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宿命か運命か(中)
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子解の出陣は予定通り、滞りなく行われた。子解は嬰のことを引き摺って、太子としての務めを疎かにするような人ではなかった。
しかし、出陣してすぐ、異変が伝えられる。西へ向かっていた子解は、急遽都からほど遠からぬ場所に野営して、軍議を開いた。そして、撤退してきた司母辛と合流したのである。
「蓋馬の者たちが満将軍に味方して挙兵したとは、誠ですか?」
軍議の席。司母と並んで子解は総大将の席に座っていた。居並ぶ諸将の顔は何れも深刻そうだ。
「蓋人が挙兵したとなると、我等は北と西から挟み撃ちに遭います。兵を二手に分ける必要がありますな」
「そんな余裕があるでしょうか?西の軍は我等援軍の到着を待っているのです。まず西へ合流して、一丸となって満将軍に当たり、その後、すばやく反転して蓋人に当たるべきでは」
「西と戦っている間に、蓋人が攻めてくるでしょう。背後を脅かされます」
どうしたものかと、諸将は様々な意見を出し合っていた。
「我等だけでは難しい。どこぞに援軍を頼みましょう。倭人を頼るのは如何?」
「真蕃は?」
「真蕃が助けてくれましょうか?」
「とにかく、今は我等のこの軍の行き先だ。司母、我等は予定通り、西へ向かうべきですか?それとも、北へ向かうべきでしょうか?西方の戦況は如何に?」
子解が司母に尋ねた。
司母はずっと瞼を閉じていた。その面は明らかに眠っているのとは違う。人々の声を聞きながら、天と交信しているようであった。
司母はこめかみを小刻みに震わせながら、目を閉じたまま厳かに言った。
「西の戦況は思わしくない。しかし、子解は蓋人に当たりなさい。蓋人を素早く打ち負かして怯えさせ、即座に降伏させるのです。そして、蓋人どもを従えて西へ転戦なさい」
「はい、そのように致します」
初陣の子解は司母の意見に従った。諸将も異論ない。
子解は司母と別れると、蓋馬方面へと急いだ。司母は都へ帰っていった。
子解の軍はすぐに蓋人たちと交戦する。総大将にして初陣の子解の傍らには、絶えず左将軍がついているが、子解は陣営で待たされていることが多く、戦闘にはなかなか参加させてもらえなかった。
蓋人たちはそれほど強くはないはずだった。実際、刃を交えた兵たちは、手応えを感じた。
しかし、すぐに片付ける予定が、意外に手間取っている。蓋軍は兵の統率がとれており、軍事訓練を行ったように思われるのだ。しかも、優れた将が指揮しているようで、速やかに落とすどころか、かえって翻弄されている。
「これはいったいどうしたことだ?」
手こずる味方に、本陣で子解は左将軍に問うていた。
「燕王の盧綰は親の代からの漢皇帝との付き合いで、親友でありました。しかし、皇帝は最期は猜疑心が強くなり、あろうことか親友までもが謀叛を企んでいるのではないかと、疑うようになったのです。燕王は親友である皇帝を最後まで信じていたそうですが、ついに皇帝が崩じて、代替わりしました。親友を信じた燕王も、さすがに新皇帝や後見の国母に対しては危機を覚えて、匈奴へ逃亡したそうです。残された燕国の将軍たちも漢を恐れ、次々に逃げているのです」
「満将軍もその一人であった。彼が率いてきた兵や民を受け入れてやったら、この様だ」
「はい。満将軍のような者が他にも沢山いるのでございましょう」
「蓋馬にもいるということか?」
「おそらく。蓋軍を訓練し、率いているのは燕人でございましょう」
左将軍はそのように分析した。彼の分析通りであるならば、なかなか厄介である。
しかし、子解たちが敗れることはなかった。手間取ってしまったが、勝つことはできたのである。
