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三章 エルクラットから離れて
30 痕跡を辿って
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「なんで変身した」
「仕方がないだろ」
会場から出て行き、一斬が人の姿に戻り、人目を避けて宿に戻っている最中の事だった。マットが放った苛立ちの混じった言葉に、多少投げやりにも思える調子で一斬が返した。
「あぁしないと勝負に負けてた」
「負けても良かっただろう、騒ぎにならずに済んだはずだ」
「分かってる。分かってたよ」
自棄のような受け答えにマットはさらに苛立ったのか顔をしかめて見せた。睨まれた一斬はバツが悪そうに視線を逸らす。
「ただ……負けたら負けたで、もっと面倒くさい事になってたぞ、たぶんな」
「何だと?」
「昔の約束を清算するんだったら、殴り合いになってただろうし」
「殴り合い……?」
その言葉でリーンシア以外の三人は顔を引き攣らせた。ミーシャがオウムのように返した言葉に、一斬はなんでもない風に「そう」と答えた。その返しに、マットはどう反応していいのか分からないのか、ますます眉間の皺が深まった。
「どんな約束したんだ、お前ら……」
「まぁ……若気の至りってやつだな」
思い出したくもない、と呟くように一言そう言った後で、一斬は深く溜息を吐いた。
そんな話をしながら五人が宿に帰ると、宿の亭主が騒ぎのせいか五人に嫌悪感を表しながらも部屋へと通した。宿泊部屋に戻るとそこに居たのはチェイシーと……タイタニラの傍に居た、バーンズと呼ばれていた男だった。
「おかえりなさい、楽しんだようで何よりだわ」
皮肉げだがチェイシーがにこやかに微笑んで出迎えると、隣に居たバーンズも警戒する一斬達をよそに軽く礼をして見せた。
「先ほどは失礼した」
頭を下げ謝罪の言葉を述べるバーンズに、訝し気な視線を向けたマットが前へと出る。
「人質はどうした?」
「あのリザードマンならスーザの酒場に帰してある。元々、話が済めば帰って貰う予定だったからな」
顔を上げると、肩に乗っているドラゴンの顎を撫でながらバーンズは悪びれる様子も無くそう言った。その態度に、マットが眉を寄せる。
「何が目的だったんだ?」
「俺はタイタニラの探している人物を探す事だけが目的だった。後の事は知らんよ」
眼鏡越しに鋭く睨まれようとバーンズは肩を竦めて見せるだけだ。マットはこれ以上問い詰めても埒が明かないと思ったのか、今度はチェイシーへと咎めるような視線を向けた。
「おい魔女、さっきはよくも俺達を置いて行ったな」
「どうせ逃げられなかったでしょう。それに……色々と面白い話も聞けたわよ。ねぇ?」
チェイシーも反省する様子も見せず、それどころか笑みを浮かべ、バーンズの方へと何か言いたげに視線を向ける。バーンズは隣を一瞥した後で面倒そうに視線を五人の方へと戻した。
「三人組のリザードマンと<夜を謳いし一族>を探しているのだろう? タイタニラが迷惑をかけた詫びだ、俺が出来る事なら協力しよう」
「なんだと?」
「だが、条件がある」
眉を上げた一斬達に対し、バーンズはターバンを整えるように表情を隠しながら、どこか値踏みするような視線を向けた。
「我らの頭に会って貰えないか?」
*
赤土の荒野、ハバース。その熱は植物を根から焼き、ありとあらゆる生命にとっては生き抜くのに厳しい場所だ。残ったのは体温を冷却する術を持っている人間。荒野を跋扈するのは頑強な鱗を持つレッドリザード、そして強靭な肉体と翼を持つドラゴン達。
そして――夜に現れ、荒野を彷徨う亡者のみ。
「かつて、この亡者を操っているのが<夜を謳いし一族>、そして彼らが讃えている吸血鬼だと謂われていた。この荒野は昔、死の大地と呼ばれて吸血鬼始まりの地でもあった。地を割り、そこから吸血地が死者を引き連れて来たのだと」
