お鍋の方【11月末まで公開】

国香

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人質

一・落城(上)

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 朝倉義景が愛息を失った時、足利義昭はすでに義景との決別を決めていた。

 義昭は、何があろうと朝倉家から受けた恩に背くことはないと、一筆書き置きして、越前を出立した。七月十六日のことである。

 義昭は浅井長政によって道中の警固をされ、途中浅井氏の小谷城で三日間もてなされた。そこから先は長政、さらに信長の兵に守られ、二十五日、ついに岐阜の立政寺に到着したのである。

 信長は目も眩むような様々な贈り物をし、歓待した。二十七日には対面を果たしている。

(ついに錦の御旗が我が手に入った!)

 贈り物に感激する義昭に平伏しながら、信長はようやく獲得できた獲物に、舌なめずりした。

「さっそくにも三好勢を討ち果たし、帝をお救い申し上げ、義昭公を将軍職へお就け参らせましょう」

 兄・義輝が非業の死を遂げてから、常に辛い流浪の身であった義昭には、どんなに頼もしく、心強い言葉であったろう。己は将軍にと望むのに、皆迷惑がり、中には六角のように三好勢と手を組んで奇襲しようとした者さえいた。

 義栄が将軍になってからは、なお皆動かなくなり。義昭のために挙兵してくれる者など一人もいなかったのである。

「嬉しや、まことに嬉しや……」

 義昭は心から感動して、涙を流した。

「我は一度も将軍職を望んだことはありません……兄上がおられた故、寺に入れられ……左様な野望など……それでも、三好の奴輩に兄上を殺されて、藤孝や惟政が助けてくれました。命からがら逃げた。そんな二人が我を将軍にと望んでくれた。もとより我にはそんな望みはありません。でも、二人の望みには応えたい。されど、我はどこに行っても厄介者。義栄が似非将軍になってからはなお誰も……我はこの数年、ずっと皆から無視され続けてきました。織田殿、このような温かな扱いは初めてです……」

 烏帽子の中に収められる髻は、きっと常より短いに違いない。その髻を隠す烏帽子が小刻みに震えていた。

「お気の毒な。すぐに、ご期待にお応え申しましょう」

「義栄がおるのですぞ?」

「先に入京してしまえば、こちらのものです」

 それに、帝の綸旨がある。信長は恭しく述べた。

「では、さっそく六角殿に使者を遣わしましょう」

「六角……」

 ぴくりと義昭の眉が吊り上った。

 上洛までの道程、信長に同心していないのは六角のみだ。六角を仲間につけるなり、蹴散らすなりして近江を抜け、そして、三好勢と戦って入洛となるのである。

「六角と、手を組むのですか……」

「お気に召しませぬか?」

「いや……一度は匿ってはくれました……だが、六角は昔の争いを忘れて、我が血統よりも今は義栄を支持しているのでしょう。同心するとは思えません」

 六角と同盟するというのは、正直なところ不服であるようだった。

 義昭を一度は保護しながらも、三好勢を恐れて和睦し、義昭を奇襲しようとしたのであるから。辛くも逃れた義昭は、あの時の恐怖を忘れていない。六角など、討ち果たしてしまいたいに違いない。

「御意」

 信長はそれでも、すぐに六角家と交渉に入った。

 だが、この交渉は案の定うまく行かない。義昭が上洛し、将軍になった暁には、六角殿を管領にすると言っても、六角承禎は信長を見下して、同意しなかった。

「なれば討つまでよ」

 凡そ一ヶ月、信長はついに六角討伐のため岐阜を出て、南近江へと進軍した。

 信長の留守中も岐阜城は特に変わりはない。濃姫によって、しっかり守られている。

 濃姫の前には冬姫が、座って唐菓子を食べながら、何やらしきりに考え込んでいる様子。きっと味わいながら、菓子の材料が何なのかとか、作り方の手順などを、味から想像して考察しているに違いない。

 小首を傾げつつ右上を見るようにするその真剣な表情が、濃姫には可笑しい。

「これは榧の油……?」

 水で解いた小麦粉を榧油で揚げた菓子だと冬姫は思って、また真剣な顔をする。

「ほほほ、あまり美味しくない?」

「いえ。でも、椿の方が……」

 少々苦味のような渋味のような、独特のえぐみがあるのだ。

「菓子には合わないかしらね?」

「昨日の鮎とこの菓子を一緒に揚げたら、美味しいかもしれません……?」

「まあ、おほほ。冬は面白いことを言う。聞くところによると、最近九州から堺にやって来る南蛮人とやらは、粉を水で解いたものに莢豆をつけて、油で揚げて食べるのだとか」

 濃姫はころころと笑った。

 濃姫にはこの姫を見ているのが楽しい。一日見飽きない。

(五徳が嫁いで奇妙が婚約、三七が養子に決まって……次は茶筅かこの冬か……)

