休憩室の真ん中

seitennosei

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高橋さんの第一印象は最悪だった。
働きたいと考えてからは、お店に関する話を一花さんと兄からよく聞いていたので、会う前から高橋さんの存在は知っていた。
名門大学に通っていて、ミスコンにノミネートされている彼女がいて、人気者で、イケメンで。 
尚且つ、兄の相談にもよくのってくれる、面倒見の良い優しい人だと兄は言っていた。
ちょっとお調子者でチャラく、距離感が可笑しい部分もあるが、頭の回転が早く話していて楽しいし、仕事が凄く出来ると一花さんも褒めていた。
2人は好意的に話してくるが、私は細かいエピソードを聞けば聞くほどに高橋さんという人物が信用出来なかった。
絶対彼女のこと好きじゃないでしょ。
絶対一花さんのこと好きでしょ。
絶対兄のことバカにしてるでしょ。
人当たり良く、高いスペックを持ちながら、彼女を大切にしていないところが大和先生と重なった。
本命がいるのに私と付き合っていた健太とも。
彼女がいるのに襲いかかってきた和田さんとも。
私がもう二度と関わりたくないと思っていた男の人達と同じ性質を持っている様に感じられ、本人を見たこともないのに感情がマイナスに振り切っていた。
だから初対面の時。
休憩室でユナちゃん達に囲まれデレデレして見えた高橋さんは、イメージ通りの最低男なんだと確信した。
頭に血が上って酷い態度もとってしまった。
だけどその日、寮に帰って落ち着いてくると恥ずかしくなった。
いくら嫌いな人種だからって、高橋さん本人には何もされていないのに。
しかも荷物まで拾って優しくしてもらったのにお礼すら真面に言っていない。
私は非常識な態度をとってしまったことを深く反省した。
しかし、反省はしたのだが、一つだけ大きな問題があってその後も普通に接せられなかった。
その問題とは、高橋さんの顔だ。
困ったことに、めちゃくちゃ好きな顔なのだ。
切れ長で涼しげなんだけど、少し垂れていて優しそうな目元。
スッと通った鼻筋。
薄く綺麗な唇。
流行りを追い過ぎず、でもしっかりとカラーされ、整えられた髪から、仕事のユニフォーム姿なのに、さり気なくオシャレなことが見て取れた。
背も高くスラッとしているのに、半袖から露出している腕は筋肉質で男らしかった。
この人が高橋さんなのだと確信を持つ前、荷物を拾ってくれて目を合わせて挨拶した瞬間。
もっと言えば、休憩室に入って目を合わせた瞬間。
私はときめいていた。
恋愛で嫌な思いをしたばかりだし、依存しないで自分の足で立つためにやると決めたバイトなんだ。
現を抜かしている場合ではないのに、ほとんど一目惚れだった。
そのときめいた人物が、憎むべき高橋さんなのだと知った途端、ときめきの反動が良くない相乗効果を生み、あの酷い態度へと繋がってしまったのだ。
その後も高橋さんは、私の失礼な態度を咎めることなく、他の女の子と同じように話し掛けてくれていたのに、どう接して良いのかわからずに冷たくあしらい続けた。
そうやって距離をとらないと不安だった。
嫌いな人種なのに、好みのタイプ過ぎて、同じ空間にいると感情が忙しくて疲れる。
一層のこと、怒らせて嫌われようと、指摘されたくないであろう一花さんへの気持ちを指摘してやった。
そうしたら驚いたことに無自覚だった。
しかも指摘したことによって、秘密を知る者として謀らずも距離が縮んでしまった。
彼女を大切にせず、一花さんにセクハラをし、ユナちゃんを口説く。
噂通りチャラいところは確かにあった。
だけどそれは全て無自覚でしていた行動だった。
自覚してからは直ぐに改善し、人と適切な距離を保つようになり、そんな姿を見る内に高橋さんへのイメージがどんどんと変わっていった。
一つ一つ誤解が解け、知らなかった面が見えてくる度、憎み切れなくなってしまった。
いつからか、私は高橋さんを好きにならない様、意図的に自分の気持ちを抑えていた。