そう説明しているのは細身で眼鏡をかけた黒髪の女だった。
すらりとした背丈、艶やかな長い髪、だがその体は肉感的というよりは痩せている印象を受ける。肌も細身の体を引き立てるかのように青白さの方が目立つ。日が激しく射すアンデリータの町には不似合いな姿だ。
日当たりのいい部屋には書物が並び、違う壁には数々のドラゴンの剥製が首だけになり目玉の代わりに硝子を埋め込まれ、部屋の主と来訪者を見下ろしている。鱗も牙も違う素材なのだろう――だが生きていた時の雄々しさはそのまま残っている。
今にも動き出してしまいそうな存在感に、ミーシャは剥製を視界に入れた瞬間小さく肩を跳ねさせた。
その様子に、くすりと微かに女が笑った。
「こんにちは、西からの客人。私の名前はスパーニャ・アンデリータ……一応、この国の次期〝頭〟だ。まだ確定ではないが」
そう名乗る女の服装は重厚なローブ、そして煌びやかな東の国の一般的な服装はかけ離れた金の装飾が散りばめられており、彼女の身分が高い事を表していた。
現に、部屋に入り次第バーンズはすぐさま女――スパーニャの前に片膝を突いて頭を下げた。
「頭、この者達がお話した方々です」
「バーンズ、案内ご苦労だった。下がっていいぞ」
「ハッ」
先ほどの気だるげな態度と違い、背を伸ばしたバーンズは一礼した後に部屋から出て行った。扉が閉まり、六人とスパーニャしか残っていない。皆が言葉を発しない中、スパーニャは口元を緩めて微笑んだ。
「客人、まずは我が友タイタニラの非礼を詫びよう。ガリダに目を付けられるとは、面倒な事になったな」
「反省してるって態度じゃないが」
知らずの内にあの騒ぎまで把握している――そんなスパーニャに一斬が皮肉を言えば、それを気にしないかのように明るく「ははっ」と笑って見せた。
「これでも申し訳ないとは思っている。だからこそ、私から協力を申し出させて貰った。元々、君達が勝った場合、こちらがやるのは探し物の手伝いだったのだろう?」
「……まぁな」
「なら、君達も時間が惜しいだろう。早速本題に入るが……まず、君達が探しているリザードマン達についてだ。彼らは一度この場所に来た後、タルガ・ズェラに向かったらしい。先ほど話した、吸血鬼の伝承が残っている村だ」
その言葉で一斬達の顔色が変わる。スパーニャはそんな一斬達をよそに話を続けた。
「それと<夜を謳いし一族>についてだが……詳しい資料は、今の頭が管理していた書庫にあるのでね。今私に分かるのは、先ほど話した通りの事だけだ」
「その資料は見れないのか?」
「先ほども言っただろう、私はまだこの地を統治出来る存在じゃない。その権利は、今は病床に伏せっている頭の物だ……話が出来る状態ではないから、見せてくれと私が頼んでも……届かないだろうな」
そこまで話すと、スパーニャは目を伏せた。物憂いげな表情から何か事情がある事は分かるが、一斬は「それで」と話を切り換えるように話し出す。
「何が条件なんだ?」
「話が分かるな、さすが交易都市の民だ」
「上が出て来て情報渡して、はい終わり……って訳じゃないだろうしな」
一斬の言葉に笑みを零すと、スパーニャは立ち上がって一枚の地図を取り出して見せた。町周辺の地形を表しているようだ。スパーニャはまず町から外れた、岩が多く描かれている場所を指した。
「ここ最近、ドラゴンは頻繁に町の近くへと出没している。数は疎らだが、ドラゴンの繁殖時期から考えても異常だ」
次に指したのは、辺り一帯が崖を表す線に囲まれた道だ。
「そしてタルガ・ズェラを通るための深い渓谷はドラゴン達の巣もある。今は通行禁止のはずだが……リザードマン達は制止を振り切って通ってしまったらしい」
「つまり……」
一斬が地図から顔を上げる。スパーニャは大きく頷いた。
