えずに固まっている私たちに困ったように笑って首を傾げた。

「は、はい、その予定です」

 はっとした私が少しどもりながら答える。あまりに美しい人を前にして、私もローズもすっかり固まってしまっていた。これは失礼にあたる。

「そう。……ジェラ・ミードには私から連絡を入れておくから、2人はこちらのブティックにお向かいなさい。老舗だけれど、デザイナーの腕は私が保証するわ。まだ若い姉妹なのだから、余り流行に走るのではなく、ご自分の魅力を引き出した方がいいわね。…………はい、これが地図。私のサインが紹介状になるわ。宝飾品も手掛けているから、家に招いてトータルコーディネートをしてもらうといいわ」

 私たちは髪の色も瞳の色も全く違う。私の方はお父様と同じ色、ローズの方はお母様と同じ色、顔の作りも違うのに、どうしてこの人は私たちが姉妹だと思ったのだろう?

 不思議に思いながら手帳を破って渡された地図には、ブティックのプラチナムという名前とここからの簡単な地図、下には彼女のサイン、レミリーと、この姉妹に最高のドレスを、という一文が添えられていた。

「ありがとうございます……、申し遅れました、リリー・サリバンです。こちらは妹のローズ。あの、貴女は?」

 私はメモから顔を上げて尋ねると、レミリーという女性はにっこりと笑った。通りがかりの男性が背後で派手に街灯の一つにぶつかった音がする。あまりにも眩しい笑顔だった。太陽も霞むほど、と言っては大袈裟かもしれないけれど。

「ふふ、建国祭でお会いしましょう。当日の貴女たちの仕上がりに期待しているわ」

 結局彼女の事は何も分からなかったが、私たちはこの美しい人の親切を無駄にする事は出来なかった。

 大人しく地図に従ってプラチナムという老舗に向かう。客の様子は無く、中には白髪を結い上げた、背の高いお婆さんが背筋をシャンと伸ばして生地を見ている。恐る恐るドアを開けて中に入ると!お婆さんが顔を上げた。彼女が店主だろうか。

「失礼します。私はリリー・サリバン。こちらは妹のローズです。レミリー様という女性の紹介で来たのですけど……」

「あら! まぁまぁ、これはまた仕上げがいがありそうな姉妹ですこと。この店は私と、宝飾品を担当する夫の二人の店なの。レミリー様の紹介状を拝見できるかしら?」

 愛想の良いお婆さんはレミリー様のメモを受け取ると、楽しげに笑ってまだ不安そうな私たちを見た。

「ふふ、素敵な姉妹ね。デザインのイメージは出来たわ、3日後にはデザイン案と生地をお持ちして採寸できるけれど、ご予定は?」

「空いています。……3日で、ですか?」

「えぇ、私たち仕事は早いの。きっと気に入ってもらえるデザインを持っていくわ。お家はサリバン辺境伯のお屋敷でよろしいわね?」

 ローズが口を挟む隙もない。目をまん丸にした私たちは、その日の約束を取り付けて帰宅した。

 お母様にそれを報告すると、まぁ、と驚いて笑っていた。

「プラチナムはね、特別なお客様しかお相手してもらえないお店なの。余程店主に気に入られるか、紹介が無ければドレスを仕立ててなんて貰えないわ。貴女たち、運が良かったわね」

 私も一度でいいからお願いしたいわ、なんてお母様が言うものだから逆に驚いてしまった。皇太后様や王妃様とも繋がりのあるお母様でも仕立ててもらったことのないお店。

 私とローズはあの美しい人は誰だったのだろうと思いながら、顔を見合わせた。
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