お友達が欲しかった

増田朋美

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第六章 Is this love?

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その日も何故かまた雨が降りそうな曇り空だった。いつまでも寒い日が続いているというか、なかなかスッキリ晴れない憂鬱な日々が続いている。そんな日は、本当に鬱陶しいものだ。そんな憂鬱な気分が続いている日々を過ごさなければならない生活が続いていくとなると、皆さんはどう思うだろうか?
その日、いつも通り双葉社の合奏練習が行われた。その日も練習時間は午前中であったため、ヌルハチさんたちはまた何人感のメンバーで、飲食店にいこうということになった。ヌルハチさんたちが、今日はどこへ行こうとか、店の混み具合などを、スマートフォンで調べたりしているときに、セカンドマンドリン担当の人見重男さんが、その知覚を通りかかったため、
「人見さんも一緒に、お昼食を食べていきませんか?」
と、ヌルハチさんが聞いた。
「ええ、そうしたいのですが、僕、このあと用事がありまして。」
と、人見重男さんは答えた。
「そうなんですか。どちらにいかれるんですか?」
ヌルハチさんが軽い気持ちで聞くと、
「ああ、いいのいいの、大事な用事だから今日は遠慮するのよね。」
と、おしゃべりで有名な山岸るつ子さんが言った。
「そうです。これは大事な用事なので、今日はいかせてやってください。」
指揮者の横山ヤスシがそうヌルハチさんにいうが、それがちょっとわざとらしいので、ヌルハチさんは気になったようだ。
「そうなんですね。お二人が主張するほど、大事な用事なら、お気をつけて行って下さいませ。」
ヌルハチさんがそう言うと、人見重男さんは涙をこぼして、
「行ってまいります。」
と言った。
「どうしたんですか?なぜ、泣いてしまうのでしょう?」
ヌルハチさんが思わずそうきくと、
「ごめんなさい。だって気を付けて行ってきてねと言うような用事ではありませんから。でもいかなくちゃいけないんですね。行ってまいります。」
と、人見さんはそう言いながら、文化センターを出ていくのであった。
「一体どうなされたのでしょう。なにか重要な用事でしょうか。彼は、気をつけるような用事ではないとおっしゃっておられましたが、その通りの用事なんてあるのでしょうか?」
「まあねえ、ハチ公さん。あの人は、あたしたちも口に出しては行けないような事情を抱えてるのよ。だからそっとして上げてちょうだいよ。」
上松ちえ子さんがそう言うが、
「いや、ハチ公さんは、今や大事な双葉社の一員です。ちゃんとメンバーさんの事情を知っておいたほうが良いかもしれませんね。人見さんは、お母さんが殺人を犯したために、今刑務所で服役しているのですよ。まあ、仕方なかったとはいえ、やったことがやったことですから、大変な事態ですよ。」
ヤスシはヌルハチさんにそう説明してしまった。
「殺人で刑務所ですか?」
ヌルハチさんが聞くと、
「そうなんです。ハチ公さん、あの、2年ほど前の事ですが、女性がゴミ捨て場で滅多刺しになって発見された事件をご記憶ですか?」
と、ヤスシは即答した。
「いえ、私は知りません。」
ヌルハチさんがそう言うと、
「気の毒なのは、お母さんが殺人をしたのは、自分のせいだって重男ちゃんは言うのよ。あたしたちから見たら、そうでもないと思うんだけどさあ。でも重男ちゃんは、そう思っているみたい。」
おしゃべりな山岸るつ子さんが言った。
「それはどういうことですか?なにか彼に原因があったのでしょうか?」
ヌルハチさんが聞くと、
「ええ、何でも学校でいじめにあったんですって。転校もできないから、それでお母様が逆上して、その同級生の、長原朋子っていう女の子を、滅多刺しにして、ゴミ捨て場に捨てたのよ。」
るつ子さんはそういった。
「全く可哀想な話よね。重男ちゃんは勉強ができて優等生だったそうだけど、運動が苦手だったから、事あるごとに、長原朋子という女子生徒にいじめられていたらしいわ。学校の先生も、馬鹿だから、暇さえあれば、みんなの通信簿みて、比べっこするしかしなかったみたい。それで、重男ちゃんが辛くなっちゃって、お母さんは、それが絶えられなかったんでしょうね。通学途中の長原朋子を襲って、滅多刺しにして殺したのよ。」
るつ子さんは自分の思っていることを言った。
「そうですか。お母様も学校の先生も、きっと反省されてるんじゃないでしょうか。誰でも、そのような結果になってしまったら、反省しないことは無いと思いますが。」
ヌルハチさんがそう言うと、
