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|氷塊《アイスブロック》|破壊《クラッシャー》後編

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 デニーロが全ての氷を破壊したことによって辺りは騒然となり、観客達からはデニーロを称える声が飛び交っていた。

「さすがはAランク冒険者!」
「次代を担う者!」
「「「デニーロ! デニーロ! デニーロ!」」」

 終いにはデニーロのコールまで起こる始末だ。
 それにしても凄い人気だな。
 これはただ氷板を破壊したからだけではなく、元々デニーロに人望があることによる声援と見るべきか。ああ見えて意外にも面倒見の良い男なのかもしれないな。

 そしてそのような中、ドランは観客の声に応えているデニーロを横目に俺の方に近づいてくる。

「これであんたが勝つことはなくなったな。まあそもそもあのを全て割ることなど出来ないだろう」

 硬い氷を強調して言っていることから、ドランは俺の方にわざと透明度の高い氷を用意したのは間違いないな。

 だが俺はニヤつき勝ち誇った顔をしているドランに向かって言い放つ。

「俺の勝ちはない? そんなことはないだろう」
「はっ? お前は状況がわかっていないのか? 万が一氷板を全て割ったとしても引き分け止まりなんだよ」
「そうとも限らないだろう。確かに氷塊アイスブロック破壊クラッシャーの勝負は引き分け止まりかもしれないが、誰の目にも明らかな決着をつければいいだけの話だ」

 この後、俺の答えが気に入らなかったのかドランが喚き散らしていたが俺は無視して氷板の前に立つ。

「悪いな⋯⋯やりにくい空気を作っちまって」

 デニーロが俺に向かって心にもないこと口する。
 本人としては氷板を全て割るという最上の結果を出すことが出来たため、気分は最高だろうな。

「この後氷塊アイスブロック破壊クラッシャーをやるあの男には同情するぜ」
「デニーロさんと勝負になると思ったのか?」
「身の程しらずめ!」

 確かにデニーロの言うとおり周囲から俺に対しての罵詈雑言が聞こえてくる。
 観客もデニーロが負けるなどということを1ミリも疑っていないようだ。

「いや、余計な気づかいはいらない。周囲の声など全くもって気にならないからな」
「ほう⋯⋯確かに落ち着いて見えるな。どうやら貴様のことを少し舐めていたようだ」
「少しか⋯⋯相手の力量も読めないような奴がAランク冒険者とは笑わせる」
「何だと! 貴様は俺以上の存在だと言いたいのか!」
「喚くな⋯⋯男なら言葉ではなく行動で示せ」
「くっ! でかい口叩くじゃねえか。だったらてめえの言う行動とやらを見せてみやがれ」

 そのようなことは言われるまでもない。俺はここで結果を出せなければそれこそ口だけの存在になってしまう。
 だがことは容易ではない。
 まずは観客の声を排除し雑念を振り払うため俺は目を閉じて深呼吸をすると先程まで聞こえていた雑音がなくなり俺だけの世界が形成される。
 以前おやっさんから集中していないと小さなことを見逃したり、力が発揮できないと言われ、俺はどんな時でも周りの雑音を排除できるよう仕込まれている。
 そのためのルーティーンが俺に取って目を閉じ深呼吸をするという行為だ。
 そして右の拳に闘気が集まるように集中する。
 躊躇ってはダメだ⋯⋯右手を一気に振り下ろし全てを砕くイメージを己自信に植え付けろ。
 透明の氷が堅固だろうが関係ない⋯⋯全てを破壊しろ!