「君達が彼らの後を追うには、このドラゴン達をなんとかするしかない」
そう言い切ったスパーニャは線で描かれた渓谷の道を指でなぞり、出口を指先で軽く叩く。
「ここまで行くのに最大の障壁は、ある一体のドラゴンだ。こちらでは〝狩人の統率者〟という意味で……ズィーガ・グナという名が付いている。名の通り、ドラゴン達のリーダーのような存在だ」
「〝名前付き〟なんて随分と大きい顔されてるんだねぇ」
「その通りだ……このドラゴンに今までここを通ったキャラバンが何度も襲撃されている。我々が探してもその姿は見つからず、姿を晦まし被害を出し続けた結果、この狡猾な捕食者に相応しい名が付けられた。姿も数回しか見られていない上に逆光の中現れたりと、手掛かりすら少ない状態だ」
アイラの言葉にスパーニャは始めて表情を崩して嘆息を零す。
そこで、一斬達の目線が地図から逸れる――廊下の方から、大きな足音がこちらへと近づいて来ていた。
「あ゛ぁー! 腹立つねぇ、ガリダの奴――!」
勢いよく扉が開き、激しく憤りながらタイタニラが部屋へと入って来た。しかし、部屋に居る一斬達を見て、怒りで歪んだ表情はすぐさま目を丸くして――次には笑顔に変わった。
「あぁ! 狼達、来てたのか!」
「……騒がしいな、我が友よ」
忙しく表情を変えるタイタニラに、スパーニャは苦笑していた。だがそんなスパーニャの様子もお構いなしに、タイタニラは一斬の肩を掴んで前へと押し出す。一斬は迷惑そうに顔をしかめた。
「スパーニャ! こいつらだぞ、ハバース戦争の――」
「バーンズから聞いた。そして今は大事な話をしていたのだよ、タイタニラ」
興奮気味に話すタイタニラにスパーニャは深刻な面持ちで彼女を見上げた。その顔つきに、タイタニラは喋る事を止めて大人しくなる。そうして口を閉ざしたタイタニラに、スパーニャは息を吸い込み、吐き出すと同時に――
「――彼らと共に〝ズィーガ・グナ〟の討伐へ向かって貰いたい」
そう、声を強めて言い放った。
「仕方がないだろ」
会場から出て行き、一斬が人の姿に戻り、人目を避けて宿に戻っている最中の事だった。マットが放った苛立ちの混じった言葉に、多少投げやりにも思える調子で一斬が返した。
「あぁしないと勝負に負けてた」
「負けても良かっただろう、騒ぎにならずに済んだはずだ」
「分かってる。分かってたよ」
自棄のような受け答えにマットはさらに苛立ったのか顔をしかめて見せた。睨まれた一斬はバツが悪そうに視線を逸らす。
「ただ……負けたら負けたで、もっと面倒くさい事になってたぞ、たぶんな」
「何だと?」
「昔の約束を清算するんだったら、殴り合いになってただろうし」
「殴り合い……?」
その言葉でリーンシア以外の三人は顔を引き攣らせた。ミーシャがオウムのように返した言葉に、一斬はなんでもない風に「そう」と答えた。その返しに、マットはどう反応していいのか分からないのか、ますます眉間の皺が深まった。
「どんな約束したんだ、お前ら……」
「まぁ……若気の至りってやつだな」
思い出したくもない、と呟くように一言そう言った後で、一斬は深く溜息を吐いた。
そんな話をしながら五人が宿に帰ると、宿の亭主が騒ぎのせいか五人に嫌悪感を表しながらも部屋へと通した。宿泊部屋に戻るとそこに居たのはチェイシーと……タイタニラの傍に居た、バーンズと呼ばれていた男だった。
「おかえりなさい、楽しんだようで何よりだわ」
皮肉げだがチェイシーがにこやかに微笑んで出迎えると、隣に居たバーンズも警戒する一斬達をよそに軽く礼をして見せた。
「先ほどは失礼した」
頭を下げ謝罪の言葉を述べるバーンズに、訝し気な視線を向けたマットが前へと出る。
「人質はどうした?」
「あのリザードマンならスーザの酒場に帰してある。元々、話が済めば帰って貰う予定だったからな」