 濃姫はそう思う。

 信長は六角攻めに向かったが、神戸の時と同じように、途中で六角が降伏すれば、それを受けて和議に踏み切るのではないかと濃姫には思われた。

(六角殿ご家中からは人質をとるとしても、六角殿とは縁組することになろう)

 濃姫は我知らずため息をついていた。

(六角殿に娘の話は聞かない……)

 とすれば、六角家から織田家へ嫁を迎えるというのではなく、織田家から六角家へ嫁に出すということになるだろうか。

 六角承禎の次男辺りとの縁組か。長男には既に妻がいて、それは濃姫の姪にあたる。織田家が縁組するなら、妻のいる長男というわけにはいかないから、次男の方だろう。

(──であれば、冬を?)

 確か冬姫よりかなり年長にはなろうが、この際年齢差などあまり関係ない。

(あるいは養女を――)

 その可能性もありはするが。だが、濃姫には、信長が六角家に誰か嫁がせるならば、それは冬姫ではないかと思われた。

 濃姫は不意に立ち上がる。冬姫が怪訝そうに見上げている。

 濃姫は棚の中の蒔絵と螺鈿の箱を取り出した。蓋を開ければ、紫草の布が顔を覗かせる。

 一度振り返って冬姫を見やる。

 冬姫はなお不思議そうに濃姫を見つめている。

 濃姫はそのまま蓋をして、箱をしまった。

(冬が嫁ぐ時には、これを持たせるつもりでいたけれど――蒲生野の紫草の産衣。これは南近江に。冬と共に産地に――)

 信長は冬姫をこそ南近江に嫁がせるような気がしてならなかった。

 だが、濃姫のその予感は正しいと言えなくもなかったが、外れた。

 六角承禎が織田に降伏することはなかったからである。

 六角家は居城の観音寺城の他、箕作城、和田山城の防備を固めた。十一日には信長が愛知川に野陣を張り、十二日にはもう攻撃を開始している。

 蒲生賢秀らは、まず観音寺城の攻め手である敵を、箕作城兵と協力して切り崩すべきだとしたが、六角承禎はその策を却下。

 すると、観音寺城に蒲生軍と共に詰めていた賢秀は、何故か自軍を引き連れ日野に退去してしまった。さらに、後藤、長田、進藤、永原、池田、平井、九里、勢多やその他の諸氏が、ことごとく信長に寝返った。

 皆が主を見限った。こんな状況である。

 信長は箕作城を半日で落としてしまったのであった。

 こうなっては、仮に降伏したとしても、和睦はあるまい。恐らく、六角一族に与えられるのは死のみである。

 その夜半、六角承禎入道義賢や四郎義治(義弼)ら一族は、甲賀へと落ちて行った。観音寺城は戦わずして落城。

 家臣たちが任されていた十二ほどの城も、次々に無血開城した。

 信長は観音寺城に入り、続々と降伏しにやって来る六角家の家臣たちと会った。

 だが、真っ先に戦線離脱して日野に帰った蒲生賢秀は、信長と一戦交えて滅ぶべしと、籠城したという。

「ふん、死にたいというなら死なせてやる。誰ぞ、日野へ攻めて行ってやれ」

 信長がそう言うと、伊勢の神戸具盛が志願した。

「先ずそれがしをお遣わし下されませ。それがしの妻は蒲生賢秀が妹。お屋形様へ必ず恭順させまする故」

 その上で降伏しなかった場合は、改めて兵を差し向けるとのことで、信長は具盛の申し出を許可した。

「さても骨のある奴。六角の中には珍しい」

 面倒な奴ではなく、骨のある奴と評したので、織田家の諸将は驚いた。

 六角家中で信長に抵抗を明らかにした者が、蒲生の他にいなかったからである。

 そして――。

 その頃の小倉家では。

「諸将は続々と織田の陣中に参り、信長へ恭順の意を表しているそうでございますぞ」

 どこよりも真っ先に小倉家が信長のもとに駆けつけると思われたが、そうではなかった。

 小倉右近大夫や越前守ら、すでに浅井方になっていた家は、織田軍の一部として六角討伐に加わっている。右近大夫のもとに身を寄せていた良親も、その客将として同じ陣中にいた。