「それはどうかしらねえ。中には自分の教育に自信を持ちすぎちゃって、反省しない教師っているんじゃないかしら。それで永久に生徒と分かち合うことはできない教師だっていると思うのよ。死が二人を分かつまでって言うけど、それだって、本当にあることだからさあ。」
るつ子さはしみじみと言った。
「それでは、いつまで経っても、重男ちゃんもお母さんも可愛そうよね。きっといつまでも辛い辛いって、いい続ける生活になるんでしょう。だけど重男ちゃんは本人じゃないのに、お母さんが、そういうことしたせいで、ずっと白い目で見られるんだから。だからあたしはね、あの二人をああいうふうにさせた、教師を絶対に許さないんだから。」
「そうですね。確かに、そういう教員は許せないと言っても良いかもしれません。いじめがあったのを止められなかったわけですからね。それにしても、その教員はどうされているのでしょう。まさか亡くなられたというわけでは無いでしょう。どこかで生きていらっしゃいますよね?」
ヌルハチさんはそういった。
「ハチ公さん、人見重男さんとお母さんをああいうふうに追い込んだのは、その教師です。そんな人間にどうしてハチ公さんは関心を持つのですか?そんな人間、誰でも受け入れるべきではないでしょう?」
驚いたヤスシがそう言うと、
「いえ、誰でも幸せになる権利はありますし、同時に反省する義務もあります。もし、重男さんの担任教師が、本当に反省していないのであれば、私は、なんてひどいことをしたのかと、その人を叱る必要があると思います。重男さんとお母さんだけ犯罪者にさせて、教師だけのうのうと生きているというのはやはりまずい。それなら、二人に対して何をしたんだと、その教師を叱責するべきです。」
ヌルハチさんは強く言った。
「そうだね、ハチ公さん。僕もそう思うよ。僕も、この事件を聞いて、なんで片方だけ責任を取らないの疑問に思ってきたし、そうやって生きているというのは頭に来る。それなら、ちゃんと事件を起こしたことを謝罪すべきだとは僕も思う。」
不意にマンドチェロ担当の望月聡さんが言った。この人の発言はとても重いものがあって、非常に影響力の強いものであった。
「まあねえ、きっとまたどこかで教師をしてると思うけどさ。でも、そういう人って、やめないのよねえ。世の中性格の悪人は結構仕事が続くもんなのよ。性格のいい人がやめていく。何なんでしょうね。」
ちえ子さんは、大きなため息をついた。
「どうでしょう。彼のお母様がどこに収監されているか、ご存知の方はいらっしゃいませんか?もし、近くの刑務所であれば、みんなで重男さんを励ましたほうが良いと思うのですけど。」
ヌルハチさんがそう提案した。そうねとみんな一瞬黙った。だけど、刑務所まで会いに行くのはちょっとという顔をしている。
「確かに、そこへ行くと、受刑者の身内とか、親戚とかレッテルを貼られてしまうので、会いに行きたくないという気持ちはわかります。ですがそれは誰でも同じです。だからこそ、行動を起こす必要があるのだと思います。」
「そうですねえ。ハチ公さん、俺もそう思いますよ。このままでは重男ちゃんが、完全に悪いやつにされてしまう。そうではなくて、みんなで慰めて上げたいと、ハチ公さんは言うのでしょう。俺、重男ちゃんのお母さんの弁護士さんの電話番号知ってますから、聞いてみましょうか?」
不意にティンパニ担当の一ノ瀬八兵衛が言った。この人は思ったことを何でも口にするのでときに言ってはいけないことでも口にしてしまう。だけど、それは返って役に立つことも少なくないのだ。
「わかりました。じゃあ一ノ瀬さんお願いします。」
ヌルハチさんがそう言ったので、八兵衛は電話をかけ始めた。ちなみに山岸るつ子さんの説明によると、重男さんのお母さんの裁判のときに八兵衛は友人として証言台に立ったことがあるので、弁護士の電話番号を知っているのだという。
「ハチ公さんわかりました。意外に近くにいましたよ。えーと、中央線で、終着駅になってるところにあるそうです。」
八兵衛がそう言うと、みんないってみようという気になったらしく、出かける支度を始めてしまった。そんなことは本当に効果あるのかなと疑っていたヤスシも、みんなについていくことにした。
一方その頃。山奥近くにある、刑務所では、刑務官に連れられて面会室にやってきたお母さんと、息子の人見重男さんが話をしていた。お母さんの名札によると、囚人番号は、548番であるらしい。
「お母さん。生活は慣れた?」
重男さんはお母さんに聞いた。
「ええ、まあ。最近は作業も順調だし、やっとうまくいくようになったわ。」
と、お母さんは苦笑いをしていった。
「だから、何度も様子を見に来なくても大丈夫よ。」
「そうかな。あの事件は僕が原因だったんだって、もう報道もさんざんされてしまったし、お母さんをこうして殺人者にしてしまったのは、僕でもあるわけでしょう?」
