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20話

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 寮の朝食は、昨日までと全然違っていた。硬いパンと、ほとんど具のないスープ、そして固茹でされた卵が一個の朝食から、新鮮な野菜のサラダに、具沢山のスープ、柔らかなパンにメインは卵を使ったスクランブルエッグとオムレツのどちらかを選べた。オムレツの中にはベーコンと根野菜が入っている。なんでそれを知っているかというと、今、まさに今、僕はそれを食べているからだ。
 濃厚な卵と噛み応えのある根野菜とベーコンの味が混ざって得も言われぬ味わいがする。

「サッシャ……」

 食事の美味しさに自然に笑みが浮かんでいた。ルーファスはフォークを宙に浮かせたまま、待て状態でいる。

「何でしょうか、キンケイド侯爵令息様」
「このハムは嫌いか?」
「僕の皿を見て。ちゃんと入ってるよ」
「だが、一枚しかない」

 朝食は自分で量を調節出来るから、僕はハムを一枚しか取らなかった。だって、メインはとろけるオムレツだ。スープも具沢山だし、朝食を食べた後は学校へ行くのだ。お腹いっぱいすぎて、眠くなっては大変だ。
 そう思っていたのに、打ちひしがれた犬のようになっているルーファスを見ると仕方ないなと思う。

「もう、他は自分で食べてよねっ」

 小声でそう言うとフォークに刺さっているハムを身を乗り出して口にすると、一瞬周囲がシンと静まり返る。そして次の瞬間、椅子を立って大勢の寮生が食堂を出ていくのが見えた。
 残っているのは遠くの席にいる寮生のみで、近くに座っていた寮生は軒並みいなくなった。

「……こんなに美味しい朝ご飯、みんな食べないのかな」

 ジューシーなハムを咀嚼してから飲み込み、周囲からいなくなった寮生に疑問を浮かべる。

「もっと食べるか?」
「僕は自分の皿にあるものを食べます! それよりキンケイド侯爵令息様も早く食べないと、学園に遅刻いたしますよ」
「……」
「何?」

 じっと見つめているルーファスに、何か言いたいことがあるのかと問えば、そっと皿の中身を指された。

「ハムを食べたい」
「まだあそこの大皿に残っているのではないでしょうか。取ってきましょうか?」

 そう言って僕は皿にある最後の一枚であるハムをフォークで刺す。少しハーブの効いたハムはとても美味しい。こんな美味しいタンパク質なんて久しぶりだ。休日の朝食は少し無理をしてもお腹いっぱい食べてしまおうと決める。

「サッシャ……」
「もー、キンケイド侯爵令息様は仕方ありませんね。寮の食堂でだけ、ですからね!」

 食べようと思っていたハムを差し出せば、嬉しそうにフォークに口をつけた。初めて出会った頃は、綺麗な顔の表情が動かなくて、さすが悪役令息の顔面偏差値だ、そこらの貴族と違う、と思ったものだった。
 今はなんとなくルーファスの感情がわかってきたように思える。

「はい」

 ルーファスの少し薄い唇からフォークを引き抜けば、美味しそうに食べていた。僕はそんな様子を見ながらどこか温かい気持ちになりながら、食事を続ける。美味しい食事が昨日から食べられて本当に幸せだ。学園に通えるようになって勉強が出来るだけでも幸せだったのに、今は美味しいご飯も食べられる。頼んでいる昼食だってきっと美味しいだろう。

 パンをちぎり、サラダを食べ、スープを飲み、最後のオムレツを口に入れると、幸せいっぱいな気分で食べ終わる。空いた皿を片付けるために立ち上がれば、ルーファスも同じようについてくる。

「キンケイド侯爵令息様、従僕は連れてこられなかったのですか?」

 この寮には遠方の領地があり、けれど王都に屋敷を構えていない、または通うのがめんどくさいという貴族令息もいる。その為、令息の世話をする従僕がついてくるのを許されているのだ。淑女たる女子寮の方は知らない。

「……必要ないと置いてきた」
「そうなのですか?」
「ああ」

 僕は声を潜めてルーファスに問い掛ける。

「お貴族様って一人じゃ服を着られないって本当?」
「俺は着られる」
「そうですか。普段のルーファス様の着こなしと、本日の着こなしは少し変わっている様ですね。……ネクタイが、今日はちょっと歪んでおります」

 返却口にトレーを返すと、ルーファスも同じように置く。僕はルーファスに向き直って、その場でネクタイを綺麗に結び直してやった。食堂へ行く前に部屋へ迎えにきてくれた時から、気になっていたのだ。
 制服のネクタイの歪みを直した僕は、出入り口で重ねて置いてある弁当を配っている料理人の前に並ぶ。

「昨日の夕食も美味しかったけど、朝食も美味しかったです。ありがとうございます」

 きっとこのお昼のお弁当も美味しいに決まってる。僕は嬉しくて料理人に礼を言って、お昼が入っているお弁当を貰う。前世はあまり食べることに興味がなかった。明日を生きることにも興味がなかったように思う。
 でも今は、美味しいものを食べると嬉しくて、わからないことが理解出来ると楽しくなる。生きているのが楽しくて仕方ない。健康な体ひとつで僕は幸せだ。

「そう言っていただいて光栄です。ルーファス様、今朝のお食事はご満足いただけましたでしょうか」

 料理人がわざわざ聞いてきたのに、ルーファスは弁当を受け取ってコクっと頷くだけだ。それだけでもその料理人はすごく嬉しそうにしていた。

 僕たちは並んで食堂を出てから、三階にある部屋へ戻る。学園に行くための荷物を取りに行くのだ。人気のない廊下を二人並んで歩く。


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