顔を上げると、肩に乗っているドラゴンの顎を撫でながらバーンズは悪びれる様子も無くそう言った。その態度に、マットが眉を寄せる。
「何が目的だったんだ?」
「俺はタイタニラの探している人物を探す事だけが目的だった。後の事は知らんよ」
眼鏡越しに鋭く睨まれようとバーンズは肩を竦めて見せるだけだ。マットはこれ以上問い詰めても埒が明かないと思ったのか、今度はチェイシーへと咎めるような視線を向けた。
「おい魔女、さっきはよくも俺達を置いて行ったな」
「どうせ逃げられなかったでしょう。それに……色々と面白い話も聞けたわよ。ねぇ?」
チェイシーも反省する様子も見せず、それどころか笑みを浮かべ、バーンズの方へと何か言いたげに視線を向ける。バーンズは隣を一瞥した後で面倒そうに視線を五人の方へと戻した。
「三人組のリザードマンと<夜を謳いし一族>を探しているのだろう? タイタニラが迷惑をかけた詫びだ、俺が出来る事なら協力しよう」
「なんだと?」
「だが、条件がある」
眉を上げた一斬達に対し、バーンズはターバンを整えるように表情を隠しながら、どこか値踏みするような視線を向けた。
「我らの頭に会って貰えないか?」
*
赤土の荒野、ハバース。その熱は植物を根から焼き、ありとあらゆる生命にとっては生き抜くのに厳しい場所だ。残ったのは体温を冷却する術を持っている人間。荒野を跋扈するのは頑強な鱗を持つレッドリザード、そして強靭な肉体と翼を持つドラゴン達。
そして――夜に現れ、荒野を彷徨う亡者のみ。
「かつて、この亡者を操っているのが<夜を謳いし一族>、そして彼らが讃えている吸血鬼だと謂われていた。この荒野は昔、死の大地と呼ばれて吸血鬼始まりの地でもあった。地を割り、そこから吸血地が死者を引き連れて来たのだと」
そう説明しているのは細身で眼鏡をかけた黒髪の女だった。
すらりとした背丈、艶やかな長い髪、だがその体は肉感的というよりは痩せている印象を受ける。肌も細身の体を引き立てるかのように青白さの方が目立つ。日が激しく射すアンデリータの町には不似合いな姿だ。
日当たりのいい部屋には書物が並び、違う壁には数々のドラゴンの剥製が首だけになり目玉の代わりに硝子を埋め込まれ、部屋の主と来訪者を見下ろしている。鱗も牙も違う素材なのだろう――だが生きていた時の雄々しさはそのまま残っている。
今にも動き出してしまいそうな存在感に、ミーシャは剥製を視界に入れた瞬間小さく肩を跳ねさせた。
その様子に、くすりと微かに女が笑った。
「こんにちは、西からの客人。私の名前はスパーニャ・アンデリータ……一応、この国の次期〝頭〟だ。まだ確定ではないが」
そう名乗る女の服装は重厚なローブ、そして煌びやかな東の国の一般的な服装はかけ離れた金の装飾が散りばめられており、彼女の身分が高い事を表していた。
現に、部屋に入り次第バーンズはすぐさま女――スパーニャの前に片膝を突いて頭を下げた。
「頭、この者達がお話した方々です」
「バーンズ、案内ご苦労だった。下がっていいぞ」
「ハッ」
先ほどの気だるげな態度と違い、背を伸ばしたバーンズは一礼した後に部屋から出て行った。扉が閉まり、六人とスパーニャしか残っていない。皆が言葉を発しない中、スパーニャは口元を緩めて微笑んだ。
「客人、まずは我が友タイタニラの非礼を詫びよう。ガリダに目を付けられるとは、面倒な事になったな」
「反省してるって態度じゃないが」
知らずの内にあの騒ぎまで把握している――そんなスパーニャに一斬が皮肉を言えば、それを気にしないかのように明るく「ははっ」と笑って見せた。
「これでも申し訳ないとは思っている。だからこそ、私から協力を申し出させて貰った。元々、君達が勝った場合、こちらがやるのは探し物の手伝いだったのだろう?」
「……まぁな」