重男さんはとても悲しそうに言った。
「でもお母さんは、長原朋子カら、あなたを守ってあげたのよ。」
と、お母さんは言った。
「息子を守るのはお母さんの努め。あんないじめを受けていたんじゃ、ああするしかなかったのよ。」
刑務官が、そういうお母さんにまだ反省していないのかという顔をした。
「そうかも知れないね。確かに、そうするしか、お母さんには思いつかなかったでしょうね。お母さんは、体が弱かったから、運動会にも授業参観にも来られなかったし、それのせいで、僕が長原朋子さんからバカにされていたのもまた事実だし。本当に、僕はどうしたら良いんだろう。お母さんを、こうして人殺しにしてしまって。」
人見重男さんは申し訳無さそうに言った。
「したことは確かに悪いけど、あれはお母さんが息子である僕を助けてくれたと考えれば、それで良かったのかな。それとも、やはり、人殺しの子どもとして、これからも辛い思いをして生きていくしか無いのかな。」
重男さんの質問に、お母さんは答えられないようだった。
「重男ちゃんが、自分を攻めることは無いわ。お母さんは、息子を守るために、愛情を持って人殺しになったのよ。だから、重男ちゃんは重男ちゃんの人生を送ってほしいの。」
お母さんはそういうのであった。
「でも、人殺しの子どもとしてバカにされ続けることは変わりないよ。」
重男さんは、そう事実を述べる。
「でも、いつまでもお母さんのことを恨んでは行けないということは知っているから、一日も早く出所して、また一緒に暮らそう。たった二人だけの家族じゃない。僕はどうせ一生、人殺しの子どもとして生きていくから、お母さんもそのつもりでいてね。仲間がいてくれてよかった。みんな僕のことを悪いやつだと言うのだろうけど、お母さんだけはそういうことを言わないから。」
重男さんは、お母さんに向かってそういうことを言った。
「重男ちゃんはなんて優しい、、、。そういうところは、なくなったお父さんそっくりだわ。」
お母さんの口癖のような感じだけど、お母さんは感動すると、そういう言葉を口走る。だけど、重男さんにしてみたら、どんな人なのだろうかと思う。お母さんは、すごいいい人だったとか、すごい優しい人だったとか、そういうことを言うけれど、重男さんのことを残して、逝ってしまったお父さんは、好きになれなかった。もちろん、本人の意志ではないにしても、お父さんは重男さんが小学校へ入る前になくなってしまったのだから。
「そうなんだね。お母さん、本当に、、、。」
重男さんは、そう言って涙をこぼして泣き出してしまった。まさかありがとうとは言えないだろう。だってそれくらいのことをしたんだから。だけど、それだって、お母さんの愛情なのだろうか?親子愛というものだろうか?
「言わなくていいわ。お母さんのしたことは間違いだったのよ。だから、それは褒めちゃいけない。だけど、お母さんはそうするしかなかった。お母さんはただ、重男ちゃんをいじめたあの長原朋子って言う人に、謝ってもらいたかったけど、彼女はそうしなかったから、思わずカッとなって彼女を刺しただけ、、、。それだけのことよ。」
隣にいた刑務官が怖い目をしてお母さんを眺めているが、重男さんは、それを止めようとは思わなかった。
「そうだね。じゃあ、面会時間過ぎちゃうから、もう帰るね。また様子見に来るから、それまでお母さんも元気でいてね。」
と重男さんは椅子から立ち上がった。お母さんが泣きじゃくっているのを、振り向くことも無いまま、刑務所の面会室を出ていった。お母さんがどんな顔をしているのかなんて見たくもなかった。
ああ、なんてことだ。お母さんが、自分のために、長原朋子さんを殺害した。自分は一生人殺しの子どもとして生きていかなくちゃならないし、お母さんを人殺しにさせてしまった責任もある。なんであのとき、お母さんに転向したいと訴えなかったのだろう?確かに、学校をやめてしまうのは、恥ずかしいことであった。でも、今となってはそれだってしてもいいと思う。お母さんがああして殺人者になるのなら、自分が高校を退学したほうがよほどましだ。重男さんは、そんなことをぐるぐると頭の中で考えながら、辛い顔をして、刑務所の入口を出た。
いつもなら、ここを一人で歩いて、駅へ向かうはずだった。重男さんは車の運転ができないので、駅へ向かって歩いていくしか無いのだった。その時の辛さというものは本当に辛かった。だから、お母さんを訪ねていくのは嫌だけど、でも、そうなるとお母さんが可哀想だということを、知っているから、重男さんは定期的にお母さんに会いに逝っているのである。
Is this love?Is this love?Is this love?