今から数日前の休憩中のこと。
ユナちゃんがまるで挑発するかのような発言をした。
「今の高橋さんならユナ的に全然アリだなぁ。」
私はどう返したら良いのかわからず、固まってしまった。
「彼女とちゃんと別れたみたいだし、急にチャラいこと言わなくなったし。真剣に好きな人でも出来たのかな?」
そう言い、試す様に私を見てきた。
嫌だ。
反射的に思った。
今の高橋さんなら、本当に好きになるまでいい加減にユナちゃんと付き合ったりはしないだろう。
だけど、もともと物凄く彼女を気に入っている。
そんなユナちゃんが自分をアリだと言っていたら、本当に好きになって付き合ってしまう日がくるかもしれない。
私は高橋さんを好きになるのが怖い。
だから好きになりそうな気持ちを無いことにしているのに、高橋さんが誰かに捕られるのも怖いと感じている。
いや、捕られるってのは可笑しいか。
私のじゃないのに。
「ねぇ、汐さんもそう思うでしょ?誰なんだろうね。高橋さんの好きな人。」
黙り込む私の顔を覗き込み、煽るようにニヤリと笑うユナちゃん。
鋭いユナちゃんのことだ。
本当はわかっている癖に。
高橋さんは一花さんが好きなんだって。

たまに。
本当に極稀にだけど、高橋さんって私を好きなのかな?って勘違いしてしまいそうになる瞬間がある。
事ある毎に「可愛い。」と言って照れ笑いしてくるし、良く気にかけて手を差し伸べてくれるから。
だけど、以前無自覚に一花さんに触れていた様な接触を私とは絶対にしない。
誰にするよりも私に優しくしてくれているけど、言葉の端々から察するに、兄の代わりになろうとしている様だった。
高橋さんは兄と弟がいる真ん中っ子らしい。
私を「可愛い。」と言ったその口で、数秒後には「お姉ちゃんか妹欲しかったなぁ。」と言い、いつも私の頭をグリグリと撫でてくる。
完全に子供扱いだ。
だからわかっている。
「お願いだから、俺に守らせてくれ。」
そう言われて、高橋さんの腕に包まれている今も、勘違いしない様に自分に言い聞かせている。
これに深い意味なんてないんだって。
この人は、ただ妹のように可愛がっている女の子を放っておけないだけなんだって。
痛いほどわかっている。
「俺が出来ること全部したい。俺に守らせて欲しい。」
わかっているのに、掠れた声で振り絞るように言われて胸が苦しくなる。
ダメだと思いながらも、我慢できずに私も手を回して応えてしまった。
「高橋さん。女の子成分、これだとちょっと過剰摂取気味じゃないですか?」
冗談めかして誤魔化す。
お願いだからこれ以上期待させないで欲しい。
だけど私から振り払うだけの強い意思はもう残っていない。
「ごめん。でも全然足んねぇ。」
身体が潰れるかと思う程、更に強く抱きしめられる。
そんな切なそうな声で囁かないで。
愛おしそうに抱きしめないで。
傷付きたくなくて関係を変えるのが怖いのに、目の前の幸せに抗えない。
胸の辺りで生まれた感情の塊が、ゾクゾクと身体をくすぐりながら登ってきて、口から溜め息として外に逃げていった。
どれだけ逃がしても際限なく発生してきて、すぐに身体が一杯になってしまう。
苦しいのに離れたくない。
このまま時間が止まっちゃえばいいのになんて俗っぽいことを本気で願った。

気付きたくなかった。
抑えたって、無いようにしたって、もうとっくに無意味なんだ。
最初から私はどうしようもないくらい高橋さんが好きなんだ。
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