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12 私が平民なら笑っていてくれたのかな
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男たちはすぐに街の警備隊の詰所に連行されていった。意識がないほどぼこぼこにされていたが、私が目の端から消えた途端に屋台の主人に兵を呼ぶように言って駆けつけてくれたらしい。
私の手首や腕についたロープの痕などから、ヴァンツァーはお咎めなしとなった。彼自身の身分を明かすまでもなかったし、この時咎め立てていたら、ヴァンツァーの身分を知ってその兵が頭を抱えることになっただろう。
私はさすがにそうもいかなかったので、隣のジェニック領の伯爵の娘です、と身元を明かして、後日報告を受けることになった。
屋台の主人にもお礼を言って、買ってもらったホットドッグを持って街中に戻る。ヴァンツァーが馬車で食べようと言ったのだ。
デートはお終いだ。
今後、あの男たちについて何かわかったらジェニック伯爵家に報告が入るようにお願いした。
私は初夏だからと腕の出るワンピース姿だったし、そこに残る荒いロープの痕が少し恥ずかしくて腕をさすった。はやく消えてほしかった。
ヴァンツァーは私の手を引くと、大通りに面した屋台の一つに近づいた。
ここは貴金属と輝石で栄える領だ。その中でも栄えている街なので、大抵のものはなんでも揃う。
ヴァンツァーは濃淡で模様の織り込まれた透かし織の、菫色のストールを買って私に渡してきた。綺麗な品で、こんな凝った物が屋台に並んでいるのにも驚いたが、夏でも涼しく使えるストールを腕に絡めて流すだけで、大分気持ちは落ち着いた。
「俺には傷を治してやる力はない」
「なんでもできたら怖いわ」
「隠してやることは、できる」
「助けてくれることもね。……あなたはいろんな事ができるわ、ヴァンツァー」
「……ミーシャを」
歯切れ悪く彼は言葉を切った。
どこか苦しそうに眉間に皺を寄せた彼は、視線を逸らす。
「守れなかった……。都会で、ミーシャの噂を聞いていたのに、……まさかこんな辺境にまで……」
一体どんな噂だろう? あの尾鰭に背鰭もついた、とんでもない流言のことだろうか。
もしかして、あのとんでもない噂を信じて、どこかの貴族が私を攫おうとした? 馬鹿らしすぎて、そこまで頭が回らなかった。
お父様の関係で何かしら利権絡みの事だと思っているけれど、ヴァンツァーは違うらしい。
「ねぇ、ヴァンツァー」
「なんだ」
「帰りも、貴方の用意した馬車で嬉しいわ」
本当にそう思う。
今頃、どんな馬車に乗せられてどこに連れて行かれていたか分からない。
ヴァンツァーは私に彼が暴力を振るう姿さえ見せようとしなかった。
小さな頃から、私を何からも守ろうとして、なんでも叶えてくれようとしていた。
そして、大抵のことは叶えてくれる。
「私が伯爵の娘じゃなく平民だったら……貴方は腕も失わなかったし、笑えていたのにね」
「ミーシャ、それは違う」
苦笑まじりで少しいじけた私に、ヴァンツァーは強く否定の言葉を返してきた。
「ミーシャが平民でも、晩秋のドラゴンに領が襲われたらきっと泣いていた。ミーシャは、とても、優しい。自覚がないようだが……、貴族だとか、平民だとか、関係、ない」
長く喋るのは苦手なようで、ヴァンツァーの言葉はだんだんと途切れ途切れになったが、私の顔を見て言い切る。
私は平民でも貴族でも、ヴァンツァーは命をかけて、腕一本持っていかれても、私が泣いたら助けてくれたのだろう。
いつだって、この人はそうしてくれる。
私は、あり得ない仮定をやめた。
だって、どんな時でも、その時目の前にいるヴァンツァーに不満なんて一つもないのだから。
私の手首や腕についたロープの痕などから、ヴァンツァーはお咎めなしとなった。彼自身の身分を明かすまでもなかったし、この時咎め立てていたら、ヴァンツァーの身分を知ってその兵が頭を抱えることになっただろう。
私はさすがにそうもいかなかったので、隣のジェニック領の伯爵の娘です、と身元を明かして、後日報告を受けることになった。
屋台の主人にもお礼を言って、買ってもらったホットドッグを持って街中に戻る。ヴァンツァーが馬車で食べようと言ったのだ。
デートはお終いだ。
今後、あの男たちについて何かわかったらジェニック伯爵家に報告が入るようにお願いした。
私は初夏だからと腕の出るワンピース姿だったし、そこに残る荒いロープの痕が少し恥ずかしくて腕をさすった。はやく消えてほしかった。
ヴァンツァーは私の手を引くと、大通りに面した屋台の一つに近づいた。
ここは貴金属と輝石で栄える領だ。その中でも栄えている街なので、大抵のものはなんでも揃う。
ヴァンツァーは濃淡で模様の織り込まれた透かし織の、菫色のストールを買って私に渡してきた。綺麗な品で、こんな凝った物が屋台に並んでいるのにも驚いたが、夏でも涼しく使えるストールを腕に絡めて流すだけで、大分気持ちは落ち着いた。
「俺には傷を治してやる力はない」
「なんでもできたら怖いわ」
「隠してやることは、できる」
「助けてくれることもね。……あなたはいろんな事ができるわ、ヴァンツァー」
「……ミーシャを」
歯切れ悪く彼は言葉を切った。
どこか苦しそうに眉間に皺を寄せた彼は、視線を逸らす。
「守れなかった……。都会で、ミーシャの噂を聞いていたのに、……まさかこんな辺境にまで……」
一体どんな噂だろう? あの尾鰭に背鰭もついた、とんでもない流言のことだろうか。
もしかして、あのとんでもない噂を信じて、どこかの貴族が私を攫おうとした? 馬鹿らしすぎて、そこまで頭が回らなかった。
お父様の関係で何かしら利権絡みの事だと思っているけれど、ヴァンツァーは違うらしい。
「ねぇ、ヴァンツァー」
「なんだ」
「帰りも、貴方の用意した馬車で嬉しいわ」
本当にそう思う。
今頃、どんな馬車に乗せられてどこに連れて行かれていたか分からない。
ヴァンツァーは私に彼が暴力を振るう姿さえ見せようとしなかった。
小さな頃から、私を何からも守ろうとして、なんでも叶えてくれようとしていた。
そして、大抵のことは叶えてくれる。
「私が伯爵の娘じゃなく平民だったら……貴方は腕も失わなかったし、笑えていたのにね」
「ミーシャ、それは違う」
苦笑まじりで少しいじけた私に、ヴァンツァーは強く否定の言葉を返してきた。
「ミーシャが平民でも、晩秋のドラゴンに領が襲われたらきっと泣いていた。ミーシャは、とても、優しい。自覚がないようだが……、貴族だとか、平民だとか、関係、ない」
長く喋るのは苦手なようで、ヴァンツァーの言葉はだんだんと途切れ途切れになったが、私の顔を見て言い切る。
私は平民でも貴族でも、ヴァンツァーは命をかけて、腕一本持っていかれても、私が泣いたら助けてくれたのだろう。
いつだって、この人はそうしてくれる。
私は、あり得ない仮定をやめた。
だって、どんな時でも、その時目の前にいるヴァンツァーに不満なんて一つもないのだから。
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