みんなのサスペンス～ちょっぴり残酷な物語

Scene04 赤ちゃんの十戒

29 誕生日のこと

　明るい世界？
　暗い世界？

　ううん。
　どっちでもない。
　私がいるのは狭い場所。
　だけどそこにいると安心するんだ。
　暖かくて気持よくてここにいると心がほっとするんだ。
　でも、私はその世界から追い出された。

これは、由香の姉。
里香の少し切ない物語。

「嫌だ！出たくない！」

　私は、そう叫んだ。
　だけど、誰にもその言葉は届かない。

　眩しくて寒い。

　私は、大きな声で叫んだ。

　そんな私に誰かが何かを言った。

「おめでとうございます。
　元気な女の子ですよ」

　でも、私にはその人の姿が見えない。
　そして、私にはその人が何を言っているのか理解できない。

　不安。
　恐怖。
　絶望？

　私は、大きな声で泣いた。
　涙は出ない。
　だけど、いっぱい泣いた。

　でも、そんな私を温かい何かが私の体を包み込んだ。

　懐かしい香り。
　優しい香り。
　温かい音。

　私に伝わるその振動を感じたとき私はすぐに理解した。
　私は、この人の中にいたんだ。

　この人がママなんだ。

　そして、そのあとに聞こえる低く優しい声。
　それはきっとパパの声なんだ。

　落ち着く空間。
　安らぎのひととき。
　でも、私は不安でいっぱいだった。

　私は、両手を伸ばせる自由を手に入れた代わりに安心感を失った。

　ただ怖い。
　ただ寂しい。
　そして不安。

　だから、私は泣いた。
　だから、いっぱい泣いた。

　私はこのとき何も知らなかった。
　生きることは死ぬこと。
　死ぬことは怖いこと。
　そして、苦しいってことなんて考えもしなかった。