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47話

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「王子が好きって、それって……」

 王子には婚約者、つまりルーファスがいる。

「そう俺はローラントが欲しい。だから、きみも邪魔だし、特にルーファスは完全に貴族社会からも抹消しないとね。あいつの手には国宝があるし」
「国宝?」

「あれ、知らないの? 教室で抜こうとしていた剣があったでしょう」
「エッケザックス?」
「そうそれ。あんな伝説級の宝剣の持ち主なんて、再起不能なまでにしないとおちおちローラントを愛でられないよ。……だから、排除する」

「はあ? ルーファスを排除だって、馬鹿なことやめなよ。あいつの顔見たことあんの? 近くで見ても、遠くから見ても、本当に人間かってくらい顔が整ってる。あんたなんて足元にも及ばないよ。そんなルーファスをちっさい頃から見てる王子があんたなんかに靡くわけねーじゃん。無駄なことやめな」

「……本当に、きみはサッシャかい? 口が悪いだけじゃなくて、心抉ってくるね」
「まあね。孤児院育ちだし、面倒ごとに巻き込まれないようにオンオフの切り替えはバッチリさ。で、やめるよね?」
「やめない。悪役令息ルーファス・キンケイドには断罪式が待ってるんだよ。嫉妬のあまりきみを虐めて殺してしまったことで、ローラントに愛想を尽かされ、貴族としての立場もなくなる。そうダンスパーティーでの断罪式さ。舞台「真実の愛」の物語のように、悪役令息には退場してもらう」

「真実の愛?」
「そうか、きみは観たことがないんだな。今流行りの劇団が興行している舞台さ。勇敢な皇太子に健気な市井の少女、それから皇太子の婚約者だった悪役令嬢が出るんだ。学園で出会い恋をした二人に嫉妬した悪役令嬢が、悪行の限りを尽くし邪魔しようとするがそれを跳ね除けて真実の愛を貫く話なんだ。機会があれば見てみてばいいよ。おもし……」

 僕はナイジェルの話を遮り、耳の穴に指を突っ込みながらつまらないとはっきり告げる。

「くっそつまんなそうな話だよな! 大体、婚約者のいる相手に横恋慕する女は性格わりーし、目新しい女がいたらすぐに手を出す浮気者の皇太子も最悪だ。俺が悪役れ……婚約者の友だちだったら、そんな皇太子なんかさっさと捨てて、別の相手見つけた方がいいって助言するよ」

 自分自身にグサグサ刺さる言葉を吐きながら、僕は緊張に心臓が痛いくらいドキドキしていた。

「おや? 狙いをルーファス・キンケイドに定めたのかい?」
「違う。ルーファスは、と……もだちにはなれなかったけど、それでも僕の大切な人だ」

 僕はルーファスを守ると決めた。それだけはなんとしても果たしたい。

「ふうん。それは残念だね。貴族令息が平民と友達になるなんて、それこそ創作の世界みたいなものだろうけど。きみが悪役令息になってくれるようルーファスに頼んだことをローラントに話した時はどうしようかと思っていたよ。彼にはね、悪役令息のままでいてもらわなきゃならないからね。おっと、時間切れかな。そろそろ戻らないと。きみにはしばらくここにて貰うね。大丈夫、孤児のきみには悪いようにしない。断罪式が終われば、ここから出してあげよう。学園にもまた通えるようにしてあげる。きみが将来この国の文官を狙うなら、その地位を買うくらいのお金も渡してあげる。まあ、前世がある、なんて面白いことを言うきみだから、国に持って帰って調査する方が面白いかな? だから、俺がローラントを幸せにするから、そこから見ていればいいよ。恋のライバルさんっと、もうライバルでもないのか」
「おいっ!」

 もう一度檻を握ってなんとか壊そうとしても、それはびくともしなかった。ナイジェルは話すことが終わったのか、先ほども見た白く細長い紙が現れナイジェルの体を包むとその場からスウっと消えた。

「おい、待てよ。待てったらっ! おい! ここどこだよ、出せよ、このっ」

 呼びかけてもナイジェルは戻ってこなかった。しん……とした牢屋は薄暗くて湿っていて少し寒い。

「あ……」

 どうしよう、という言葉だけが頭の中を駆け巡る。僕の腕力じゃこの檻を壊すことなんて出来ない。

「そうだ!」

 こういう檻は下の方が少し土に埋められているだけで、掘れば外せるかもしれない。僕は冷たく固い地面に座り込んで、必死に土を掘った。爪が割れて血が流れても構わず掘り進めるが、深く埋められているのか先が見えない。





 僕はかなり長い時間、土を掘り続けたが、固い地面はそう簡単に掘らせてくれなかった。夜が来て、朝が来て、また夜が来る。何度も起きて、寝てを繰り返し日に日に焦燥感が強くなるが檻は外れなかった。

 ナイジェルがここに現れることはなかったが、食事はいつの間にか現れてこれが魔術かと感心する。いや、感心なんてしてる場合じゃない。
 ルーファスが危ないんだ。急いでここから出なければならないのに、どうして僕はこんなに腕力がないのだろう。今更言っても無駄なんだろうが、可愛さが売りのヒロイン(♂)じゃなくて、力自慢の剣士とかに転生したかった。

「くそ……僕はBLゲームのヒロイン(♂)なんだぞ。強制力でもなんでもいいから、今ここから出してくれ」

 そうしないとルーファスが大変なことになる。もしかして僕を捕まえていることをナイジェルから脅されて言うことをきいてしまうかもしれない。そんなこと自分が許せなかった。ルーファスの足を引っ張ることだけは嫌だ。

「強制力とかわかんねーけど、出てきてやったぞ、正義の味方!」

 いきなり目の前にキラキラと輝く何かが現れてそう宣言する。僕はゆっくりと顔を上げてそれを確認した。ナイジェルが戻ってきたわけではなさそうだ。

「ルーファスよりオメーに着いてた方が面白そうだ。あいつオレを抜くなって言われて十年オレを抜かなかったのに、オメーに何かあるとホイホイ抜いててめちゃ面白いと思ってたけどな。でも、オメーの方が百倍面白そうだから、こっちにきてやったぞ!」

「あの、どちら様で?」

 僕はもう驚くのをやめていた。




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