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40話
しおりを挟む僕はルーファスに寮の部屋に三日閉じ込められやっと外に出られた。寮の食事もキンケイド家から来たという従僕が毎食運んでくれる。下水道の整った世界だから、部屋にトイレと浴室があったからまだ耐えられた。
ルーファスも僕と一緒に学園を休むと言ったので、無言で部屋を叩き出してやる。その姿を見て従僕は驚いたようだったが、懸命にも何も言わなかった。従僕はベットの上で寝ているだけの退屈な僕の為に、図書館の本を借りて来てくれたので、夢みたいな食っちゃ寝生活を送っていたが、一日で飽きた。だって僕は前世、病院にずっと入院していてベッドで一日中過ごす日々なんて二度とやりたくないと思っていたからだ。
それなのにルーファスは、僕を無理やり自分の部屋に留め置いた。
怪我が心配だからと言われたら、階段から落ちた僕をここまで運んでくれて医者を呼び薬を飲ませてくれた相手の願いには黙って頷き、世話を焼かれるしかない。
でもたいした怪我でもなかったのに、学園を三日も休んでしまった。まあ、ルーファスが授業のノートを見せてくれたから、授業についていけないということはない。
今もルーファスは僕の隣を、寮から学園の教室まで一緒に歩いてきた。今朝はやっと食堂で朝食を食べられた。それから学園へ行く準備をして、ゆっくりと歩いてきたからか、教室にはほとんどの生徒が登校してきていた。ドアを開けて教室に入ると、僕とルーファスを見て一瞬静かになった教室内が一気にざわめく。
「おはようございます」
そんな周囲のことなど気にせず、きちんと挨拶をして教室に入る。一番後ろの自席に向かえば、ルーファスも付いてきた。階段から落ちた傷はほとんど癒えている。もう体は大丈夫だと言っても、ルーファスはずっとそばに居たがった。凄く心配性なのだろう。
いつもなら特待生の僕なんて一切気にしない貴族令嬢である女生徒たちが、一気にこちらに向かってきた。
なんだ、僕は喧嘩を売られると買うタイプなので、女性でも容赦しないぞ! と思いながら表面上はにこやかに接する。
「皆様、おはようございます」
「こちらへいらして、ガードナー君」
「へ?」
ルーファスから引き剥がすように腕を取られ、引っ張られる。よろめきながら促されるままそちらに足を向ければ、ルーファスを睨みながら女生徒はさらに言い放つ。
「ここにいては、危険ですわ」
「あの方に近寄ってはなりません」
「は? あの、一体なにを仰っているのか僕にはわからないのですが」
危険ってここは学園の教室内だ。身分差があり、不敬を買えば最悪退学もあり得るが、大人しく勉強していれば危険なんてないはず。酔って暴れ回るような奴らがいる下町なんかと違って、安心安全な世界である。
そう考えていると、今度は貴族令息たちも集まってきた。
「高位貴族だからこそ、やってはいけないことがある」
「下々の者も平等に学ぶことが出来るのが、この王立学園ニーラサだ」
「はあ、ありがとうございます?」
こちらも口々に何か言いながら、ルーファスから僕を守るように周囲に群がってくる。下々とは僕のことなんだろう。口では平等と言いながらも、滲み出る通わせてあげてる感がすごい。これが普通の貴族令息なんだろうな。
「孤児とはいえ、学園の生徒に害意を持つなど、貴族令息として、この学園の一生徒として許せん」
「あのぅ、一体なにを仰っているんですか?」
「もう黙っている必要はないんだ。きみが侯爵令息に虐められていることは、みんな知っている」
「誤解ですよ。僕は……」
「庇う必要なんてありませんわ」
「あなたを突き落とす場面を見たという方がいらっしゃるの。それにわたくしたちが力になりますわ」
へえ、僕を階段から落としたのが、ルーファスということになっているのか。そんな誤解は綺麗に解いておかないと。ルーファスとは違い、こいつらは口ばかりだ。
