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琴の娘(上)
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豪華な部屋の中。辺りは白みかけている。
天幕をかかげる手は白く、細く、肌は艶めき。衣の裾から覗く足はなまめいていて、それでしゃなりしゃなりと部屋の中を歩き出した。
燭台に灯る火。その下に、件の十絃琴がある。
周雅は巨大な目に負けたのだと知る。再び幻想に引き摺り込まれたのだ。
細い華奢な指が琴絃を弾く。
周雅のものではない。女の手である。先程までの張大夫のものでも勿論ない。
周雅はまた誰かの目を通してこの光景を見ているのだと知った。張大夫とは別の人間の。
周雅はえもいわれぬ幸福感に包まれていた。あの十絃琴を弾いているのだ。
やっと念願叶った。どうせならば件の夢の曲を弾いてみたいが。
周雅の意思に関係なく、勝手にこの目の持ち主が好きな曲を好きなように弾いていく。あたかも自分で弾いているかのような感覚なのに、このもどかしさ。
どんどん明るくなっていき。この目の持ち主の女は琴をやめた。
そして、衣服を改め、朝の支度を整えて行く。
侍女が挨拶をして入ってきた。その侍女によって、髪が結われ、化粧が施されていく。
完成したか。侍女が喜んだ。
「今日もお美しゅうございます!」
その時だった。外から悲鳴が聞こえてきた。
「使用人たちが騒いでいるわね。どうしたのかしら?」
この目の持ち主が喋った。美しい、鈴の音のような声。美女とはこうあるべきというような、女の理想的な声である。
女は戸を押し広げ、外へ出た。
貴族の邸宅らしい豪華な庭が広がっている。その正門周辺に、人々が集っていた。
そちらに進んで行くと、人の群の中心に、黒い烏の羽の塊が落ちている。いや、よく見ると、それは烏そのものだった。
「きゃっ!烏の死骸?」
女のその声に、人々が振り返った。皆、この家の使用人らしい。
「大嬢!ご覧になってはなりません!」
そこへ、立派な衣服の中年男性が現れた。
「父上!」
女を見た男性は、眉をひそめて叱った。
「嬰、下がっていなさい」
嬰。それがこの女の名であるらしい。
「はい」
嬰は素直だ。くるりと烏から背を向けた。
父なるこの家の主が、使用人たちに言う。
「これはただごとではない。これは三足烏だ」
「えっ!」
使用人たちと一緒に嬰も驚きの声を上げ、ついでに振り返った。
「何ということだろう。三足烏に矢が刺さっている。それが我が家に落ちているとは……これは何の凶兆だろうか……」
主人が蒼白な顔で震えた。
すると、どんどんどんと門を叩く音がした。がやがやと、門の外には結構な人数がいるようである。
再び戸を叩く音がした後で、聞き覚えのある声が響いてきた。
「幽貞である!幽貞である!何やら朝からこちらの邸内が騒がしいが、何事かござったか?ご開門願いたい!」
幽貞。あの白眉白髪の宮殿の貞人に違いなかった。
「幽貞が、こんな朝早くから、いったいどうして……」
門内は困惑した。
「もしや、異変でも?私も探し物をしている。探し物はこちらに落ちたのだろうか?見せて頂きたい」
再び幽貞の声。
門内では動揺が広がった。
「父上、幽貞がお探しなんて、この三足烏なのではございませんの?」
嬰が言った。主人は頷いた。
「さもあらん。開門せよ」
門衛に命じた。
門が開くと、多数の貞人たちを従えた白眉白髪の幽貞が立っていた。
「これは幽貞、朝からご苦労様です」
「失礼します。ああ、あなたの邸でしたか、姫大人」
幽貞は主人の傍らに並ぶ嬰を見ると、複雑そうな表情を浮かべた。
「幽貞がお探しの物とは、矢の刺さった三足烏でしょうか?」
「やっ、姫大人、やはりあなたの邸に落ちましたか……ああ」
