傾く方へ

seitennosei

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傾く方へ。

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ビリビリにダメージの入ったTシャツ。
そこから覗くゴリゴリの筋肉とミスマッチな真っ白い肌。
膝小僧が丸見えなショーパンに、奇抜なカラーのバッシュを合わせ。
かなり上まで刈り上がったツーブロックにロングのトップはちょんまげみたいに結っている。
鼻の真ん中には牛みたいな輪っかのピアスが光っていて。
私が言うのもなんだけれど、この人はいつ見ても本当に頭が可笑しいと思う。
数ヶ月振りに対面している社長。
その人物が、これまた見た目とはミスマッチな高めの声で言った。
「辞めさせないよ。」
「いやいや、話聞いてました?私妊娠したんですよ?」
「そんな事より聞いて欲しい。」
「そんな事って…。」
私も大概強引だけれど、この人に適う程強引で人の話聞かない人物ってこの世に居るのだろうか。
「普通私の話が先でしょ…。」
「いや、聞け!俺は今から新店舗出すぞ!だから退職は認めん!」
「は?」
「何処が良いと思う?」
「いやいやいや。」
ツッコミが追いつかない。
ウチはそれ程大きな会社ではない。
6店舗展開で販売員含め社員は30名程、そしてアルバイトが15名程。
その内の社員一人が辞めるって言ってるのに新店舗って。
しかも確定事項みたいな言い方をしているのに出す場所が決まっていないなんて。
「辞めさせないって言ったって私産むよ?長く休むよ?」
「当たり前だろ。何妊婦が体張ろうとしてんだよ。もう店は今から休め。」
「はぁ…。」
さらっとこういう事を言ってくれるから、どんなに強引でも皆うっかり着いて行っちゃうんだよな。
この人は専門時代の先輩で、センスも行動力も当時からずば抜けていた。
それなのにアーティスト独特の気難しさはなく、持ち前の行動力とコミュニュケーション力で卒業後直ぐに起業し、今まで問題なく人脈を広げてきている。
私生活が乱れ可笑しくなった私の事や、私が気に入って引っ張ってきたみーの事も、兄弟のように可愛がってくれていて、絶対に見捨てない。
そういう人なんだ。
「お前もう明日からリモートで良いよ。通販とか社員教育とかの方適当に頼むわ。」
「通販とか社員教育って全然別物じゃん。適当とか無理じゃん。」
「お前なら何とかなんだろ。子供産まれたらベビー服や子供服もやろうぜ!」
「信じらんない…。これ以上仕事増やさないで。」
悪態を吐きつつも私は安心していた。
この人に着いて来て良かったと心底思う。
「新店舗の候補なんだけどさ、今4ヶ所まで絞ったんだよ。」
社長はタブレットを取り出し取り寄せたPDFやスクショした資料をいくつかスワイプして見せてくる。
その中につい最近調べた駅ビルのテナント情報が紛れ込んでいたのを私は見逃さなかった。
「まずなー。横須賀…、横浜、藤沢、町田なんだけど。お前どう…」
「横浜!」
食い気味に叫ぶ。
「びっくりした…。急に大声出すなよ。」
「横浜!断然横浜!」
「落ち着けよ。何なんだよ。妊婦の情緒怖ぇよ。」
一瞬しか見えなかったけど、あれは多分ユリの異動したビルだ。
そこに店舗を出せば。
そしてそこにみーを異動させたら。
みーとユリが自然と会えるかもしれない。
だけど頭をフル回転させて考える。
横浜を推す最もらしい理由を述べなければ。
この人は情に厚いし決して人を切り捨てないけれど、仕事に関して何の根拠もなく好き勝手やらせてくれる程お人好しではない。
私が引き離してしまった女の子とみーの仲を応援したいなんて。
そんなふざけた学生の恋愛ごっこみたいな理由では流石に納得してくれないだろう。
私はわざとらしく分析する様な口振りで話し出した。
「ラインナップを聞くに、社長は神奈川に進出したいんですよね?だったら町田は利便性は良いけど、ちょっと近くないですか?そもそも神奈川じゃないし。」
「そうなんだよ。それは俺も思ってる。」
「後はまあ普通に考えて、まず神奈川第一店舗目って言えば、やっぱり横浜じゃないですか?」
「だよなー。でもなー。」
きっとネックなのは家賃だ。
横浜に店舗を出す場合、ビルと契約する為の金額や家賃が都心に匹敵するくらいに高い。
「それならとりあえず簡単なTシャツとかビンテージのトップス何点か持って、後は帽子とか小物系だけにして、ワゴンの催事枠で三ヶ月契約とかしてみれば良くないですか?」
「うーん。でもなー。俺は神奈川にもガッツリ店持ちたいんだけど…。」
「それは催事やってみてからで良いじゃん。催事が上手くいけばそのまま悪くない条件で本契約出来るかもだし、上手くいかなきゃ別の場所に出せば良いし。」
「そうなー。まあ、…そうねー。」
私は身を乗り出しタブレットを勝手に操作する。
そして横浜の駅ビルの資料を見せながら社長に迫る。
「やってみないと分からない事は、とりあえず決めちゃいましょう!」
「あー!もー、分かったよ!それでいってみっか!」
白い歯をニカッと覗かせ気持ちイイ笑顔。
釣られて私も大口を開けて笑った。
「いやー、まあ、家の嫁さんも『最初は横浜だ』って言ってたしな…。」
「なんだ。じゃあ初めから横浜に決まってた様なもんじゃないすか。どうせ社長に決定権有る様で無いんだから。」
「だよな。」
また顔を見合わせて笑った。
私は今久しぶりにワクワクしている。
妊娠の報告をしても仕事が続けられる事になった安堵感。
新店舗とか新しい事が純粋に楽しみなのも勿論ある。
だけどそれ以上に早くみーに報告したい。
早くみーのケツを叩きたい。
ここまでお膳立てしたんだから、絶対にユリに逢いに行けって。
誰かの為に行動して、そしてそれが幸せで、こんな気持ちはいつ振りだろう?
私はパパと離れて以来初めて純粋に嬉しくて心から笑っていた。

その後は大変だった。
社長は自分が横浜の店頭に立つ気だったらしく、私は「催事だから少ない人手で回さなきゃで現場知らない社長には大変だよ。」とか、「みーなら商品知識だけじゃなくて修理も出来るよ。」とか最もらしい理由を並べ立て、慌ててみーを猛プッシュした。
これから私が産休に入るのにみーまで異動したら今の店舗はどうなるのかと、暫く渋られたけれど、「みーのおばあちゃん家横浜の方なんだよね…。催事期間くらいなら家賃の手当いらないかもなんだけどなー。」と言うと、それが決め手となり横浜出店時の責任者はみーに決まった。
催事枠なので副店長は置かずにみーが兼任する事にもなり、後はこれをみー本人に伝えて背中を押すだけになった。
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