「力になるとおっしゃいますが、キンケイド侯爵家に反旗を翻すおつもりですか?」
「え、その……それは……」
ほらやっぱり、口先だけで守るといい、侯爵家に逆らうつもりなんてさらさらないのだ。
「それに心配されるようなことは、なに一つございません。キンケイド侯爵令息様は公平でとてもお優しい方です。それに僕が階段からは落ちたのは足を滑らせたからです」
きっぱりと言い返したら、なんだか変な雰囲気になった。
「なんで純粋で清らかな特待生なんだろう」
「まるで伝承にある光の妖精だ」
「悪役令息を庇うなんて、演劇の中のヒロインのようじゃないか」
勇者がその輝く容貌と、心根の美しさに宝剣であるエッケザックスに宿る光の
妖精が力を貸してくれたという。伝承って尾鰭背鰭がついたものが多いし、それが本当かどうかなんて確かめるすべはないけれど、そう信じられていた。
僕の周りで騒ぎ出すクラスメートをルーファスが今にも蹴散らしそうな雰囲気だったが、王子や幼なじみたちが抑えてくれている。
感謝しかない。ルーファスの評判が落ちている時に、暴れたりしたらますます悪評が立つ。
「サッシャ君にも友達が出来るのは良いことだろ?」
「楽しくクラスメートとおしゃべりしているのを邪魔するのはまずいって」
「束縛男は嫌われるっていうのが定石だよ」
「……楽しくクラスメートと話している訳じゃないと思うけど、今ルーファスが暴走するのはまずい。サッシャ君がクラスメートの誤解を解いてくれるなら、任せておこう」
王子がそう言って、僕に小さく頷く。それを見たルーファスはローラントの目の前に手を差し出してその視線を遮った。
「まあ、なんてこと」
「第三王子殿下の視線を遮るくらい、嫉妬なさっているなんて」
「やはり婚約者たる方が原因ですのね」
「嫉妬とは醜い感情だ。貴族令息たるもの、常に平常心を持っておらねば」
「愛らしいガードナー君と比べて、あの方は顔は整っていらっしゃいますけど無表情でなにを考えているのかわかりませんものね。第三王子殿下のお気持ちもわかりますわ」
なに言ってんだこいつ、と思う。王子がルーファスに勿体ないんじゃない、王子にルーファスは勿体ないんだ! こんなに公平で優しくて人を大切にしてくれる人なんて滅多にいない。それも貴族令息なの平民の僕をだ。
ぎゅっと唇を噛み締めなければ、僕の方がクラスメートに暴言を吐いてしまいそうだった。その時ドアが開いて、担任のデューダーが入ってきた。
「おや、ガードナー君か。もう体は平気かい?」
「……はい、ご心配をおかけ致しまして申し訳ありません。すっかり元気になり、本日から登校いたしました」
「そうか良かった。ん? 何かあったのかい?」
「なんでもありません。皆様、授業が始まります。席に着きましょう」
僕はほんの少しホッとしながら、クラスメートを促し自分の席についた。
そして先ほどクラスメートたちが話していた内容について考える。あれは悪役令息のヒロイン(♂)虐めが発覚した時のイベントだ。でも今の僕はそんなこと望んでいない。もうルーファスに悪役令息なんてやって欲しくない。
どうにかしてこの状況を打破しなければならないが、BLゲームのイベントの止め方なんて知らないから困ってしまう。ルーファスが悪役令息をやらないから、イベントが始まらないことは多々あったがそれを止めるとなるとどうすればいいのか途方に暮れた。
「ガードナー君、教科書六十三ページを読んで」
「……」
「ガードナー君、どうした?」
「え?」
いきなり名を呼ばれたような気がして、僕は急いで立ち上がる。
「はいっ?」
「……教科書六十三ページを読むんだよ」
隣の男爵令息がこっそり教えてくてたおかげで、僕は恥をかかなくてすんだ。目線で礼を言うと、僕は教科書を読み始める。
考えるより行動だ。僕は教科書を上の空で読みながらあることを決めていた。
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