「なら、君達も時間が惜しいだろう。早速本題に入るが……まず、君達が探しているリザードマン達についてだ。彼らは一度この場所に来た後、タルガ・ズェラに向かったらしい。先ほど話した、吸血鬼の伝承が残っている村だ」
その言葉で一斬達の顔色が変わる。スパーニャはそんな一斬達をよそに話を続けた。
「それと<夜を謳いし一族>についてだが……詳しい資料は、今の頭が管理していた書庫にあるのでね。今私に分かるのは、先ほど話した通りの事だけだ」
「その資料は見れないのか?」
「先ほども言っただろう、私はまだこの地を統治出来る存在じゃない。その権利は、今は病床に伏せっている頭の物だ……話が出来る状態ではないから、見せてくれと私が頼んでも……届かないだろうな」
そこまで話すと、スパーニャは目を伏せた。物憂いげな表情から何か事情がある事は分かるが、一斬は「それで」と話を切り換えるように話し出す。
「何が条件なんだ?」
「話が分かるな、さすが交易都市の民だ」
「上が出て来て情報渡して、はい終わり……って訳じゃないだろうしな」
一斬の言葉に笑みを零すと、スパーニャは立ち上がって一枚の地図を取り出して見せた。町周辺の地形を表しているようだ。スパーニャはまず町から外れた、岩が多く描かれている場所を指した。
「ここ最近、ドラゴンは頻繁に町の近くへと出没している。数は疎らだが、ドラゴンの繁殖時期から考えても異常だ」
次に指したのは、辺り一帯が崖を表す線に囲まれた道だ。
「そしてタルガ・ズェラを通るための深い渓谷はドラゴン達の巣もある。今は通行禁止のはずだが……リザードマン達は制止を振り切って通ってしまったらしい」
「つまり……」
一斬が地図から顔を上げる。スパーニャは大きく頷いた。
「君達が彼らの後を追うには、このドラゴン達をなんとかするしかない」
そう言い切ったスパーニャは線で描かれた渓谷の道を指でなぞり、出口を指先で軽く叩く。
「ここまで行くのに最大の障壁は、ある一体のドラゴンだ。こちらでは〝狩人の統率者〟という意味で……ズィーガ・グナという名が付いている。名の通り、ドラゴン達のリーダーのような存在だ」
「〝名前付き〟なんて随分と大きい顔されてるんだねぇ」
「その通りだ……このドラゴンに今までここを通ったキャラバンが何度も襲撃されている。我々が探してもその姿は見つからず、姿を晦まし被害を出し続けた結果、この狡猾な捕食者に相応しい名が付けられた。姿も数回しか見られていない上に逆光の中現れたりと、手掛かりすら少ない状態だ」
アイラの言葉にスパーニャは始めて表情を崩して嘆息を零す。
そこで、一斬達の目線が地図から逸れる――廊下の方から、大きな足音がこちらへと近づいて来ていた。
「あ゛ぁー! 腹立つねぇ、ガリダの奴――!」
勢いよく扉が開き、激しく憤りながらタイタニラが部屋へと入って来た。しかし、部屋に居る一斬達を見て、怒りで歪んだ表情はすぐさま目を丸くして――次には笑顔に変わった。
「あぁ! 狼達、来てたのか!」
「……騒がしいな、我が友よ」
忙しく表情を変えるタイタニラに、スパーニャは苦笑していた。だがそんなスパーニャの様子もお構いなしに、タイタニラは一斬の肩を掴んで前へと押し出す。一斬は迷惑そうに顔をしかめた。
「スパーニャ! こいつらだぞ、ハバース戦争の――」
「バーンズから聞いた。そして今は大事な話をしていたのだよ、タイタニラ」
興奮気味に話すタイタニラにスパーニャは深刻な面持ちで彼女を見上げた。その顔つきに、タイタニラは喋る事を止めて大人しくなる。そうして口を閉ざしたタイタニラに、スパーニャは息を吸い込み、吐き出すと同時に――
「――彼らと共に〝ズィーガ・グナ〟の討伐へ向かって貰いたい」
そう、声を強めて言い放った。
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