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41話
しおりを挟む授業が全て終わると、教室に残っている生徒はそんなにいない。みんな部活動や、友人らと放課後は過ごすのだろう。ほんの少しそれを羨ましいと思いながら、僕は鞄を持って目的の場所へ急ぐのが今までだった。
「まあ、ガードナー君は勤勉ですのね」
「勉学に励むのが特待生だが、それでも無理はいかんぞ無理は」
「僕は勉強が好きですし、本を読むことも好きなんです」
この世界の娯楽は少ない。前世ではインターネットの世界に入ればいくらでも時間を潰せたが、この世界では娯楽といえば本を読んだり観劇するくらいだ。買い物なんてお金のない僕には縁のないものだし、タダで借りれる図書館ほど今の僕にぴったりな娯楽はない。
「図書館とは静かにしなければならない場所だし、どうも苦手で……」
「好みの恋愛小説本ならわたくしいくつか所持しておりましてよ。ガードナー君はどのような書物をお読みになりますの?」
「主に経済について、でしょうか。各地の特産品や主要穀物の生産量の推移や、天候、貿易など多岐に渡りますね」
僕は王城での文官を狙っている。今は孤児だけど、この学園を卒業してちゃんとした職につき、いつか自力で生活するのが目標だ。その為には知識をこれでもかと詰め込まなければならない。その間に恋も出来たら良かったのだろうが、そっちは諦め始めていた。
「まあ、本当にガードナー君は……」
言葉が途中で止まったクラスメートたちは、虚ろな目をして黙ってしまった。
「あの……?」
どうかしたのかと聞く前に、クラスメートたちは全員図書館から出て行ってしまった。一体なんだったんだ? 急に用でも思い出したのだろうか。でもまあいい。僕は書籍を探して図書館を彷徨きまわる。司書に聞けばすぐに置いてある場所はわかるのだろうが、こうやって歩きながら探していると思いがけない出会いがあるから、僕はひとりで本を探す。
顔を上げて壁一面にある本の背表紙を一つ一つ眺める。気になるタイトルがあれば手に取って、中を開いた。前世でも本屋に行ったことはない。全て家庭教師か父親の部下が来たときに頼むか、携帯端末を渡された時からは通販を使っていた。
今考えれば前世の僕は、金銭的には恵まれていたのだろうと思う。
「ひとりぼっちだったけどね……」
「独り言?」
急に声をかけられて僕は飛び上がるほど驚く。バクバクと煩い音を立てる心臓を手に持った本で押さえて、僕は振り返る。
「ナイジェル様、脅かさないでください」
「やあ、サッシャ」
僕の苦言は綺麗に無視したナイジェルは、優雅な動きです僕の隣に立つ。背が高くこの国にはいない肌色をしたナイジェルはにこやかな微笑みを浮かべているが、目が全く笑っていないように思えた。いつもはだらしない上級生としか思わないのに、ぞくっとした感覚が背後から忍び寄ってくる。
「どうかした?」
「いえ、ナイジェル様は今日ちゃんと学園に来られたと思っていただけです」
「ああ、きみがいっつも口煩く言うからね」
僕がなにも言わなくてもきちんと登校すれば良いのにと思いながら、そんなに口煩く言っていただろうかと反省する。この学園で平和に過ごす為には人畜無害な人物を演じなければならない。自重しなきゃと思っていると、それに気づいたようにナイジェルは小さく笑った。
「冗談だよ。サッシャにはいつも感謝してる。口煩く言われなきゃ俺は部屋に閉じこもって出てこないよ」
「はあ……あの、何かご用があったのでは?」
図書館なのであまり大っぴらに会話をしていると司書に怒られてしまう。ここは奥まった場所だからそれほど目立たないが、先ほどまでクラスメートと一緒にいた入り口あたりでは司書の目が怖かった。
周囲を見渡しても人影はないが、図書館に来ている人の邪魔はしたくない。
「うーん、用ね。そうだね、ねえ、サッシャは王子狙い?」
いきなり核心をついた問いかけに僕は思考が停止して、何も答えられない。
すっと顔を近づけてくるナイジェルに、思わずびくんと体が反応した。
「無言ってことは正解かあ。でも、それならなんで王子の婚約者であるルーファス・キンケイドと一緒にいるの? あれ、ライバルでしょ。婚約者なんだし」
「それ、は……」
「まあ、あんな無表情で面白みもない婚約者なら第三王子も可哀想だし、自分の方が相応しいって思うか」
「そんなことない! ルーファスはすごく格好良いし、優しくて頼り甲斐があるし。無表情なんてとんでもない! いつだって拗ねたり心配したり笑ってくれたり、いっぱい表情を持ってる。あんたが知らないだけだ!」
カッとして叫んでしまった。大声が聞こえたら怒った司書がやってくるかもしれない。僕は慌てて口を手で押さえ、どうしようと震えてしまう。
「へえ」
ナイジェルの声に、孤児の分際で言い過ぎてしまったことに気づく。
「あの、……いえ、申し訳ありません。ナイジェル様」
隣国からの特待生と聞いているが、ナイジェルの所作は平民のそれじゃない。気品に満ちているし、隠しきれない高貴さがある。
「いいよ。そうか、サッシャは王子だけじゃなくて、ルーファス・キンケイドも狙ってるの。へえ、面白いね。まあ、あの二人は婚約者同士だからどちらかを落とせば良いって考えかな?」
「ちが……っ」
違うと言う前にナイジェルは僕の目線に合わせて薄く笑う。
「違わないよ。婚約破棄なんてことになれば、きみは両方手に入れられるってことか。顔に似合わずえぐいこと考えるねえ」
ナイジェルの言葉が刃となって僕の胸を切り裂いているようだった。体の震えが止まらず、ガタガタと揺れてしまう。僕はそんなこと考えていなかった。でも少し考えればわかるはずだった。
悪役令息なんて噂が立てば、これまでルーファスが積み上げてきた輝かしい経歴に傷を残すことになる。
「どちらを選ぶのか早めに決めた方が良いのでは? 移り気な恋なんてどちらも手に入らないのが世の常だよ」
どちらを選ぶなんて言うまでもない。でも僕はそれをルーファスにだけは言えない。王子と恋すると言っておきながら、ルーファスを好きになってしまったなんて、口が裂けたって言えない。ルーファスは僕が王子と恋するために、自分の評判を落とすようなこともやってくれた。
「よーく考えて、ね?」
僕は何も言い返せなかった。恋すると言っていたのは王子だが、僕が惹かれたのは、恋をしたいと、恋してしまったのは誰なのかナイジェルに見透かされた気がした。
「さて、俺の借りたい本は見つけたから帰るね。サッシャも早く寮に帰った方がいいよ。暗くなると、危ないからね」
サッシャが抱きしめている本を抜き取ると、ナイジェルは去って行く。僕は振り返って見送ることも出来ず、じっと図書館の床を見つめる。
「はっ……」
息を吐き出し手のひらをギュッと握りしめる。力なく図書館に備えてあるテーブルの椅子に座り込む。
まだ震えの止まらない手のひらを見て、両手を白くなるほど組んで絡めた。
今日のことでようやく自覚した、僕はルーファスの迷惑になることしかしていない。
恋なんて僕にはする資格がなかったのだ。
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