上 下
31 / 124

リズリットの決意

しおりを挟む
 いや、一人という表現は正しくない。リズリットの横には二匹⋯⋯マシロとノアが控えていた。
 前方には多くの兵士とリスティヒ、グラザム、そして張りつけにされた国王陛下と王妃の姿がある。
 だが国王陛下と王妃は長く幽閉されていたせいか意識はほとんどなく、喋ることも出来ないように見える。
 しかし虚ろな目で何とか娘であるリズリットの姿を捉えていた。

「リ⋯⋯ズ⋯⋯来る⋯⋯な⋯⋯」
「にげ⋯⋯て⋯⋯」

 うわ言のように呟くが、その声に力はなく、リズリットには届いていなかった。
 だが声が聞こえなくてもリズリットのやることは変わらない。
 親である国王陛下と王妃を助けるだけだ。

 周囲には約千人、ほぼ全軍の兵士がいた。しかしリズリットは臆することなく前に進み、そして声を上げた。

「約束通り来ました。お父様とお母様を解放して下さい」
「クックック⋯⋯本当にこの場に現れるとはな。やはりお前はお人好しの大馬鹿者のようだ」

 兵士達の中からグラザムが現れ、リズリットに対峙する。その表情は醜悪で、リズリットを嘲笑しているのは誰の目から見ても明らかだった。

「お父様とお母様を助けに行くことが馬鹿というなら、私は馬鹿で構いません。仮にも王族を名乗るのであれば約束は守って下さい」
「仮ではない! 私はこのムーンガーデン王国の王子だ! ただ生まれによって王族となったお前と同じにするな!」

 どうやら仮と言う言葉がグラザムの神経を逆撫でにしたようだ。その言葉に反応するということは、自分は仮の王族であると内心思っているのだろう。だがグラザムはそのことに気づいてはいない。

「だがそんなお前でも使い道はある。私の要求は一つ⋯⋯リズリットよ、私の妻になれ。そうすればお前の両親を助けてやろう」
(クックック⋯⋯妻にしてしまえばどうとでもなる。国王や王妃など生きていても百害あって一理なし。いずれ事故に見せかけて殺してしまえば問題ない。子供でも作っておけばリズリットは俺に逆らうことも、両親の後を追うことも出来ないだろう)

 グラザムはリズリットとの約束を一時的にしか守るつもりはなかった。リズリットもそのことに気づいているが、客観的に見て、国王陛下や王妃の命を助ける方法はこれしかないように思えた。

「その約束は守られるのでしょうか?」
「この俺のことが信用出来ないのか?」
「人質を取って妻を娶ろうとしている方を信じろと? あなたはずいぶんお人好しのようですね」
「なんだと!」

 先程リズリットに言った言葉を返され、グラザムは激昂する。
 その姿を見て、どちらが王族に相応しいかなど言うまでもなかった。
 兵士達も表には出さないが、心の中でグラザムを笑っていた。

「グラザムよ下がれ!」
「ち、父上⋯⋯」

 息子の醜態を見ていられなかったのか、体躯の大きい筋肉質の男⋯⋯現国王であるリスティヒが前に出た。

「リズリット王女」
「リスティヒ叔父様⋯⋯いえ、リスティヒ」
「あなたは現状を理解していない。今ムーンガーデン王国は二つに割れている。これは王国に取って大変良くないことだ。このまま争いが続けば国は荒れ、取り返しの着かないことになってしまうぞ。この問題を解決するためには、リズリット王女とグラザムの婚姻が必要だと言っているのだ。私の方がリズリット王女より国のことを考えている」
「それをあなたが言いますか。無理な税収をかけられ、王族や貴族は国民に対して自分のやりたいように命令をしています。もし荒れた国を立て直す気があるなら、まずはそういった王族や貴族を排除することをオススメします」
「この小娘が⋯⋯」

 リスティヒはリズリットに図星をつかれ、怒りを露にする。兵士達もどちらが正しいことを言っているのか、一目瞭然だった。

「お前は父親そっくりだな。何かと言えば全ては国民のためだの甘いことを言いおって。結局巨大な力の前ではその大切な国民を守ることが出来ず、今あのように見苦しい姿を晒すことになっている」

 リスティヒは国王陛下を指差し、見下した視線を送る。

「確かにあなたの言う通りかもしれません。お父様は優しすぎました。そのため、あなたという悪意がいることがわかっていて、処分することが出来なかったのですから」
「何だ? 今さら後悔しても遅いぞ」
「遅くはありません! お父様とお母様は生きていて、国は荒れてしまったけどまだ立て直すことは出来ます! あなたの思い通りには絶対にさせません!」
「クックック⋯⋯バカな小娘だ。それならばどうやって張りつけになった父親と母親を救うつもりなのだ。ここには我が軍の兵士が千人いる。この数の暴力に対してお前は何が出来るのだ! できもしないことを口にするんじゃない!」