「はあっ!」

 俺は声を上げて気合いを入れ、氷板に向かって手刀を繰り出す。
 すると先程デニーロが氷板を破壊した時以上の音が辺りに鳴り響く。

「な、なんかすげえ音がならなかったか?」
「しかもズドンってさっき氷板を割ったデニーロさんとは音の質が違うような⋯⋯」

 周囲の者達が言う言葉は正しい⋯⋯なぜなら俺が割ったのは氷板だけではないからだ。

「う、嘘だろ⋯⋯氷板だけじゃなく台座まで割れてやがる」

 デニーロが驚愕の表情を浮かべ、現実に起きたことを言葉にする。

「バカな! そもそも氷は特注の硬質なものだったから割れるはずがない! 何かインチキをしたに決まっている!」
「なんだと?」

 ドランは目の前の出来事が信じらなかったかのか思わず真実を口にしてしまい、その様子を見たデニーロがドランに詰め寄る。

「てめえどういうことだ!」
「やめっ! く、苦しい!」

 デニーロはドランの首を左手で鷲掴みにし、持ち上げる。するとドランは息が出来ないのか足をバタバタさせ苦悶の表情をしており、このままだと窒息死するのは間違いないだろう。

「そのままだと喋ることもできず死ぬぞ」

 俺を陥れようとしたドランを助ける義理はないが、目の前で死なれるのも目覚めが悪いためデニーロの左腕を掴み行動に制止をかける。

「はい! すみませんでした!」

 ん? 何だ? デニーロが急に殊勝な態度を取り始めたぞ。
 そして言葉通りデニーロはドランの首から手を離すとドランは地面に尻餅をつき、肺に空気が足りなかったせいか激しく咳き込んでいる。

「で? さっき言っていたことを話してもらおうか」
「い、いや⋯⋯その⋯⋯」
「場合によっては俺も笑い者にされる所だったんだ。正直に話さねえとてめえの眼を潰すぞこら」
「ひぃぃっ!」

 もし観客の誰かが氷の秘密に気づいて俺の方が不利だと指摘すればデニーロは恥をかくことになっただろう。
 いくらデニーロが知らないと言っても全ての人間がその言葉を信じることはなく、結果卑怯なことをして勝とうとした奴だと笑い者になる。
 プライドが高い奴程そのようなことは許せないだろうな。

「さあどうする? 後三秒だけ待ってやる。321!」
「い、言う! 言うから待ってください!」

 デニーロの一秒にも満たないカウントダウンに焦りを覚えたのかドランは慌てて白状することを選択する。
 さて、ドランはどんな理由を聞かせてくれるのやら⋯⋯。

「昔ゴードンさん達とパーティーを組んで調子に乗っていたこいつに恥をかかせたかったんだ! もし一本も氷板を割ることが出来なかったら笑い者になると⋯⋯」
「下らねえ⋯⋯しかも恥をかいたのは俺だ」

 デニーロは殺気を振り撒きながら尻餅をついているドランを見下ろしている。ドランは恐怖で涙目になり、今にも失禁してもおかしくなさそうだ。

「デニーロさんすみません! 許してください!」
「バカヤロー! まずはユクトの兄貴に謝れ!」

 ん? 今デニーロが不穏なことを口にしなかったか?

「は、はい! ユクトさん申し訳ありませんでした!」
「別にドランについては何も思ってないから気にするな。それよりデニーロ⋯⋯今俺のことをユクトの兄貴って言わなかったか?」

 ドランのことは元々相手にもしていないためどうでもいい。それよりデニーロが俺のことを兄貴と呼んでいた方が気になる。

「ユクトの兄貴はゴードンさんとタメですよね? 俺は今27何で兄貴で間違っていないです」
「いや、いくら俺より年下だからといって兄貴と呼ばれるつもりはないんだが」
「さっき賭けで決めたじゃないですか。俺が負けたらユクトの兄貴の舎弟になると」

 俺はそのことについて了承した覚えはない。だがこの妄信的な眼をしているデニーロに何を言っても無駄なような気がした。

「おめえら! 今日ここに新たな英雄が誕生した! その名を称えやがれ!」

 そしてデニーロが周囲の観客を煽ると一斉にコールが上がる。

「「「ユクト! ユクト! ユクト!」」」

 こうして俺はデニーロとの氷塊アイスブロック破壊クラッシャーに勝利することができたが、代わりにデニーロに兄貴と呼ばれることになってしまうのであった。
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