どこかで流行ったフレーズである。誰が作ったのかも知らないが、それを口ずさんでいる若い人が大勢いる。だけど、これは、ちょっと、重男さんにとっては、凶器のような言葉でもあった。
重男さんは、駅へ向かおうと方向を変えようとしたその時。
「人見さん。」
と、誰かの声がした。もしかしてまた誰かが人殺しの息子とからかいに来たのかと、重男さんは足を止めたのであるが、そこにいるのは、車椅子に乗ったヌルハチさんであった。しかも、叱ったりとか、悲しんでいる顔ではない。笑顔でヌルハチさんは彼のことを見ているのであった。
「よろしければ、一緒に帰りません?」
ヌルハチさんは明るく言った。
「あの。なんでハチ公さんが、ここに来てるんですか?この駅、無人駅だから、一人では来れないはずなのに?」
重男さんがそう言うと、
「駅に行ってみればわかります。」
ヌルハチさんはにこやかに笑った。
「ど、どういうことでしょうか。」
重男さんは驚きを隠せないが、
「ええ、一緒に来てみてください。」
ヌルハチさんはサラリと言った。そして、駅の方へ向かって、車椅子を動かし始めた。重男さんもなんだか怖くて、ヌルハチさんについて行った。
「重男さん。確かに、事実は、受け入れられないものですよね。ときにはそれのせいで、つらい思いをしたり、自ら死を選びたくなるときだってあるでしょう。その時にいちばん大事なことは、事実というものはただあるだけだということだと思うんです。それに対して善悪甲乙をつけてしまうから、世の中はおかしくなってしまうんだと思うんです。ご自身の力ではどうにもならない事実に直面してしまったら、どうしたら解決するのかを考えてもがき苦しむよりも、まず、放置しておくことが大切なんですよね。ときの流れに任せること。これが大事なんですよ。」
ヌルハチさんは、そう重男さんに語りかけた。
「私も、歩けないということでかなり周りの人に苦労させたのではないかと思います。特に、私の家族には悩みのタネだったことでしょう。ですが、私がそれに対してどうにかこうにかすることは、全くできなかった。ただ私は、歩けなくても外出できるような法整備ができるのを待つしかありませんでした。人間が事実に対してできることなんて、ほんの僅かなのですよ。ほとんどのことは、何もしないで放置しておくしかできないのではないでしょうか。それで良いのです。なんでも処理してくれる機械ではなくて、人間ですから。」
「そうですか、、、。人間だからこそ、悪いことも平気でするし、間違ったことも平気でしてしまうんです。僕の母が、そういうことをしたというのは、もう聞いてますよね?そんな母が到底許されるはずもない。だけど、それをさせてしまったのは僕自身なんです。だから、本当に辛いと言うか申し訳ないと言うか、もうこの世から消えてしまいたいと思っているんです。」
人見重男さんは、そういったのであるが、
「いえ、それはありません。というより、消えてしまったら、誰か悲しむ方がおられますよ。」
ヌルハチさんは優しく言った。
「そうでしょうか。ハチ公さんは、なにか勘違いをしていらっしゃるようですが、僕は人殺しの息子です。だから、この世から、必要となんか、されているものですか。そんなこと、逆立ちしてもありませんよ。」
重男さんが思わずそう言うと、ヌルハチさんは重男さんに、静かに言った。
「駅を御覧なさい。」
重男さんが思わずその通りにすると、駅前に、ちえ子さん、るつ子さん、そしてヤスシが立っていたのであった。みんな笑顔でいる。
「重男ちゃんおかえり!まだお昼食べてないでしょ。早く食べようよ。」
山岸るつ子さんが言うと、
「今日は、雨が降ってるから、ラーメンでも食べます?」
と、上松ちえ子さんが言った。
「その時に次の、双葉社で練習する課題曲をお渡ししますね。ちょっと訂正があったんで。」
指揮者らしくヤスシは言った。
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