 今、残りの小倉諸家が八尾城に集まって、談合していたのである。

「蒲生殿は日野に籠城するそうです。唯一の抵抗を試みるご様子」

「馬鹿な。織田には勝てないのに。要らざる無駄な抵抗」

 蒲生家の覚悟を馬鹿にする者があるのは当然だ。

「蒲生は滅ぶ。これは好機よ。織田に降伏して、蒲生のこれまでの悪行を訴え、蒲生によって奪われし所領を織田に取り返してもらうのよ。速やかに織田の陣中へ参らん!」

「織田の陣中へ参るからには、恭順の意を表さねばならぬ。人質が要る。誰を人質とするのか?」

 小倉諸家のそれぞれの当主にとっては重要な問題だ。自分の妻子は避けたい。それは全員が同じ。

 ところが、織田への降伏で纏まりかけるこの場の雰囲気を壊そうとする者もある。真っ先に信長のもとに駆けつけると思われた小倉家が、なお行かずに談合中である理由がそれなのである。

「いいや、人質を出さねばならぬなら、織田に降伏する必要はない!」

 そう言って反対するのは、一人二人ではなかった。

 八尾城主の甚五郎もこの場にいる。しかし、幼児に何がわかるだろう。後見としてお鍋も同席していたが、お鍋も今の発言者に同意して頷いた。

「織田はお鍋様を拐って幽閉したような輩ぞ。こちらから進んで人質を差し出すというのか?」

「だが、織田に降伏せぬのは蒲生のみぞ。降伏しなければ、滅ぶだけだ。くだらん恨みで死んでいては、それこそ馬鹿よ」

 お鍋は女ということもあり、黙っていたが、ついに我慢ならなくなって発言した。

「小倉はすでに一枚岩ではありません。右近大夫殿は織田方の武将として、織田の陣にあります。本家は蒲生の下にある故、蒲生の籠城に引きずり込まれ、織田との決戦に及ぶことでしょう。すでに小倉は二つに分かれています。今ここに集う残りの我々も意見が二つ。ならば、いっそ我々も分かれてしまえばよい」

 その意見に、堂内ざわついた。

「お、お鍋様、なにを言わしゃる?」

「私は織田に幽閉されていた身です。いくら小倉の存亡に関わるからとて、死んでも織田には従いたくありません。ええ、私はすでに家を出ているとはいえ、小倉の本家の娘。本家が蒲生と共に織田と戦うというなら、私も実家に帰って、実家と命運を共に致しましょう。織田に降伏したい方々だけ、すぐに観音寺城へ向かわれませ。反対の方々は、これから私と共に本家へ参りましょう」

「さなり、そうするべきや!」

 そう叫ぶ者あれば、馬鹿なと喚く者あり。また鼎が沸くような騒ぎとなった。

 だが、結局決裂し、お鍋の提案通りになってしまったのである。

 お鍋は一部の小倉庶氏を引き連れ、本家へと向かったのであった。

 本家の本拠は佐久良城であるが、戦の時は長寸城に移る。しかし、今回は小倉家の一族郎党も皆、日野に集まっているとのことであった。

 お鍋率いる小倉庶氏も、手勢と共に日野へ向かった。そして、中野城に籠ることを願って許されたのであった。

 日野中野城では、籠城の準備が整えられ、内部では武器の整備など、細かい支度がなお進められているところである。

 お鍋たちは、小倉の本家と共に二の丸の守りに割り当てられた。

 とはいえ、お鍋は女だし、松寿は赤子。甚五郎でさえ元服前であり、参戦することはできない。二の丸の内に一室を与えられ、そこにじっとしているしかなかった。

 お鍋が率いてきた小倉庶家の手勢は、それぞれの家長や家臣に任せている。

 二の丸の大将は亡き実隆の遺児が務めるべきだが、これも未だ元服前の幼児であるので、寺倉が代行していた。

 寺倉は桜谷の領主として鳥居平城を任されており、かつ蒲生家の一族である。当主の賢秀とは、数代前に枝分かれしたに過ぎないから、数多くある蒲生家の分家の中でも、最も蒲生本家に近い家の一つであった。