幽貞は辛そうな顔で嬰を見、門をくぐって中に入ってきた。入ってすぐの所に、烏は落ちていた。
幽貞はかがんで烏に触れ、その身を貫いている矢を確認した。幽の字が見える。
「間違いない。これは昨夜、この幽が放った矢。司母が放たれた烏です。残念だ、まことに残念だ……」
幽貞が首を左右に振っていた。
主人は青ざめた。
「まさか、当家に何か災いでも?」
「いや。ああ、いや、そうです」
幽貞は立ち上がって嬰を真っ直ぐ見つめた。
「司母辛が西方に邪悪な気配を感じられたので、占われますと、凶事が差し迫っているとのこと。それも、国の存亡に関わるほどの問題だというのです。私がその凶事を避けるために占いますと、貴人の乙女の生け贄が必要とのこと。その生け贄を選ぶ手段として──」
幽貞は烏に目を向けた。
「夜、司母が三足烏を空に放ち、私がそれに矢を射る。その烏が落ちた家の乙女が生け贄であるという、天のお告げなのです」
「げっ!!」
主人は目を見開き、仰け反った。泡でも吹きそうなほどで、使用人たちに支えられて、どうにか持ちこたえている。
「姫大人、ご当家の乙女はこの方お一人ですな?」
幽貞が嬰を見る。
「た、確かに私に娘は一人しかおりませんが……」
「お連れせよ」
幽貞が背後に従えていた貞人たちに命じる。貞人たちが嬰に群がりかける。
「や、お待ちを!娘は婦の候補に選ばれました。子解の婦になるかもしれない身で、今度の狩に御供することになっているのです!」
主人が騒ぐと、幽貞はわかっていると、目を伏せた。
「天よ、何とむごいお仕打ちか。姫大人、仰せごもっとも。私も子解の婦となられるかもしれないお方を生け贄に選ばれた天の非情に、ただただ遺憾です。しかし、生け贄を捧げねば、子解のお命に関わるのです。これは子解の代わりに死ぬお役目です。子解の婦となられる方が選ばれたというのは、ある意味道理にかなうことかと。子解の御為です、どうか」
「納得などできるわけがありません!」
主人はなお突っぱねた。
「張大夫によれば、我が娘は子解との相性のよい五人のうちの一人であったとのこと。その中から、家柄、人柄を見て、司母が三人に絞られたと。娘はその三人に選ばれたのです。司母ご自身が選ばれた娘なのに、こんなのおかしいではないか!何故、司母が選ばれた娘が生け贄にならなければならないのですか!」
幽貞も困ってしまって、眉根を寄せている。
「ごもっとも。しかし、これが天のご意思なのです。天のご意思を、どうして我々人間などにはかり知ることが叶いましょうか?」
「しかし!張大夫が言っていました!子解は我が娘をお気に召していたと。杏畑で琴を弾く娘を、秋を司る天女だとお褒め下されていたと。子解がお気に召した娘を子解から取り上げるなんて、それが臣下として正しいとでも思っておられるのか?子解の御意を無視するのか?」
次第に理性を失い、喚き始める主人に、一瞬気の毒そうな視線を投げた後、幽貞は頭を何度か振り、背後に命令した。
「姫大人に構うな。ご令嬢をお連れしろ」
貞人たちが嬰を捕えた。
「やめろ!放せ!娘に何をする!」
止めようと、主人が貞人たちに掴みかかるが、多勢に無勢で、かえって貞人たちに抑えこまれてしまう。
「ええい!何をしている、お前たち!嬰を奪われるな!やれ、やれ!」
抑えられながらも、主人は使用人たちに怒鳴っていた。使用人たちが貞人たちに襲いかかると、思わぬ事態になった。
「下がれいっ!」
すらりと貞人たちが一斉に、抜刀したのだ。
素手の使用人たちは怯んだ。そのすきに、貞人たちは嬰を縛り上げて、引き摺って行く。
まるで罪人の引き回しのように、嬰は貞人たちに連れ去られた。
早朝とはいえ道行く人はいるので、何事かと注目される。人目が気になったのか、貞人たちは途中からは嬰を馬車に乗せた。
二人乗りの馬車で、嬰は後ろ手に縛られたまま、幽貞の隣に座らされた。
