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宿命か運命か(下)

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 半島の南端には、もともとそこにいた土民に加え、秦に叛いた人々が移り住んでいるという。海を渡れば、倭人がいる。

 子解は左将軍と今後のことを話し合いながら、敵にあたった。

 蓋軍はなかなかに執拗だ。これを片付けてからでなければ、都には引き返せないが、蓋軍の勢いは増すばかりで、諦めて国に帰る気配など微塵もない。

 先の一戦で負けたのは、どうやらわざとだったようだ。そういう作戦だったのであって、今の力が本来の実力らしい。

「蓋軍が国に帰らない以上は、我々も都には帰れない。蓋軍と和睦するか、蓋軍が帰国せざるを得なくなるような原因を作るしかあるまい。漢が攻めてくるとか、何かないか?」

 すでに十日以上足止めされていた。さすがに焦りが生じてくる。このまままともに戦っていても、埒があかない。

 蓋軍と満将軍との連携を断ち、蓋軍と和睦できれば一番だが。せめて、休戦でも良いから、今、蓋軍には攻撃を止めて、これ以上の侵攻を止めてもらいたい。

 蓋国内に異変が起これば、帰国せねばならなくなり、すかさずこちらが好条件を出せば、和睦もできようが。

 燕出身で、筆大夫という人がいる。

「誰か蓋馬に潜り込ませては如何でしょう?燕人どもが、蓋馬の首長に謀叛を起こそうとしているという噂を流して、蓋人と蓋馬内の燕人との間に亀裂を生じさせるのです」

 筆大夫はそのように提案した。彼は満将軍の縁者だが、折り合いが悪く、子解の傍らにいた。

「蓋馬内が浮き足立って、戦どころではなくなりましょう。もはや満将軍に協力など致しますまい。自分たちの足元こそが大事ですから、蓋軍は引き返して行きますよ。その時、こちらが追撃でもすれば、蓋軍の方から折れてきて、好条件で和議が結べるかもしれません」

「まったくもって、歴戦の燕人は違う。知恵が働くなあ」

 子解だけではない、左将軍や周囲の諸将が半分呆れて感心する。しかし、やれることは、多少汚い手であってもやるしかない。それくらい、余裕がないのだ。

 さっそく蓋馬に嘘の噂を流すべく、間者を数十人送り込んだ。

 そうしている間にも、さらに数日が経過している。ついに、満将軍が都の王倹城に攻撃し始めたという知らせがきた。司母が城から討って出て、都の手前で野戦に及んだはずだが──。

 野戦では敵に勝ち、追い払うことができなかったのだろう。だから、ついに敵に城を攻撃されるに至ったのだ。

 兵たちは皆、都に籠城して、敵と戦っている。これが正念場、最後の戦いだ。

 敵に城門を破られ、城壁を越えられたら、都が戦場となる。そして、恐らく、都に乱入されたら、もう終わりである。

 城は攻め難く、守り易いものだが、破られれば、敗北必至である。味方は何があっても、城を守りきらなければならないのだ。

「早く、早く蓋軍との戦闘を切り上げて、都へ戻らなければ!破られる前に我らが帰れば、敵も諦めて撤退する。早く早く!蓋馬の調略はまだか?」

 子解と蓋軍の攻防は一進一退、じりじりと焦りばかりがつのる。持ってきた兵糧も、そろそろ気になる頃だ。

「敵の補給路を断ち、逆に我らがその兵糧を奪ってしまいましょう。都の方は大丈夫、城の兵糧は充分に蓄えてあり、この冬も春も越せます。城はあと半年は落ちません。間もなく冬の厳しさ。補給路を断たれて兵糧も底をつけば、風雪にも堪えられず、敵は引き返すでしょう」

 筆大夫の言葉である。

「もっともだ」

 遠征なので、満将軍も兵糧が尽きかけている。補給するに違いない。その補給路に兵を差し向け、補給隊が通れないようにすれば、満将軍は兵糧不足に陥る。さらに、補給隊を襲って兵糧を奪い、こちらが使うこともできる。

「左将軍は私のそばにいてもらわねばならない。筆大夫に任せよう」

 子解は兵を割いて筆大夫に預けた。

 満将軍は海を使って、兵糧を船で運ばせている。陸から海上の船を攻めることは不可能なので、荷物の水揚げをする港を攻撃するという。その港は、姫嬰が流された不浄の川の河口付近にあった。

 都からそう遠くはない。その港を破壊して、兵糧を奪っても、都を囲んでいる満将軍に気づかれて追い討ちされる可能性がある。

「筆大夫よ、どうか無事で」

 そう祈った時である。思いがけない情報が入った。

「周囲の国々に援軍を要請しましたが、何れも断られ、それにより絶望した者どもが、もはや降伏する以外に生き延びることはできないと、満将軍の呼び掛けに応じて投降しているとか。裏切りが続出しているとのことでございます。都周辺の領主たちは、続々満将軍の軍門に下っているとのことです」

 一方、吉報もあった。筆大夫の作戦は成功したという。ついでに、満将軍の船まで手に入れることができたという。大船に早船、小舟、数種類の船を数十隻。

 また、蓋馬に潜り込ませた間者たちの作戦も上手く行っており、徐々に蓋馬の支配層の間に、燕人たちへの疑いが生じはじめているという。

 だが。都周辺は満将軍に降伏する者があとをたたず、城の中にも内応者が出はじめている。城の町中で、そうした者との小競り合いが頻発するようになったとか。

「ならば、内応者によって宮殿が襲撃されたり、城門を内から開けられたりするのは時間の問題ではないか!こうしてはいられない!」

 蓋軍と刃を交えることすでに数十度。もはや我慢の限界である。

「少しだけ兵を残して、夜陰に紛れて都へ引き返そう。我らが全軍ここに留まっているように見せるのだ。一晩で都に戻り、敵を討ったら、翌日にはこっそりここに戻っていればいい。ずっとここにいたような顔をして──」

 子解の作戦。とても成功するとは思えなかったが、

「筆大夫の奪った船がある」

 船を移動手段に使うというのだが、左将軍はじめ、皆の顔は浮かなかった。

「このまま手をこまねいていても、座して死を待つばかり。失敗しても、何もしないよりはましではないか。潮の流れを利用すれば、すぐに都に着ける。敵を討ったら、効果が少なくとも、すぐこちらに引き返す。その間に蓋軍にこちらが手薄なのを見破られ、攻撃されて、さらに兵を進められても、引き返してきて迎え討てばよいのだ、蓋軍を都に近寄らせはしない」

 子解に引きずられ、皆、ついに同意した。陣に細工して、大軍がいつもと変わらず過ごしているように見せると、夜陰に紛れてひそかに撤兵した。

 陸路を忍んで進み、やがて海に出て、船に乗る。潮流に乗って一気に南下し、目的の港に着いた時であった。闇夜に空が赤く光っていた。

「あれは何だ?都の方が赤い」

 上陸しようと、錨を下ろさせかけた時、向こうから筆大夫が馬で走ってきた。筆大夫はずっとこの港に陣を張っていた。

「子解、上陸はなりません!このままどこぞへお出まし下さい!」

 筆大夫は陸の上から怒鳴っていた。

「ついに城門が破られました。都は火の海です。行ってはなりません。このまま落ち延びて下さい!陛下も司母もすでに落ちられたそうでございます!」
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