恋人が黒猫になりまして

納人拓也

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2 クリスマスの一人と一匹。もとい、元二人の話。

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 私の名前は椿、今は猫だ。「子猫病」って病気にかかっちゃってる。

 目の前の台所で何やらあたふたしてるのは、私の恋人の三春。こんな名前だけど、見た目はひょろ長くてそこそこでっかい男で、隣に立つと人が振り向く事もしばしば。ちなみに待ち合わせしてる時に服のセンスが無さ過ぎて、逆に待ち合わせ場所になった事もあるという珍妙な過去も持ってる。

 でも、いい人なんだ。子猫病になって、ちょっと不安だったけど慌てながらも病院に予約したり、色々と気に掛けてくれたり、変わらない調子だったのが逆に安心できる。こんな時に逃げるような人じゃないとは思ってたけど、やっぱり一緒になってよかったと猫の体じゃなければ両手を上げて跳ねてた……いや、それはないかも。とにかくそれくらいには嬉しかった。

 病院の時も、頭を撫でて安心させようとしてくれた。あの時は単純に一応裸だし……病院に猫の毛を落としたら駄目なんじゃないかと思って出なかったんだけど、不安がってると勘違いしたらしかった。そこはちょっぴり申し訳なかったかな。

 クリスマス直前で猫になった私は病院に行って検査されて、今に至る。人間と変わらずにご飯を食べれるし、子猫病は一時的なものだからって診断されたし、私自身は全然人間としての考え方も出来るし、猫の体は軽くてふわふわしてて歩き難いけど、結構楽しい。

 でも、そうなんだよ、今はクリスマスなんだよ。やってらんないよね。恋人とクリスマスなのにさ。世間じゃ一緒に並んで人混みの中で手を繋いで、家に帰ればチキンとケーキでお腹いっぱいになって……そんな予定だったんだけどなぁ……。

「あちちちっ!」

 そんな悲鳴と一緒にフライパンがコンロの上で大きな音立てて揺れた音が聞こえた。溜息が出る。さっきからあんな調子で、今日は色々買って来て食べるだけだったはずなのに……ちょっと「こだわり」を出すのが、三春の悪い癖だ。
 一人暮らしがお互いに長かったはずなのに、包丁捌きが全然なってなくて、さっきから包丁がまな板の端に置きっ放しで落ちるんじゃないかとか、火の勢いが強すぎないかとか、見ててハラハラしてしまう。

「んなぁぁん」
「おー、椿。悪いな待たせて、もう少しだぞ」
「うな……」
 違う違う三春、あんた調味料入れ忘れてるのがあるんだよ。それじゃたぶん味無いって。食べた時に「あちゃー」ってなるやつだよ。言っても分かんないと思うけど。
「なんだよ、甘えたいのか?」
「にゃーん!」

 ちがーう! という訴えは届きそうになかった。

        *

「椿ー、お前好きだったろ、ローストビーフ」
「うるるっ……」
 私用だったんだねこれ……。

 味の若干薄いローストビーフを食べながら、よく考えたら猫なんだからかなーり……くちゃくちゃと音を立てて、なおかついつも通りのサイズに切られていたせいで自分で噛み切りながら食べなければいけなかった。こっちは恥ずかしいんだけど、ローストビーフを作り切ったおかげで三春は満足げだ。
 不思議なもので「動物のクチャラーは許せる」と、そう動画サイトで言われてる通り、どうやら猫になった人間も例外じゃないらしい。助かった。
「いっぱい食べろよ、食べたらすぐよくなるさ」
 そう言って三春は頭を撫でて来た。当然私は猫なので喉が自然とごろごろと鳴る。人間だと頭を撫でられる機会って子供の頃くらいだけど、掌ってなんでこう温かくて心地いいんだろう。不思議。

 それでご飯を食べ終わって、なんとなくこうしたくてペロペロと手を舐めてると三春がじっと見て……ふと取り出したスマホで――パシャッと私を撮った。驚いた私に三春はこっちを見た瞬間に笑った。
「舌出っ放しになってるぞ、椿」
 そう言って指先でちょっとつまんできたものだから、私はムカッとして指先に軽く噛み付いてやった。そのままおやつを食べるみたいに齧ってやると「イタタッ!」と声を上げる。恋人とは言え、写真を無断で撮るな馬鹿!