 確かにリスティヒの言葉は正論である。一人と二匹で千人の相手をしながら国王陛下と王妃を救うなど、普通なら出来るはずがない。
 だがだからと言ってリスティヒの言葉に従うわけには行かない。
 リズリットは決意を胸に、この場にいる者達に語りかけるのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

スキル「糸」を手に入れた転生者。糸をバカにする奴は全員ぶっ飛ばす

Gai
ファンタジー
人を助けた代わりにバイクに轢かれた男、工藤 英二 その魂は異世界へと送られ、第二の人生を送ることになった。 侯爵家の三男として生まれ、順風満帆な人生を過ごせる……とは限らない。 裕福な家庭に生まれたとしても、生きていいく中で面倒な壁とぶつかることはある。 そこで先天性スキル、糸を手に入れた。 だが、その糸はただの糸ではなく、英二が生きていく上で大いに役立つスキルとなる。 「おいおい、あんまり糸を嘗めるんじゃねぇぞ」 少々強気な性格を崩さず、英二は己が生きたい道を行く。

【コミカライズ化決定!!】気づいたら、異世界トリップして周りから訳アリ幼女と勘違いされて愛されています

坂神ユキ
ファンタジー
 サーヤこと佐々木紗彩は、勤務先に向かっている電車に乗っていたはずがなぜか気づいたら森の中にいた。  田舎出身だったため食料を集めれるかと思った彼女だが、なぜか図鑑では見たことのない植物ばかりで途方に暮れてしまう。  そんな彼女を保護したのは、森の中に入ってしまった魔物を追ってきた二人の獣人だった。  だが平均身長がニメートルを普通に超える世界において、成人女性の平均もいっていないサーヤは訳ありの幼女と勘違いされてしまう。  なんとか自分が人間の成人女性であることを伝えようとするサーヤだが、言葉が通じず、さらにはこの世界には人間という存在がいない世界であることを知ってしまう。  獣人・魔族・精霊・竜人(ドラゴン)しかいない世界でたった一人の人間となったサーヤは、少子化がかなり進み子供がかなり珍しい存在となってしまった世界で周りからとても可愛がられ愛されるのであった。  いろいろな獣人たちをモフモフしたり、他の種族に関わったりなどしながら、元の世界に戻ろうとするサーヤはどうなるのだろうか?  そして、なぜ彼女は異世界に行ってしまったのだろうか? *小説家になろうでも掲載しています *カクヨムでも掲載しています *悪口・中傷の言葉を書くのはやめてください *誤字や文章の訂正などの際は、出来ればどの話なのかを書いてくださると助かります 2024年8月29日より、ピッコマで独占先行配信開始!! 【気づいたら、異世界トリップして周りから訳アリ幼女と勘違いされて愛されています】 皆さんよろしくお願いいたします!

義兄に告白されて、承諾したらトロ甘な生活が待ってました。

アタナシア
恋愛
母の再婚をきっかけにできたイケメンで完璧な義兄、海斗。ひょんなことから、そんな海斗に告白をされる真名。 捨てられた子犬みたいな目で告白されたら断れないじゃん・・・!! 承諾してしまった真名に 「ーいいの・・・?ー ほんとに?ありがとう真名。大事にするね、ずっと・・・♡」熱い眼差を向けられて、そのままーーーー・・・♡。

王太子様に婚約破棄されましたので、辺境の地でモフモフな動物達と幸せなスローライフをいたします。

なつめ猫
ファンタジー
公爵令嬢のエリーゼは、婚約者であるレオン王太子に婚約破棄を言い渡されてしまう。 二人は、一年後に、国を挙げての結婚を控えていたが、それが全て無駄に終わってしまう。 失意の内にエリーゼは、公爵家が管理している辺境の地へ引き篭もるようにして王都を去ってしまうのであった。 ――そう、引き篭もるようにして……。 表向きは失意の内に辺境の地へ篭ったエリーゼは、多くの貴族から同情されていたが……。 じつは公爵令嬢のエリーゼは、本当は、貴族には向かない性格だった。 ギスギスしている貴族の社交の場が苦手だったエリーゼは、辺境の地で、モフモフな動物とスローライフを楽しむことにしたのだった。 ただ一つ、エリーゼには稀有な才能があり、それは王国で随一の回復魔法の使い手であり、唯一精霊に愛される存在であった。

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

犬のさんぽのお兄さん

深川シオ
BL
【地方都市×オメガバース】オメガでニートの園瀬(そのせ)梓(あずさ)は、T中央公園を散歩中に謎の長髪イケメンアルファ(ダサい臙脂のジャージ姿)に出会う。その瞬間、ヒートが起きて運命の番だと分かり——!?

ポンコツ女子は異世界で甘やかされる(R18ルート)

三ツ矢美咲
ファンタジー
投稿済み同タイトル小説の、ifルート・アナザーエンド・R18エピソード集。 各話タイトルの章を本編で読むと、より楽しめるかも。 第?章は前知識不要。 基本的にエロエロ。 本編がちょいちょい小難しい分、こっちはアホな話も書く予定。 一旦中断!詳細は近況を!

処理中です...