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32話
しおりを挟む盛った土の前に小さな石を置き、手を土で汚したまま、その前で僕は手を合わせる。ちょうど庭の手入れをしていた人、……学園に雇われた庭師に会ったので王子の許可を貰っていることを告げ、花壇の端っこにお墓を作ることを許してもらった。
そのまま土に埋めるのが嫌で、ハンカチごと埋葬した。僕のハンカチは、あと二枚になってしまったけれど、後悔はない。
「花を切って良いか聞くの忘れててごめんね。今度持ってくるから」
死んでカラカラに乾くくらい時間が経っているが、それでもなにもしないよりマシだろう。死ぬ時は痛かったかな、悲しかったかなと考えていると、なんだか目の奥がチクチクしてきた。ぐっと歯を食いしばり、泣くのを我慢する。いつだってひとりで前を向いて進んでいくのが僕だった。生まれ変わってもそれは変わらないと思っていた。それなのに近頃の僕はおかしい。寂しくてたまらない気持ちになる。
「全部ルーファスの所為だ……」
僕は弱くなんてなかった。生まれ変わったこの世界で健康な体を持てたので、図太く生きてやろうと思っていた。前世で出来なかったことを全部やって、幸せになろうと思っていた。でも、今の僕は全然幸せじゃない。
全部、ルーファスの所為だ、ともう一度口に出し、僕は地べたに座り込む。授業が始まり、誰もいないここなら少しくらい泣いても許されるだろう。僕は大きく息を吸い込み、膨らんだ涙を我慢せず流した。
埋められただけで、花のひとつも飾って貰えないネズミと、僕は同じだ。誰にも看取られず、静かに消えた。
そんな前世の僕とネズミを重ねて泣くなんてバカみたいだ。でも涙は止まらず、ポタポタと頬を流れて地面を濡らしている。涙を拭くハンカチすらない僕は、本当に何も持ってない。自分の心持ちひとつで、これからも生きていかなきゃならないと思うと、目の前が真っ暗になりそうだった。
ふわり……、と風が揺れた。
涙で曇る目を上げると、花びらが風に舞っていた。
「……え?」
ピンク色や白、黄色、色々な花が舞っていた。僕の上にも降ってきたそれを手のひらで受け止めれば、頭上に影が出来る。
「ルーファス……」
「泣いているのか?」
ルーファスの手から、花が空に放り出された。ハラハラと散る花びらが日に透けてとても綺麗だ。
「……ルーファス」
それ以外の言葉がなくなったように、僕はルーファスの名前を呼ぶ。
「泣かないでくれ」
「どうして?」
眉間の皺が三割増で顔に刻まれても、ルーファスの美貌は揺るがない。ぼんやりとそんなことを考えてしまうほど、僕の思考は止まっていた。ぎゅっと握った手のひらの花びらがくりゃりと潰れる。
「泣いて欲しくない」
「どうして?」
「胸が……、痛くなる」
「……どうして?」
ルーファスは僕と友達にはなれないと言った。今だって何度も「どうして」なんて聞かれたら、ルーファスはきっと困ってしまう。それでも僕は知りたかった。
「サッシャが、……大切だから」
そこ言葉だけで、それだけで良いと思えた。家族なんていなくても、友達なんて出来なくても、恋なんて知らないまま、また死んだとしても。ルーファスが言ってくれたその言葉だけで僕は満たされた。
「そーなんだ」
「ああ」
「……ルーファス、ありがとう」
「なにがだ?」
「お花だよ」
初めて食べたケーキも、泣いて震えるしか出来なかったあの日の温かい紅茶も、今小さなお墓に手向けてくれた花も、それ以上にルーファスの存在に感謝している。
友達じゃなくったって、ルーファスはこんなに僕を大切にしてくれてる。それだけで僕は大満足だ。転生した意味があったと思う。
「もう泣いてないか?」
不安なのか再度聞いてくるルーファスに、僕は大きく頷く。ルーファスが花を降らせてくれたから、びっくりして涙はもう引っ込んだし、頬を流れた涙は乾いてしまった。
「泣いてないよ! ルーファスは僕の涙を止めるのがうまいね」
ルーファスは長い足を折り曲げ、僕と目線を合わせてくれる。それから腕を伸ばして僕の頬に流れた涙の跡を指の先で撫でる。その優しくて温かい仕草に、胸がぎゅっと締めつけられた。
「サッシャ、友達になれないと言ったのは……」
「あー、もう良いんだ、ルーファス。学園に通っている間だけ、ううん、王子と恋する間……、ううん、今だけで、いいんだ」
そばにいてくれたら。
僕とルーファスが友達になれない理由なんて、数え切れないほど思いつく。そんなもの教えて貰わなくても、もう大丈夫だ。僕はルーファスの友達じゃないかもしれないが、大切だと思われている。
それだけでいい。ルーファスを困らせるつもりなんて、今の僕にはなかった。
ルーファスはいつだって僕の為に行動してくれた。それは口で言う薄っぺらな友達なんていう言葉より、もっとずっと素晴らしいものだ。
黒く塗りつぶされていた胸の痛みが晴れていくような気がした。僕は立ち上がって、ズボンについた泥を払う。同じように立ち上がったルーファスを見上げて、僕は微笑んだ。
「ルーファス、来てくれて嬉しいけど、授業は大丈夫?」
からかうように言えば、ルーファスも表情をゆるめた。
「悪役令息はヒロインをいつも監視しているくらい見ているものだろう?」
「まあね。僕の教養のなさを見つけて攻撃する口実を探してるよね」
にやっと笑って、ルーファスの腰を肘で押す。ふたりは共犯者だ。王子と恋するために結ばれた、いつ切れても仕方ない細い糸で結ばれた、悪役令息とヒロイン(♂)という共犯者だ。
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