 そういえば、恋人になる前も三春は私のちょっとした仕草に反応しては妙な事を言ってた気がする。

『椿ってさ、髪切ったのか?』
『なんで?』
『いや、髪の毛を掻き上げるみたいな動きしてるから』
 今思うとよくもまぁあんなじろじろと人の事を観察出来たもんだ。普通だったら気持ち悪いって言われてるだろうし、私もそう思ってたんだろうけど、不思議と見られてもあんまり嫌な気がしなかった。

「いや悪い、絵になってるからさぁ、お前」
 いい加減、可哀想になってきたので齧ってた指を離してあげると、三春は写真を見せて来た。自分で言うのも変だけど、もこもこした毛皮が温かそうな中々に可愛い黒猫が顔を洗っている。うーん、こうして見ると私、完全に猫だ。目の前のお皿と比べたらだいぶ大きいのが分かるけど。
「猫の姿だと、結構可愛くなるのな、お前」
「んなーぅ?」
 待って、「猫の姿だと」ってどういう意味?
「お前って美人系だしなぁ、猫の顔だと丸っこくて可愛くなるな」
「……みぃ」
 私の抗議、もとい鳴き声を聞いて慌てて付け足した訳でもなく、あっさりとそう言われて背中がなんだか痒い。

              *

「人の事じろじろ見て、いやらしいなぁ」
 私が揶揄うようにそう言うと、三春は「だってなぁ」と頭を掻いた。
「どうしても目が行くんだよ、悪かったな」
「悪くはないけど」
「えっ?」
「悪くはないよ」
 同窓会で各々盛り上がっててイケメンやらに皆群がってる中、平凡かつ目立った所も無ければパッと見ても「ひょろ長い」以外に印象が残らない三春の隣は悪い気がしなかった。丁度いい温度のお風呂に入ってるみたいな気分。
「……椿って美人だからさ、つい目が行くんだ」

 ふわふわしてる。夢心地。

「顔がキツイの間違いじゃないの?」
「いや美人だよ」
「三春って変だよね」
 昔から苗字は漢字が一緒で読みが違うだけだから「タチバナコンビ」って呼ばれてて、私達はいつの間にか名前を呼び合う仲になってた。揶揄いもされて、それは嫌だったんだけど……そうなる事自体は悪くないなぁ、なんて思ったり。
「俺の事を悪くないなんて、椿も相当だぞ」
「じゃあさ――付き合う? 私達」

             *

「んぅぅー」
「なんだなんだ、急に」
 ぐりぐりと腹に頭を押し付けてやると三春が私を抱っこしてくれた。そのまま、「このやろ」と言って両手で頬を挟むように撫でてくる。
「早くよくなれ、椿」
「みー」
 高校生の時ですらこんな風にじゃれ合わなかった気がする。大学生になってはしゃいでた時もあまり無かったし、三春も私もどっちかって言うと中々気持ちを素直に出せないような性格だったから。
 笑ってる三春、顔がちょっと怖い。性格知ってるとあんまり気にならないんだけどね。でも顔怖い。こんな近くで見る機会はあんまりないから、新鮮だ。こう考えてる私は……やっぱり昔から変なのかも。
「ローストビーフちょっと余ってるなぁ、じゃあ一口――」
 私がどうしても食べ切れなかった分を三春食べてるけど……感染しないとは言え大丈夫なのかな。

「……味が薄い」
 何度か噛んだ後に、眉を寄せては三春は信じられないみたいな顔して言った。

「……みぁん」
 だから言ったでしょ、と言ったつもりだったけど、やっぱり私の口から出たのは猫の鳴き声だった。
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