そして、一部を降伏させることもできた。あとは軍を再編成して、西へ転戦するばかりである。
蓋国は人質を送ってきた。
「蓋馬は我が国に同心するということだ。正式に同盟を結べれば、安心だ」
子解は蓋国との同盟を進める一方、西の敵に向けて進軍を開始した。
ところが、途中で注進の使者が来て、
「我が軍、謀叛軍に潰滅させられました。敵は都へ向かっております」
子解が蓋軍に手こずっている間に、西の味方は大敗してしまったのだ。そして、勢いのまま敵は味方を追い討ちしながら、都を目指しているという。
「何てことだ!都へ引き返せ!敵が都に着く前に追い付いて、背後から襲ってやるのだ!」
子解は都へと急いだ。
ところがである。蓋国はすでに満将軍と強固な同盟を結んでいたようだ。いや、蓋国内部、中枢に燕人が深く関わっているならば、同じ燕の将軍だった満将軍と蓋国は、一心同体だろう。
「初めから、我が国や蓋馬を乗っとるつもりで、燕人どもは連携していたのか。燕を出た時から、各々の役割が決まっていて、満将軍は我が国担当だったのだ!」
今さら気づいても、もう遅かった。
蓋軍は、都に引き返し始めた子解の軍に攻撃してきたのである。先の和睦は偽りだったのだ。人質は初めから見殺しにする予定だったようだ。
子解は人質を殺すと、応戦した。食いつかれたままでは都へは行けない。振り切って都に引き返せば、追ってくるだろう。蓋軍までをも都に接近させてしまう。蓋軍の侵攻をここで食い止めるしかないのだ。だから、立ち止まって相手するしかなかった。
子解が北方で蓋軍の相手をしている間に、都が満将軍に襲われると思うと、気が気ではなかった。
「燕人どもがいるのは蓋馬だけではあるまい。周辺の国々は皆、燕人の息がかかっていると見なければならない。他国への援軍は不可能だ」
「可能性があるのは南でございますな。半島の南側か東海中。やはり、倭国しかありません。倭はかつての燕には属していましたが、秦や漢の影響で衰えた近年の燕とは、もう関係していないでしょう」
子解は北方で蓋軍を食い止めながら、南方に思い馳せた。
しかし、出陣してすぐ、異変が伝えられる。西へ向かっていた子解は、急遽都からほど遠からぬ場所に野営して、軍議を開いた。そして、撤退してきた司母辛と合流したのである。
「蓋馬の者たちが満将軍に味方して挙兵したとは、誠ですか?」
軍議の席。司母と並んで子解は総大将の席に座っていた。居並ぶ諸将の顔は何れも深刻そうだ。
「蓋人が挙兵したとなると、我等は北と西から挟み撃ちに遭います。兵を二手に分ける必要がありますな」
「そんな余裕があるでしょうか?西の軍は我等援軍の到着を待っているのです。まず西へ合流して、一丸となって満将軍に当たり、その後、すばやく反転して蓋人に当たるべきでは」
「西と戦っている間に、蓋人が攻めてくるでしょう。背後を脅かされます」
どうしたものかと、諸将は様々な意見を出し合っていた。
「我等だけでは難しい。どこぞに援軍を頼みましょう。倭人を頼るのは如何?」
「真蕃は?」
「真蕃が助けてくれましょうか?」
「とにかく、今は我等のこの軍の行き先だ。司母、我等は予定通り、西へ向かうべきですか?それとも、北へ向かうべきでしょうか?西方の戦況は如何に?」
子解が司母に尋ねた。
司母はずっと瞼を閉じていた。その面は明らかに眠っているのとは違う。人々の声を聞きながら、天と交信しているようであった。
司母はこめかみを小刻みに震わせながら、目を閉じたまま厳かに言った。
「西の戦況は思わしくない。しかし、子解は蓋人に当たりなさい。蓋人を素早く打ち負かして怯えさせ、即座に降伏させるのです。そして、蓋人どもを従えて西へ転戦なさい」
「はい、そのように致します」
初陣の子解は司母の意見に従った。諸将も異論ない。
子解は司母と別れると、蓋馬方面へと急いだ。司母は都へ帰っていった。
