休憩室の真ん中

seitennosei

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ここ数日、海がおかしいとは思っていた。
何か言いたげに俺を見てくることが多々あった。
かと言って、俺に対して怒っているようでも、不満があるようでもない。
悩みでもあるのかと思い、注意深く様子を見てみても、むしろ今までよりも表情が明るく、ハツラツとして見えるくらいだから意味がわからない。
タイミングが合えばこちらから訊ねてみようと思っていた矢先に待ち伏せされた。

「おー、海。どうした?」
休憩室の端っこの席に幽霊のようにボーッと座っている海に声を掛ける。
「高橋くんに話があるから待ってた。少しだけ良い?」
驚いた。
海の方から話し掛けてくること自体珍しいのに、改まって話があるだなんて。
だけど、最近の様子からして、やっぱりなという気持ちもある。
「わかった。先に着替えるからちょっと待っててくれ。」

着替えて戻ると、海は先程までいた端っこの席でなく、真ん中の席で缶コーヒーを二つ用意して俺を待っていた。
俺がいつも使う真ん中の辺り、俺のテリトリーに海が来たという行動から、本当に今から重要な話をするんだという意思表示が感じ取れた。
向かいに座った俺に、微糖の缶コーヒーを差し出す海。
「高橋くんはこれだよね?」
「おう、サンキュー。」
俺の普段飲んでいる物をしっかり把握している。
コイツはそういう奴なんだ。
控えめで気配り上手なくせに、それをひけらかさない。
少し前まで、暗くて気持ちの悪い奴だと思っていたが、話してみれば面白くて良い奴だった。
接すれば接する程にボロが出てくる俺とは正反対だな。
「んで、話って?」
なかなか切り出して来ないので、こちらから話を振る。
「俺、…一花さんと付き合ってるんだ。」
「ふーん…。え?」
一瞬何を言っているのかわからなかった。
「え?付き合うって、彼氏彼女の付き合う?」
コクリと頷く海。
完全に頭が凍りついている。
二人が付き合っていると、短期記憶にはすぐ収納出来たのに、長期記憶にある今までの情報と余りにもギャップがありすぎて、頭も心も情報に追いついていない。
「え?いつから?え?え?どっちから?」
海は頬を赤らめ、テーブルの上で缶を弄びながら、モジモジと話す。
「4日前の飲み会の後から…。最初に好きって言ってくれたのは向こうだけど、俺の方が先に好きだったと思う…。」
その飲み会って、俺もいたじゃん。
って言うか、その飲み会で一花とヒナちゃんが席を外している時、男3人で恋愛話になった場面で海がはっきり言ったんだ。
「俺は一生一人だし、誰も好きにならない。」って。
理由を訊ねた俺達に「俺なんかが好きになるだけで相手に迷惑だから。」って、ネガティブ選手権があったらブッチギリで優勝できそうなくらいの病み発言をしていたのに。
その数時間後に彼女が出来るってどんな奇跡だよ。
そして相手が一花って。
いつの間にそんなことになっていたのか。
何だか置いていかれた様な、除け者にされた様な寂しい気持ちになる。
あれ?
何で、俺はショックを受けているのだろう。
その気持ちを必死で隠し、笑顔で会話を続ける。
「へー、全然知らなかった。お前らいつからお互い好きだったの?」
「一花さんがいつからかは聞いてないからわからない。俺の方は、自覚したのは最近だけど、今思えば高校生の時に初めて見た時から好きだったと思う。」
長いな。
そんなに前から想っていたのか。
最近まで自覚なかったってのも海らしいが、それだけ一途なのも海らしいような気がしないでもない。
俺は誰かのことをそれだけ長く想ったことなんてない。
完全に敗北した気分で、お腹の辺りにポッカリと穴が空いたような喪失感。
しかし一つ気になる。
「ん?ちょっと待って。お前ここ入ったの大学入ってからじゃね?高校の頃から一花と知り合いだったの?」
何気ない疑問を口にする。
「全然知り合いじゃなかった。ここで働いてる一花さん見掛けて、一緒に働きたくて面接受けた。」
「お前…。純粋な目でサラッと怖いこと言うなよ。」
全身に鳥肌が立つ。
一途もここまでいくと恐怖しか生まないな。
「海、それはな、世間ではストーカーって言うんだぞ。」
「ね。俺も自分でヤバいと思う。しかも無自覚だったしね。」
ニコニコと無邪気な顔で言ってのける。
こっちは笑い事じゃないのだが…。
「言われてみれば、一花に絡むとお前ムキになることあったもんな。」
「そうなんだよね。自覚無かったけど。」
海はずっとニコニコしている。
それは不自然なくらいに。
心做しか目の奥が笑っていない様にも思える。
「高橋くん。高橋くんとはこれからも仲良くしていたいんだ。だからもう一花さんのこと虐めないでね?」
ひっ、怖い。
高校生の頃、調子に乗っていて上級生に呼び出された時より怖い。
女友達の彼氏なんて基本的に眼中に無いし、彼女の人間関係に牽制してくる彼氏とか普段は小馬鹿にしているが、海だけは無視できない。
只の束縛野郎ではなく、俺にも非があると思わせる説得力があるし、そして何より純粋に海に嫌われたくない。
俺は海って奴が結構好きなんだ。
「あのな、俺だって彼氏できた女の子には気遣うよ。これからは気を付けるよ。」
「そっか…。それなら良かった。」
海の笑顔が自然なものに戻り、ホッと胸を撫で下ろした。
抹殺されるかと思った。
コイツ、一花のためなら人殺しも厭わなさそう。
そのくらいの狂気を感じる。
「それでね。高橋くんにお願いがあるんだけど…。」
上目遣いにチラッと見てくる。
さっきまでヤベェ奴感半端なかったのに、唐突に可愛いかよ。
俺は人からのお願いに滅法弱い。
特に海みたいにしっかりしてるのかしていないのかよくわからん奴は目が離せない。
「良いぞ!何でも言えよ!」
内容も聞かずに安請けあう。
「本当?高橋くん、ありがとう!」
満面の笑みで礼を言う海。
こんな顔も出来るんだな。
これも一花の影響なのか。
「高橋くん。俺を格好良い男にして欲しいんだけど。」
何だと?
俺は固まった。
海は170cm無く、ヒョロっこい身体をしている。
それとボサボサに伸びきった髪に、耳ちぎれねぇの?ってくらい分厚いメガネ。
今の格好はクソダサいTシャツと、サイズの合っていないダボダボのボトムと、メーカー不明の汚ねぇスニーカー。
格好良くってお前…。
「あのね、お金はいくらかかっても大丈夫だから!」
俺を期待に満ちたキラキラの瞳で見詰めてくる。
かなりの難題だが、金に糸目はつけないなんて、そこまで言われたら俺も腹を括ろうではないか。
「う、うをっしゃ、任せろ?…あー、うん、任せろ!」
海は再度満面の笑みでお礼を言うと、缶コーヒーを両手で女の子のように飲んだ。
お前、わざとやってねぇか?
俺は深いため息を吐いた。
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