馬車の四方には貞人たちがぴったり張り付いている。道行く人の目には護衛のように見えるが、彼らが監視しているのは嬰であった。
嬰や幽貞を暴漢から守っているのではない。明らかに嬰が逃げないように、針の穴の隙もなく、見張っているのだった。
嬰は震えていた。
「父上が暴れられたので、少々手荒な真似を働いてしまいましたが、本当はこんなお迎えの仕方をするつもりはなかったのですよ。逃げようとは思わないことです。逃げさえしなければ、手荒なことはしませんからね」
幽貞が優しい声で話しかけてきた。白眉が風にそよいでいる。
「生け贄は奴隷が多いが、今回の場合は特別です。貴女は名誉の御方だ。子解の代わりに、天に捧げられるのです。天より選ばれたのですよ。貴女のお命により、子解はもちろん、この国を邪悪な敵から守ることができるのです。国を救った名誉の乙女と、貴女は後世までも、皆から感謝されることになります。貴女は歴史に名を刻む」
幽貞の言葉に対して、嬰は首を左右に振った。
「……自分の栄誉なぞ、私は……私は、子解に……子解にお仕えしたいだけです」
嬰は杏畑で十絃琴を弾いて、子解を夢心地にした美女だ。子解が彼女に惹かれたことは間違いないが、彼女もそんな子解を見ている。
互いに惹かれ合ったならば、相手のそばにいたいと願うもの。しかも嬰は、その妃候補に選ばれたのだ。子解の妃になりたいに違いない。
どうして生け贄になぞなりたいものか。
嬰は涙した。
「子解のお傍にいられるかもしれなかったのに。こんなことになるなら、妃候補になど選ばれなければよかった。子解と出逢わなければよかった……」
「子解の御為ですぞ。子解専門の生け贄なのだと思われよ。だから、貴女は子解の妻と同じようなもの」
「……先程は、父が失礼致しました。子解のお命と引き換えに死ねるなんて、私ほど幸せな女はおりません」
諦めたのか、運命を受け入れたのか、はたまた心からそう思える心境になったのか、嬰は泣きながらそう答えた。
天幕をかかげる手は白く、細く、肌は艶めき。衣の裾から覗く足はなまめいていて、それでしゃなりしゃなりと部屋の中を歩き出した。
燭台に灯る火。その下に、件の十絃琴がある。
周雅は巨大な目に負けたのだと知る。再び幻想に引き摺り込まれたのだ。
細い華奢な指が琴絃を弾く。
周雅のものではない。女の手である。先程までの張大夫のものでも勿論ない。
周雅はまた誰かの目を通してこの光景を見ているのだと知った。張大夫とは別の人間の。
周雅はえもいわれぬ幸福感に包まれていた。あの十絃琴を弾いているのだ。
やっと念願叶った。どうせならば件の夢の曲を弾いてみたいが。
周雅の意思に関係なく、勝手にこの目の持ち主が好きな曲を好きなように弾いていく。あたかも自分で弾いているかのような感覚なのに、このもどかしさ。
どんどん明るくなっていき。この目の持ち主の女は琴をやめた。
そして、衣服を改め、朝の支度を整えて行く。
侍女が挨拶をして入ってきた。その侍女によって、髪が結われ、化粧が施されていく。
完成したか。侍女が喜んだ。
「今日もお美しゅうございます!」
その時だった。外から悲鳴が聞こえてきた。
「使用人たちが騒いでいるわね。どうしたのかしら?」
この目の持ち主が喋った。美しい、鈴の音のような声。美女とはこうあるべきというような、女の理想的な声である。
女は戸を押し広げ、外へ出た。
貴族の邸宅らしい豪華な庭が広がっている。その正門周辺に、人々が集っていた。
そちらに進んで行くと、人の群の中心に、黒い烏の羽の塊が落ちている。いや、よく見ると、それは烏そのものだった。
「きゃっ!烏の死骸?」
女のその声に、人々が振り返った。皆、この家の使用人らしい。
「大嬢!ご覧になってはなりません!」
そこへ、立派な衣服の中年男性が現れた。
「父上!」