 蒲生家としても、二の丸はこの寺倉に任せておけば安心なのであろう。

 お鍋も、率いてきた手勢を寺倉に託す形になる。個人的に色々ありはしたが、嫁に行く前は、お鍋のために護衛してくれたこともある寺倉だ。今は信じて任せたい。

 とはいえ、何もせずにじっとしていられる性分ではない。お鍋は於巳に子供たちを託すと、何か手伝おうと、二の丸の中をあちこち歩き始めた。

 すぐに、兵どもが行き交う中をちょこまか走り抜ける幼児を見つけた。幼児も目敏い。お鍋を見るや、駆け寄ってきた。

「叔母上!」

「孫作、また大きくなりましたね」

 お鍋は幼児の頭を撫でていた。

 孫作。亡き実隆の次男である。従兄弟である鶴千代にやたらなついていて、実の弟のように、いつもその後を追いかけていた。

 さすがに今日は鶴千代とは遊べない。退屈しているのだろう。察して、お鍋はお願いした。

「ねえ、孫作。うちの甚五郎と遊んでやってくれないかしら?」

 孫作は実隆の死後も、母や兄と共に佐久良城で暮らしていた。お鍋も人質として佐久良城にいたから、当然孫作とは親しい。

 孫作は嬉しそうに、

「はい!」

と、元気よく快諾して、彼方の部屋へと駆けて行った。

 それを目を細めて見送ると、二の丸の中を一巡する。そして、厨に行って手伝おうとした時である。

 賢秀を見かけた。

 傍らには寺倉がいる。きっと賢秀は二の丸の様子を見に来たのだろう。

 お鍋たちが小倉本家の軍に加わることを、蒲生家は承諾してくれていたが、直接賢秀なり定秀なりに会ったわけではない。

 挨拶しておこうと、お鍋は二人のもとへ向かった。

 近づくお鍋に、賢秀はすぐに気付いて、じっと凝視する。

 目の前に至ると、お鍋は丁寧に頭を下げた。

「この度はお世話になります。ご陣にお加え下さり、感謝致します」

「いや、こちらこそ」

 これまで、お鍋に様々な不都合を与えてきた蒲生家である。お鍋の方から陣に加わりたいと言ってきたことに驚き、同時に恐縮しているらしかった。

 賢秀も手本のような礼をして、堅苦しいばかりの挨拶をする。そして、探るような瞳を向けた。

「六角家の家臣どもは皆、続々と織田の陣中にまかり、降伏していると聞く。織田に逆らうは当家のみ。万に一つも勝ち目はござらぬ。それなのに。まことに宜しゅうござるのか?」

 この籠城は死ぬためのもの。勝つことは絶対あり得ないし、生きることは全く考えていない。

 その蒲生の滅亡のための戦に、お鍋が加わっても本当によいのかと、賢秀は訊く。

「小倉家は織田信長とは個人的な付き合いがござろうに」

「これで良いのです。私も小倉本家の娘。足手まといでございましょうが、どうかこれまでのことは水に流して下さいませ。そして、私にも潔く死ぬことをお許し下さい」

「水に流してくれとは、こちらが申さねばならぬこと――」

 賢秀は真面目に頭を下げる。

 小倉家の中には、信長に降伏した者も少なくない。それなのに、お鍋が死ぬ道を選んだことが、賢秀には信じられない。お鍋ならば、信長のもとに行けば、確実に助けられるであろうに。

(本当にこれでよいのか?)

 信長に騙されて幽閉されたとは聞く。それを命からがら逃げてきたとも。だから、信長を恨んでいるのだろう。信長に降伏するくらいなら、憎っくき蒲生に同調してでも、死ぬということなのか。

 賢秀がお鍋の心理を分析していると、同じように賢秀の言動を訝る心があったのか、お鍋が訊いた。

「蒲生殿はご家中の中で、最も早くにお屋形様を見限られたのに、織田に従われないのはどうしてですか?」

 すると、珍しく賢秀が笑った。

「ははははは。それがしこそ真っ先に織田に寝返るかと思われたか?――屋形はそれがしの献策を受け入れてはくれませなんだ。それがしの策を実行すれば、織田に勝てたかもしれないのに。こうなっては勝ち目はない。勝ち目がなければ、家臣どもは屋形を見限り、敵につく。そうなれば、屋形が逃げるのは目に見えていた。あのままそれがしが巨大な観音寺城に少数で残って戦っても、犬死にするだけ。だが、この中野城なれば、何れ落城することは目に見えてはいるが、敵を十分翻弄した末に、死ぬことができる。せめて織田に一泡吹かせて、最後の一戦としたかったのでござるよ。もとより降伏する気なぞござらん。あのような屋形とても、当家は長年お世話になり申した。そのご恩に報い、忠義を貫くが武士にござれば。織田に降伏して生き残るつもりは毛頭ござらぬ!」

 きっぱり言いきる賢秀の清々しいことよと、お鍋は思った。

(やはり、亡き兄上の実兄だわ!私もご一緒しましょう)

 お鍋はもう一度、宜しくお願い致しますと、深々と頭を下げた。
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