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2 領主代行

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「じゃあ、すまないが暫くの間領主代行を頼むよ」

「いってらっしゃいませ、お父様、お母様、ローズ」

「元気でね、リリーちゃん。なるべく顔を出しに来るからね」

「お元気で、お姉様」

 私は領内の屋敷の玄関、三台並ぶ馬車の前で父親と母親、そして妹のローズを見送った。

 今、私は16歳。去年社交界デビューをするため、半年だけ王都にいた。その時は父親は領に残り、私と母、そしてローズの3人で王都の屋敷に滞在した。

 妹は夜会のデビューこそしなかったが、母親と私と一緒にお茶会に出て回った。私が主催するお茶会にも当然いた。

 そして今年はローズの社交界デビュー。ローズは、私は社交界で自分の嫁ぎ先を見つけなければならないので、と父親と母親の同行を望み、期間も3年と長く取った。

 私は昔からそんなに社交界に興味はない。小さい頃から地理や歴史の本が好きで、家庭教師を何人もつけてもらい、領地経営や政治経済の勉強をする方が楽しかった。

 お父様の補佐として半年を過ごし、3年程なら優秀な官僚もいるからと、私に領主代行を申し付けた。内心、飛び上がるほど嬉しかったのは内緒だ。

 ただ一つ心残りが王都にあるとすれば、初めてのパーティーで一緒に踊ってくださった……レイノルズ様の事だろうか。

 レイノルズ・モリガン侯爵子息。次男坊だから家を継がないので、王宮で騎士になろうと思っていると言っていたあの方。私より2つ歳上で、少し話しただけで聡明な方だと分かった。

 黒い髪に金の瞳の、私の初恋の人。

 ローズは嫁ぎ先を探しにいったのだから、レイノルズ様には興味がないはずだ。だから、大丈夫……、と考えているうちに馬車は見えないところまで行ってしまった。はっとして屋敷の中に戻る。

 何が大丈夫なのだろうか、と自問自答すれば、答えは明白だ。

 ローズはその名を表すような金の巻毛にピンクサファイアの瞳をした美しい子。

 一方の私は、白に近いプラチナブロンドに灰色の目をしたぱっとしない顔つきをしている。あまり笑わないせい、ともお母様には言われるが、誰が見ても美しいと言われるのはローズだろう。

 私はそのまま執務室に向かう。16歳の少女が領主代行だなんて、と思う人はこの屋敷には居ない。

 執務室に最初に入ったのは9歳の時。屋敷の本で読める物なら何でも読んでいた私は、図書室と間違えて資料室に入った。そこには数字の書かれた帳簿の数々があり、私の目線……大人の腰位だろうか……に、ひっそりと背表紙に何も書かれていない帳簿を見つけた。大人なら探そうと思わなければ見ないだろう場所だ。

 その帳簿の内容はまだ途中で新しく、過去半年の物だとすぐに理解できた。私は脚立を持ってきて、その過去半年の分が記載された本物の帳簿を持ってきて見比べた。

 領内の特産物である鉱石……それも貴金属に分類される高価で出入りの少ない物……の数字が明らかに改竄されている。見比べれば直ぐに分かるが、ただ見ただけでは今年の産出量が少ない、もしくは多少質が落ちた、他領で採れる分が多かった、位の違いではあった。

 鉱山が閉められる事のない程度の改竄。それでも、一人が横領して手に入れるには十分な金額。

 私は2つの帳簿をドレスのスカートに隠し、こっそりと父の元を訪ねた。仕事中は邪魔をしないのが決まりだが、これはたぶん邪魔では無いと私は思ったからだ。

 ノックした部屋には人が居たので、私は父が一人になるまで扉の横で待っていた。スカートの中の書類をぎゅっと握りしめながら。

「どうした? リリー」

 一人になったお父様の足元まで私はスカートを掴んだままたたっと駆け寄ると、スカートの中から2つの帳簿を出した。

「あのね、貴金属の輸出入の数字が変なの。こっちの背表紙がない方が本物なの。こっちの年代がある方は偽物よ」

 私のその一言で……そして帳簿の中身をサッと見ただけで、お父様は顔色を変えた。厳しい目で数字を追う。

 それだけでお父様は犯人が誰かまで分かったのだろう。私の頭を撫でて微笑みかけ、今日は仕事が立て込むから居住区の方から出てはいけないよ、と言い聞かせて私を使用人に部屋まで連れて行かせた。

 私が見つけた事を知れば、幼い私を害する事など簡単な事だ。それをさせまいとしたのは分かっている。犯人と、ほかに改竄記録が無いかを調べ尽くすまで、私は部屋から出る事は許されなかった。屋敷の中は騒がしかったけれど。

 私は暫くして屋敷が落ち着いた頃から、簡単な計算や帳簿付を任されることになった。ほんの些細な、屋敷の中に関する事だけれど。

 お母様の仕事だったので、お母様に教えてもらいながら。やがてそれも簡単に終わるようになり、官僚の中に混ざって領内の簡単な帳簿付を行うようになり。

 私は色んな部署でそれをやった。全部の部署を周った私は歳を経るに連れて全部署の少し難しい仕事を任されるようになり、そして14歳、私は全ての部署で何をどうしているのかを大方把握できるようになっていた。

 そして1年間父親と官僚との間で書類のチェックを行い、社交界デビューをして帰ってきて半年間、父親の仕事を完全に補佐した。時に近隣領主様との、商会や組合の方との交渉の場について行き、発言が許されるようになるまで。

 私は貴婦人としての社交性には欠けるが、その分、仕事が好きだ。私の見た目や年齢で私を侮る官僚はここには居ない。そして、この近辺の有力者の方々にも。その為の下積みは積んできた。

 だからこれからの3年間がとても楽しみでもあった。

 
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