女を見た男性は、眉をひそめて叱った。
「嬰、下がっていなさい」
嬰。それがこの女の名であるらしい。
「はい」
嬰は素直だ。くるりと烏から背を向けた。
父なるこの家の主が、使用人たちに言う。
「これはただごとではない。これは三足烏だ」
「えっ!」
使用人たちと一緒に嬰も驚きの声を上げ、ついでに振り返った。
「何ということだろう。三足烏に矢が刺さっている。それが我が家に落ちているとは……これは何の凶兆だろうか……」
主人が蒼白な顔で震えた。
すると、どんどんどんと門を叩く音がした。がやがやと、門の外には結構な人数がいるようである。
再び戸を叩く音がした後で、聞き覚えのある声が響いてきた。
「幽貞である!幽貞である!何やら朝からこちらの邸内が騒がしいが、何事かござったか?ご開門願いたい!」
幽貞。あの白眉白髪の宮殿の貞人に違いなかった。
「幽貞が、こんな朝早くから、いったいどうして……」
門内は困惑した。
「もしや、異変でも?私も探し物をしている。探し物はこちらに落ちたのだろうか?見せて頂きたい」
再び幽貞の声。
門内では動揺が広がった。
「父上、幽貞がお探しなんて、この三足烏なのではございませんの?」
嬰が言った。主人は頷いた。
「さもあらん。開門せよ」
門衛に命じた。
門が開くと、多数の貞人たちを従えた白眉白髪の幽貞が立っていた。
「これは幽貞、朝からご苦労様です」
「失礼します。ああ、あなたの邸でしたか、姫大人」
幽貞は主人の傍らに並ぶ嬰を見ると、複雑そうな表情を浮かべた。
「幽貞がお探しの物とは、矢の刺さった三足烏でしょうか?」
「やっ、姫大人、やはりあなたの邸に落ちましたか……ああ」
幽貞は辛そうな顔で嬰を見、門をくぐって中に入ってきた。入ってすぐの所に、烏は落ちていた。
幽貞はかがんで烏に触れ、その身を貫いている矢を確認した。幽の字が見える。
「間違いない。これは昨夜、この幽が放った矢。司母が放たれた烏です。残念だ、まことに残念だ……」
幽貞が首を左右に振っていた。
主人は青ざめた。
「まさか、当家に何か災いでも?」
「いや。ああ、いや、そうです」
幽貞は立ち上がって嬰を真っ直ぐ見つめた。
「司母辛が西方に邪悪な気配を感じられたので、占われますと、凶事が差し迫っているとのこと。それも、国の存亡に関わるほどの問題だというのです。私がその凶事を避けるために占いますと、貴人の乙女の生け贄が必要とのこと。その生け贄を選ぶ手段として──」
幽貞は烏に目を向けた。
「夜、司母が三足烏を空に放ち、私がそれに矢を射る。その烏が落ちた家の乙女が生け贄であるという、天のお告げなのです」
「げっ!!」
主人は目を見開き、仰け反った。泡でも吹きそうなほどで、使用人たちに支えられて、どうにか持ちこたえている。
「姫大人、ご当家の乙女はこの方お一人ですな?」
幽貞が嬰を見る。
「た、確かに私に娘は一人しかおりませんが……」
「お連れせよ」
幽貞が背後に従えていた貞人たちに命じる。貞人たちが嬰に群がりかける。
「や、お待ちを!娘は婦の候補に選ばれました。子解の婦になるかもしれない身で、今度の狩に御供することになっているのです!」
主人が騒ぐと、幽貞はわかっていると、目を伏せた。
「天よ、何とむごいお仕打ちか。姫大人、仰せごもっとも。私も子解の婦となられるかもしれないお方を生け贄に選ばれた天の非情に、ただただ遺憾です。しかし、生け贄を捧げねば、子解のお命に関わるのです。これは子解の代わりに死ぬお役目です。子解の婦となられる方が選ばれたというのは、ある意味道理にかなうことかと。子解の御為です、どうか」
「納得などできるわけがありません!」
主人はなお突っぱねた。
