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 ほとんど夕食に手を付けることなく、食事の時間は終わった。


 しばらくは部屋で休んでいるように言われてベッドの上で過ごしていると、ふいに廊下が騒がしくなる。


「……ナっ!」


 また幻聴が聞こえた。


 先日も気を失う前にカールの声を聞いた気がした。


 もうカールのところに戻れない、あきらめなければーと思っているのに、声を聞きたいと顔を見たいと思ってしまう。


「エリーナっ!!」


「-うそ……」


 今度ははっきりと聞こえた。


 カールの声だ。


「カール様っ!!」


 エリーナはベッドから起き上がり、扉に駆け寄った。


「エリーナ! そこにいるのかい!?」


 ずっと聞きたかった声が、扉を隔てたすぐ先で聞こえる。


 ドアノブに手をかけ、扉を開こうとしてエリーナははっとした。


(……会えるわけ、ないじゃないー)


 どんな顔をしてカールに会えばいいのか、分からない。


「ごめん、なさい。カール様……」


「-エリーナ? どうした?」


 カールが心配そうに声を潜める。エリーナは何も言うことができずにただ謝った。


「ごめん、なさい……」


「話しは後でしっかり聞く。いいかい? とりあえずここを一緒に出よう」


 精神的に不安定なエリーナを落ち着かせようと、優しい声音で宥めてくれる。


 エリーナが何をされたのか知っても、同じ態度でいてくれるだろうかー。


「人の屋敷に無断で侵入して何やってるの?」


 冷え切った声が重い沈黙を遮った。この屋敷の主、ヴァレリー公爵だ。


「ヴァレリー公爵……」


「警備を気絶させただけじゃなく、メリサにまで手をかけるとは思いませんでしたよ」


「エリーナを奪い返すためなら私は手段を選ばない」


 表情は見えなくても憤怒していることは低い声音で分かる。


 今まで聞いたことのない声に、エリーナは不安になった。


 エリーナを助けるためだけに、カールが誰かを傷つけることなどあっていいわけがない。


「カール様っ!!」


 エリーナはいたたまれなくなって扉を勢いよく開いた。


 今にもヴァレリー公爵に殴りかかろうとしているカールの腕を、精一杯の力で掴む。


「いけませんっ! こんなことしてはっ……」


「っエリーナっ!!」


 エリーナは瞠目した。


 エリーナが掴んだ腕はあっさりと離され、逆にカールの体に抱きしめられる。


「っつー……」


 息が苦しくなるくらい強く抱きしめられ、心臓が早鐘を打つ。


 カールの大きな体はエリーナをすっぽりと包んだ。


 ヴァレリー公爵から隠すように。


「カ、カール様……?」


 小刻みに震え絞り出すような、切ない声が耳元でする。


「よかった、無事でー」


 エリーナのことを本当に心配してくれたのだと痛感し、同時に苦しくなった。


「カール、様ーはなして、ください」


「だめだ。離さない。離したらー君はどこかに行ってしまうだろう?」


 また強く抱きしめられる。


 カールはエリーナの辛い心情を悟っているのかもしれないと思った。


「-あのさ。俺の存在忘れて二人の世界作らないでくれる?」


 カールとエリーナは同時にびくっと身を竦ませた。


 ヴァレリー公爵は壁際にもたれながら腕を組み、呆れ顔で二人を見つめていた。


 


 


  


 

 


 








 


 


 


 

 
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