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8 持ち込まれるはずだった治療記録
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「大体、角が生えているとか、触れるものをみんな腐らせるとか、君にはそんな特徴があるのかい?」
「いえ、生まれてこの方、角も触れた物がその場で腐ったこともありません」
「でしょう? これはね、とても古い……当時の治療記録。魔王というのもいないし、魔物は動物が瘴気によって変異した物で、人間は瘴気にそもそも耐えられないから触れただけで死ぬよ」
私は今、聞いてはいけない話を聞いている気がする。
確かな風習として残りながらも、絵本の中のお伽話。その本当の話を、聞いている。
おもわず喉を鳴らして唾を飲んだ。緊張に指先が冷えていく。そのくせ、気になって体は前のめりになる。
「元は、隣国の第二王子と第三王子が揃ってこの国を奪うために始めた侵略戦争だ。自分たちは玉座につけないと早くに知った彼らは……奇しくも彼らも双子だった……第三王子が先鋒を努め、それを第二王子が殺す形でこの国を攻め落とした。……第三王子は病気だった。感染症だ。どのみち自分が死ぬことは分かっていて、だから攻め込んだ」
「……とても、信じられません。そんな、では……その第二王子は第三王子を病を蔓延させる為に使ったという事ですか?」
ゾッとするような戦法だ。とても兄弟の情があるようには思えない。
ヘンリー様は私の驚嘆と嫌悪に満ちた顔に、眉を下げて笑いかけた。
「第三王子はどのみち死ぬ運命にあったし、第二王子に国を取らせてやりたかった。第二王子は第三王子なくしては国を取れなかった。そして、第三王子を悼むために双子の下の子はその場で殺しても咎められない、双子の下の子は忌子だ、という話を広めた……、元の、隣国からこの国を守るためにもね」
私にはなんとも口を挟めない話だった。
ブレンダの為に何かしたいなんて思ったことは一度もない。今後も無いだろうし、離れてみて自分の色々な安全が保障されたら、憎くもある。
ずっと昔の感染症を放っておくはずが無い。ここにあるのが治療記録だとしたら、王宮にだって同じ物が残っているはずだ。もしくは、完全に根絶しているはずである。
生まれてから18年間の間も、その前の歴史でも、感染症の蔓延というのは聞いた事がない。
「この治療記録がここにあるのは、隣国が感染症患者で溢れていたからだ。王宮に勤める医師が、決死の覚悟でこれを持ってグラスウェル領に逃げ込んできたらしい。医師は常に全身を密度の高い布で多い、決して患者と同じ物は食べず、手洗いも分けて使っていた。感染症治療の基本だね、……第三王子の主治医だった。祖国へ、どうしても助けたかった人がいたのかもしれない」
今となってはもうわからないけれど、と言ってヘンリー様は本を閉じた。
「もう分かったろう? 角が生えて見えていたのは感染症による高い発熱による幻覚症状、肌の色が違ったのは発疹、たまたま感染せずに生まれてきた上の子も、同じ乳母から乳を貰っていれば感染もするし、乳母も使用人も、そして産んだ母親も無事では済まない」
私は余りにも現実的な話に打ちのめされていた。
その名残で、一体どれだけの子が死に、または、私のように生まれながらの忌子として扱われてきたのだろう。
「メルクール嬢……」
「すみません、ヘンリー様……、私はまだ、これを呑み込むのに時間がかかりそうです」
「それも、仕方ない。とにかく、グラスウェル領ではあの絵本になった御伽噺は信じられていないし、双子だからといって何か不利益を被ることもない。君がまずは、安心してここで暮らせるようになると嬉しい」
心配だろうから、暫くご飯は私が作るよ、と言ったヘンリー様に深く頭を下げると、彼は「家事全般は僕の趣味も兼ねてるからね」と明るく言ってくれた。
古くて大事な本をしまい直したヘンリー様は、また手ずからお茶を淹れてくれた。喉はカラカラだった。
「いえ、生まれてこの方、角も触れた物がその場で腐ったこともありません」
「でしょう? これはね、とても古い……当時の治療記録。魔王というのもいないし、魔物は動物が瘴気によって変異した物で、人間は瘴気にそもそも耐えられないから触れただけで死ぬよ」
私は今、聞いてはいけない話を聞いている気がする。
確かな風習として残りながらも、絵本の中のお伽話。その本当の話を、聞いている。
おもわず喉を鳴らして唾を飲んだ。緊張に指先が冷えていく。そのくせ、気になって体は前のめりになる。
「元は、隣国の第二王子と第三王子が揃ってこの国を奪うために始めた侵略戦争だ。自分たちは玉座につけないと早くに知った彼らは……奇しくも彼らも双子だった……第三王子が先鋒を努め、それを第二王子が殺す形でこの国を攻め落とした。……第三王子は病気だった。感染症だ。どのみち自分が死ぬことは分かっていて、だから攻め込んだ」
「……とても、信じられません。そんな、では……その第二王子は第三王子を病を蔓延させる為に使ったという事ですか?」
ゾッとするような戦法だ。とても兄弟の情があるようには思えない。
ヘンリー様は私の驚嘆と嫌悪に満ちた顔に、眉を下げて笑いかけた。
「第三王子はどのみち死ぬ運命にあったし、第二王子に国を取らせてやりたかった。第二王子は第三王子なくしては国を取れなかった。そして、第三王子を悼むために双子の下の子はその場で殺しても咎められない、双子の下の子は忌子だ、という話を広めた……、元の、隣国からこの国を守るためにもね」
私にはなんとも口を挟めない話だった。
ブレンダの為に何かしたいなんて思ったことは一度もない。今後も無いだろうし、離れてみて自分の色々な安全が保障されたら、憎くもある。
ずっと昔の感染症を放っておくはずが無い。ここにあるのが治療記録だとしたら、王宮にだって同じ物が残っているはずだ。もしくは、完全に根絶しているはずである。
生まれてから18年間の間も、その前の歴史でも、感染症の蔓延というのは聞いた事がない。
「この治療記録がここにあるのは、隣国が感染症患者で溢れていたからだ。王宮に勤める医師が、決死の覚悟でこれを持ってグラスウェル領に逃げ込んできたらしい。医師は常に全身を密度の高い布で多い、決して患者と同じ物は食べず、手洗いも分けて使っていた。感染症治療の基本だね、……第三王子の主治医だった。祖国へ、どうしても助けたかった人がいたのかもしれない」
今となってはもうわからないけれど、と言ってヘンリー様は本を閉じた。
「もう分かったろう? 角が生えて見えていたのは感染症による高い発熱による幻覚症状、肌の色が違ったのは発疹、たまたま感染せずに生まれてきた上の子も、同じ乳母から乳を貰っていれば感染もするし、乳母も使用人も、そして産んだ母親も無事では済まない」
私は余りにも現実的な話に打ちのめされていた。
その名残で、一体どれだけの子が死に、または、私のように生まれながらの忌子として扱われてきたのだろう。
「メルクール嬢……」
「すみません、ヘンリー様……、私はまだ、これを呑み込むのに時間がかかりそうです」
「それも、仕方ない。とにかく、グラスウェル領ではあの絵本になった御伽噺は信じられていないし、双子だからといって何か不利益を被ることもない。君がまずは、安心してここで暮らせるようになると嬉しい」
心配だろうから、暫くご飯は私が作るよ、と言ったヘンリー様に深く頭を下げると、彼は「家事全般は僕の趣味も兼ねてるからね」と明るく言ってくれた。
古くて大事な本をしまい直したヘンリー様は、また手ずからお茶を淹れてくれた。喉はカラカラだった。
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