「張大夫によれば、我が娘は子解との相性のよい五人のうちの一人であったとのこと。その中から、家柄、人柄を見て、司母が三人に絞られたと。娘はその三人に選ばれたのです。司母ご自身が選ばれた娘なのに、こんなのおかしいではないか!何故、司母が選ばれた娘が生け贄にならなければならないのですか!」
幽貞も困ってしまって、眉根を寄せている。
「ごもっとも。しかし、これが天のご意思なのです。天のご意思を、どうして我々人間などにはかり知ることが叶いましょうか?」
「しかし!張大夫が言っていました!子解は我が娘をお気に召していたと。杏畑で琴を弾く娘を、秋を司る天女だとお褒め下されていたと。子解がお気に召した娘を子解から取り上げるなんて、それが臣下として正しいとでも思っておられるのか?子解の御意を無視するのか?」
次第に理性を失い、喚き始める主人に、一瞬気の毒そうな視線を投げた後、幽貞は頭を何度か振り、背後に命令した。
「姫大人に構うな。ご令嬢をお連れしろ」
貞人たちが嬰を捕えた。
「やめろ!放せ!娘に何をする!」
止めようと、主人が貞人たちに掴みかかるが、多勢に無勢で、かえって貞人たちに抑えこまれてしまう。
「ええい!何をしている、お前たち!嬰を奪われるな!やれ、やれ!」
抑えられながらも、主人は使用人たちに怒鳴っていた。使用人たちが貞人たちに襲いかかると、思わぬ事態になった。
「下がれいっ!」
すらりと貞人たちが一斉に、抜刀したのだ。
素手の使用人たちは怯んだ。そのすきに、貞人たちは嬰を縛り上げて、引き摺って行く。
まるで罪人の引き回しのように、嬰は貞人たちに連れ去られた。
早朝とはいえ道行く人はいるので、何事かと注目される。人目が気になったのか、貞人たちは途中からは嬰を馬車に乗せた。
二人乗りの馬車で、嬰は後ろ手に縛られたまま、幽貞の隣に座らされた。
馬車の四方には貞人たちがぴったり張り付いている。道行く人の目には護衛のように見えるが、彼らが監視しているのは嬰であった。
嬰や幽貞を暴漢から守っているのではない。明らかに嬰が逃げないように、針の穴の隙もなく、見張っているのだった。
嬰は震えていた。
「父上が暴れられたので、少々手荒な真似を働いてしまいましたが、本当はこんなお迎えの仕方をするつもりはなかったのですよ。逃げようとは思わないことです。逃げさえしなければ、手荒なことはしませんからね」
幽貞が優しい声で話しかけてきた。白眉が風にそよいでいる。
「生け贄は奴隷が多いが、今回の場合は特別です。貴女は名誉の御方だ。子解の代わりに、天に捧げられるのです。天より選ばれたのですよ。貴女のお命により、子解はもちろん、この国を邪悪な敵から守ることができるのです。国を救った名誉の乙女と、貴女は後世までも、皆から感謝されることになります。貴女は歴史に名を刻む」
幽貞の言葉に対して、嬰は首を左右に振った。
「……自分の栄誉なぞ、私は……私は、子解に……子解にお仕えしたいだけです」
嬰は杏畑で十絃琴を弾いて、子解を夢心地にした美女だ。子解が彼女に惹かれたことは間違いないが、彼女もそんな子解を見ている。
互いに惹かれ合ったならば、相手のそばにいたいと願うもの。しかも嬰は、その妃候補に選ばれたのだ。子解の妃になりたいに違いない。
どうして生け贄になぞなりたいものか。
嬰は涙した。
「子解のお傍にいられるかもしれなかったのに。こんなことになるなら、妃候補になど選ばれなければよかった。子解と出逢わなければよかった……」
「子解の御為ですぞ。子解専門の生け贄なのだと思われよ。だから、貴女は子解の妻と同じようなもの」
「……先程は、父が失礼致しました。子解のお命と引き換えに死ねるなんて、私ほど幸せな女はおりません」
諦めたのか、運命を受け入れたのか、はたまた心からそう思える心境になったのか、嬰は泣きながらそう答えた。
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