子解の軍はすぐに蓋人たちと交戦する。総大将にして初陣の子解の傍らには、絶えず左将軍がついているが、子解は陣営で待たされていることが多く、戦闘にはなかなか参加させてもらえなかった。
蓋人たちはそれほど強くはないはずだった。実際、刃を交えた兵たちは、手応えを感じた。
しかし、すぐに片付ける予定が、意外に手間取っている。蓋軍は兵の統率がとれており、軍事訓練を行ったように思われるのだ。しかも、優れた将が指揮しているようで、速やかに落とすどころか、かえって翻弄されている。
「これはいったいどうしたことだ?」
手こずる味方に、本陣で子解は左将軍に問うていた。
「燕王の盧綰は親の代からの漢皇帝との付き合いで、親友でありました。しかし、皇帝は最期は猜疑心が強くなり、あろうことか親友までもが謀叛を企んでいるのではないかと、疑うようになったのです。燕王は親友である皇帝を最後まで信じていたそうですが、ついに皇帝が崩じて、代替わりしました。親友を信じた燕王も、さすがに新皇帝や後見の国母に対しては危機を覚えて、匈奴へ逃亡したそうです。残された燕国の将軍たちも漢を恐れ、次々に逃げているのです」
「満将軍もその一人であった。彼が率いてきた兵や民を受け入れてやったら、この様だ」
「はい。満将軍のような者が他にも沢山いるのでございましょう」
「蓋馬にもいるということか?」
「おそらく。蓋軍を訓練し、率いているのは燕人でございましょう」
左将軍はそのように分析した。彼の分析通りであるならば、なかなか厄介である。
しかし、子解たちが敗れることはなかった。手間取ってしまったが、勝つことはできたのである。
そして、一部を降伏させることもできた。あとは軍を再編成して、西へ転戦するばかりである。
蓋国は人質を送ってきた。
「蓋馬は我が国に同心するということだ。正式に同盟を結べれば、安心だ」
子解は蓋国との同盟を進める一方、西の敵に向けて進軍を開始した。
ところが、途中で注進の使者が来て、
「我が軍、謀叛軍に潰滅させられました。敵は都へ向かっております」
子解が蓋軍に手こずっている間に、西の味方は大敗してしまったのだ。そして、勢いのまま敵は味方を追い討ちしながら、都を目指しているという。
「何てことだ!都へ引き返せ!敵が都に着く前に追い付いて、背後から襲ってやるのだ!」
子解は都へと急いだ。
ところがである。蓋国はすでに満将軍と強固な同盟を結んでいたようだ。いや、蓋国内部、中枢に燕人が深く関わっているならば、同じ燕の将軍だった満将軍と蓋国は、一心同体だろう。
「初めから、我が国や蓋馬を乗っとるつもりで、燕人どもは連携していたのか。燕を出た時から、各々の役割が決まっていて、満将軍は我が国担当だったのだ!」
今さら気づいても、もう遅かった。
蓋軍は、都に引き返し始めた子解の軍に攻撃してきたのである。先の和睦は偽りだったのだ。人質は初めから見殺しにする予定だったようだ。
子解は人質を殺すと、応戦した。食いつかれたままでは都へは行けない。振り切って都に引き返せば、追ってくるだろう。蓋軍までをも都に接近させてしまう。蓋軍の侵攻をここで食い止めるしかないのだ。だから、立ち止まって相手するしかなかった。
子解が北方で蓋軍の相手をしている間に、都が満将軍に襲われると思うと、気が気ではなかった。
「燕人どもがいるのは蓋馬だけではあるまい。周辺の国々は皆、燕人の息がかかっていると見なければならない。他国への援軍は不可能だ」
「可能性があるのは南でございますな。半島の南側か東海中。やはり、倭国しかありません。倭はかつての燕には属していましたが、秦や漢の影響で衰えた近年の燕とは、もう関係していないでしょう」
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