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九章

建国式典

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 高い天井を支える白亜の柱が、きらりと光った。目をこらすリリアルーラの隣で、ルーユアンが呑気に呟く。
「やあ、やっぱりリリアルーラが一番きれいだね」
「お兄様……」
 声を潜めてたしなめた妹を、兄王太子は目を丸くして見つめた。
「だって本当のことだろう? 今日のリリーは本当にきれいだ」
「もう……」
「ところで何を驚いてるんだろう? 人が多すぎるから?」
「あ、違います。柱が……光ってる気がして」
「ああ、あれはね、宝石の産地から切り出した石を使っているからだよ」
 こともなさげにルーユアンは言ったが、リリアルーラは驚きに声を失う。白亜の石に宝石のかけらが含まれるほどの産地とは、どれほどの富をもたらすのだろう。シャファーフォンの富裕さはこの地に来てから幾度も感じたが、資源のない国に育ったリリアルーラには想像もつかない富を有しているらしい。
「……血の歴史の産物だよ」
 またしてもさらりとルーユアンは言った。リリアルーラの目が泳ぐ。この国が建国される以前の歴史を意識してこなかったことに気づいたのだ。砂漠が統一された、その軌跡を。
「ああ、僕らの席はあそこだよ。上席だね」
 ルーユアンは優美に笑った。
 
 リリアルーラの息が浅い。
 バイフーラ王国に用意されたのは、玉座からほど近い位置だった。国力を考えればありえない。最も玉座に近い場所を用意されたのはイーガンシア帝国の使者だ。隣国と言うこともあり強い協力関係にあると、かの国を訪れた際に皇帝ロイからも聞かされている。
 玉座から伸びる赤い絨毯を挟んだ一方に国外からの来賓が並び、反対側にシャファーフォン王国の部族長が並んでいる。……そうして部族長たちの半数近くがリリアルーラに厳しい目を向けていた。
(まるで針のむしろね)
 あまりに冷たい視線を、リリアルーラは他人事のように思う。無論、彼女を素直に賛美するような表情の部族長もいる。だが、それらを圧倒するほど――ある種憎悪に近い感情が彼女に向けられていた。歓待されているとはとても言えない。
 ルーユアンが話したように今日のリリアルーラはこの場にいるどんな貴婦人よりも美しい。過剰に飾り立てていなくとも、恋の幸福を知った乙女はただそこにいるだけで輝きを放つのだ。そして悪意を肌身に感じることで愁いを帯び、リリアルーラの美しさはいや増している。実際四方から視線が注がれているのだが、彼女には気づく余裕がない。
(イルマの勧めを断って良かったわ)
 リリアルーラはイルマが差し出したヘッドドレスとピアスを頑なに拒否して良かったと心から思う。あれは砂漠の宝なのだから、今ここで身につけていたら視線だけですまなかったかもしれない。
 ああ、だが、夜会では身につける約束をサジャミールと交わしている――。リリアルーラは、自らを奮い立たせるように背を伸ばした。他者には緊張を悟らせない、王女としての笑みを顔に張りつけて。
 どれほどの感情をぶつけられようが、怯むわけにはいかない。リリアルーラはサジャミールの妻となるのだから。
 がぁん、と耳を震わせる銅鑼の音が響いた。
 ここが本当の謁見の間だと知った時はあまりの広大さに驚いたが、その端、光差す入り口からサジャミールが姿を現した。
 恋情からだけではない感嘆のため息をリリアルーラはもらす。砂漠の金獅子は、今まで見たどの時よりも豪奢な装束に身を包んでいて、それを身に纏う本人こそが光を放つように美しく優雅で、また王としての威厳を漂わせている。向かいに立つ部族長たちの誰よりも若いと思われるが、彼らを統べて当然の風格だ。
 愛する人の素晴らしさを目の当たりにし、リリアルーラの目の奥が熱くなる。彼こそが自身の運命で、溺れるような愛を注いでくれる恋人と思えば、歓喜に目眩さえ覚える。
 目の前をサジャミールが通り過ぎる。一瞬、彼の視線がリリアルーラに絡んだ。彼女だけにわかる熱を帯びた視線に思わず目を閉じる。そうして目を開け、リリアルーラは我に返った。
 恐ろしいほどの非難を彼女に浴びせていた族長たちが、尊敬の眼差しでサジャミールを見つめている。王を讃え、その存在を尊び、服従さえも歓びだと――。
 玉座の前に立ったサジャミールが、朗々たる声を響かせた。
「今日ここに、シャファーフォン王国が成って三年が過ぎたことを宣言する。これは我ではなく、我を支える皆の功績である。我が民に溢れんばかりの祝福と感謝を」
 バイフーラ湖のようだとルーユアンが称した碧の瞳に涙の膜が張る。それはひとすじの流れとなってリリアルーラの頬を濡らした。
 サジャミール、砂漠の金獅子。シャファーフォン王国の完璧な王。
(砂漠が揺らぐ)
 ルーユアンの声が蘇る。禍の姫君が彼の民から歓待されていないことを、リリアルーラは先ほど肌で知った。針のむしろのような視線は彼の民の正直な心を表わしているのだ。
(血の歴史の産物だよ)
 この国が成るまで、夥しい血が流されただろう。父から息子に託された悲願なのだから、それこそ何十年に渡って戦乱が続いたはずだ。そして今なおシャファーフォン王国の政情は安定しないと聞く。数多の小競り合いが続いていてもおかしくはない。
 リリアルーラを競りにかけた部族の者が捕らえられたと聞いた。昨夜彼女に刺客を送った族長も捕縛された。
(禍の姫君は本当に禍をもたらす)
 サジャミールの演説が続いている。愛する人の声はひれ伏して当然の荘厳さを帯びていて、だからこそ今目の前の族長たちも尊敬と歓喜をあらわに彼を見つめているのだろう。リリアルーラは静かに涙する。
(砂漠が揺らぐ)
 ルーユアンの声が、こだまのように彼女の脳裏に響いている。
 
「さて、次は夜会だ。リリーがどれほど美しくなるのか、すごく楽しみだよ」 
 式典が終わり、部屋へと戻った途端ルーユアンが空色の瞳を輝かせた。眦を赤くしたリリアルーラもにこやかな笑みを返す。そして、小さな声で告げた。
「お兄様、お願いがあります」
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