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53話

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 僕がルーファスの好きな子だった。脳内では大騒ぎだ。

 これは夢じゃないかと、ぎゅっと手を握れば手のひらにエッケザックスの柄を感じる。その存在を忘れていたが、もう自分が持っている必要はないだろう。

「あ、エッケザックスが僕んとこに来たんだけど。返すね」

 握っていた剣をそのまま返そうとするが、ルーファスは困ったような表情を浮かべて受け取らない。

「ルーファスの剣でしょ?」
「違う。今はサッシャが保有者だ」
「えー、僕剣とか出来ないし、危ないからルーファスに持ってて欲しいんだけど」

 なんとか受け取って貰おうとしていると、ぞくっとするような感覚が襲ってくる。同時に白装束の男たちが一気に現れ、ダンスパーティー会場は悲鳴に包まれる。

「衛兵っ! なにをしている、捕縛しろ!」

 壇上から王子が指示を出し、中に衛兵が入ってくる。ルーファスは僕を背後に押しやると、襲いかかってきた男たちを長い足で蹴り飛ばす。正装をしている今、ルーファスは武器を持っていないのだ。

「ルーファス、これ使って!」

 持っていたエッケザックスを差し出せば、今度は受け取ってくれた。再度向かってくる白装束の男たちを一瞬で斬り伏せる。

「かっこいい……っ!」

 やっぱりルーファスはかっこいいし、ものすごく強い。エッケザックスが似合うのはルーファスの方だと改めて思う。

「ルーファス、もしかしてもう断罪された?」
「いや、まだだ」
「そっか、良かった!」

 ナイジェルはどこにいるのだろうと探すが、近くにはいないようだ。あの長身だから、簡単に見つかると思っていたが、人が多すぎてわからない。

 白装束の男たちはルーファスが切り伏せた者は白い紙片になり、衛兵が向かった方はひらりひらりと逃げ回っている。狙いはルーファスと言わんばかりだ。

 ルーファスはその全てを切り伏せて、エッケザックスを僕に返す。

「えーっと、それはルーファスにあげるよ」

 受け取りたくなくてそう言えば、ルーファスはまた困った顔をする。

「サッシャの願いは叶えてやりたいが、光の妖精が決めたことを覆すことは出来ない」
「誰にも?」
「誰にも」
「もー、エッケザックス、我が儘だよ!」

 エッケザックスから笑い声が伝わってくるような気がした。人の多いここでは言葉を出すことがないのは、人に知られたくないのかもしれない。

「じゃあ、預かるけど、僕本当に剣なんて使えないから、使う時はルーファスね」
「ああ。サッシャを守るためだけに使う」

 するり……とエッケザックスが僕の中に入っていく。胸の辺りで光が弾けて消えてしまった。

「見てください、あの光景を。この国の国宝、エッケザックスにすら捨てられた悪役令息ルーファス・キンケイドをこのままにしてはいけません」

 朗々と響く声が僕のルーファスを貶していることがわかった。壇上にいるフードの男、あいつは敵だ。

「あなたの婚約者でありながら、非道な行いを繰り返す悪役令息にその立場は不相応だ。この国に留学させていただいている生徒からもその噂は聞き及んでおります。身分の違う者同士での交流を目的とした昼食会で下民はあなたに近づくなと脅したり」

 はい、僕が教えた悪役令息の例ですね! とっても上手にルーファスは出来ていました。

「使い込んだハンカチを不浄と呼んだり」

 ええ、それはネズミの死骸であって、僕のハンカチをそう呼んだわけでは。ああ、でもちゃんと周囲には悪役令息として映っていたんだと思うと感無量だ。

 ルーファスと僕の努力は実っている。

「平民といえどこの学園の生徒の一人である彼を講堂の階段から突き落とすなど、貴族令息としても婚約者としても相応しくありません」
「僕を落としたのは、さっき出た白い装束の男たちと同じものだけど」
「サッシャ、本当か?」

 ルーファスが聞いてきて、僕はしっかり頷く。

「うん。あの時は言えなかったけど、はっきり見えたよ。真っ白な紙みたいに平べったいものが僕を突き落としたんだ。ルーファスは落ちた僕を助けてくれただけなんだ。それにこの話は僕が捕まってた時に、真犯人のナイジェルが話していたことだから間違いないよ」

 僕がはっきり告げれば、壇上のフードの男は笑いながら答えた。

「ナイジェル? 彼は我が国からこちらに留学している優秀な生徒のはず。ああそうか、きみはそこにいる彼にそう言うように脅されているんだね。大丈夫、私がちゃんと助けてあげるから、そこで黙って見ていなさい」

 フードを取った男が顔を見せると、ハッとする。全く似ていないが、その笑い方は見覚えがあった。

「ナイジェル……! 僕を階段から突き落としたのはこいつだよ。僕は今までこいつに捕まってて、そこから逃げてきたんだ。その時に自分からそう言ったんだから間違いない!」
「サッシャ君、その話は本当かい? この方はナライジェラード・ヴィンセント・マーシャル殿下、この国に留学している生徒のためにはるばる来られた、隣国の第一王子殿下だ。留学生からも話を聞き、今日のダンスパーティーに参加されている」

「ローラント第三王子殿下、僕を寮の地下にある牢獄に閉じ込めて出れないようにしたのは間違いなくナイジェルです」
「我が国の優秀な生徒に罪を着せるのか? 脅されているとはいえ、それは見過ごせないな」

 ナライジェラードがそう言うと、遠巻きに見ていた生徒たちも騒ぎ出す。

「うるせ――――っ! 落とされた僕が言うんだから、間違いねーよ! それに他の奴らはその現場を見てもねーくせに、つべこべ言うんじゃねー! それにな、ルーファスはこの僕が育てた僕の悪役令息だ。こんな断罪なんて無効だ――っ!」

 僕の怒鳴り声に驚いたのは、講堂はしん……と静まり返る。





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