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傾く方へ。
余りの惨状。
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真っ白な壁。
何も敷いていないフローリング。
小さなローテーブルと奥の壁にくっ付けられたシングルベッド。
呆然と立ち尽くす私と、照れ臭そうにベッドに腰掛ける様促してくる凛さん。
「ここ本当に凛さんの家ですか?」
「うん…。」
凛さんは生活感のない家に住んでいるだろうとは思っていた。
だけどこれは、生活感が無いなんてものじゃない。
簡素を極めている。
こんなガチャガチャしたファッションの人がまさかミニマリストみたいな部屋に暮らしているなんて誰が想像できただろう。
「えーっと、服とかは…?」
「ああ、そっちの狭い部屋に押し込んである。そっちは部屋としては使ってないんだ。ウォークインクローゼット的な使い方してて…。」
「そうですか…。」
ここで一旦無言になる。
間を繋ぐ為、私は「失礼しますね。」と一声掛けて凛さんの座っているベッドに腰を下ろした。
そっと座った筈だけど、その衝撃でベッドは軽く軋み、枕元に転がっている何かが弾みで動いた。
それは大きなイルカのぬいぐるみ。
色あせた水色?薄いグレー?
かなり年季が入っていて、元の色が分からないくらい煤けている。
無言で目を向けていると「ああ、これ?」と凛さんがイルカを抱き上げ見せてきた。
「これないと眠れないの。大人なのに気持ち悪いよね。」
そう言って自虐っぽく笑っている。
私は無言で首を横に降った。
「だから誰と遊んでも絶対泊まらないでここへ帰って来るんだ。」
「そうですか…。」
胸に抱いたイルカを優しく撫でる姿はまるで少女の様だ。
古くて汚れてはいるけれど大切にされているだろう事も見て取れる。
それだけでこのぬいぐるみが凛さんにとってどれだけ重要な物なのか理解出来た。
「私こんな感じなのに家はこれだからさ…。ここへはみーしか来た事なかったんだ…。ユリが二人目だよ。」
「どうして…ですか?何で私…?」
凛さんは弱く笑う。
そして小さく首を横に降ると「分かんない…。」と呟いた。
「分かんないけど見て欲しかったんだ。多分。ユリに…本当の私を。」
瞬間、怒りが湧いた。
私も木内さんもそんな特別みたいに思っているのなら、どうして振り回したのか?
私は呆れた様に笑いながら問いかける。
「本当の凛さんって何なんですか?」
凛さんは悲しそうに微笑むとポツポツと呟く。
「狡くて勝手で…。弱くて卑怯で。寂しくて一人じゃ居られないのに、誰の事も好きになれない。」
ここで突然声が震え始める。
そしてアイラインを溶かしながら黒い涙がボロボロと零れ出した。
「だけどみーとユリは特別なの。私は二人とも好きなの。だからみーとユリが二人で居るのは嫌。私が居られなくなっちゃう…。」
苦しげに絞り出された声。
私の手を取り縋り付き懇願してきた。
「お願いだからみーを取らないで。ユリもみーのモノにならないで。」
「じゃあ何で壱哉に手を出したんですか?それがなければ私はきっとまだ壱哉といましたよ?木内さんなんて知らないままだったのに…。」
今更壱哉と戻りたいとは思わないけれど、凛さんさえ可笑しな行動をしなければ平穏で居られたのにと、この激動の数ヶ月間を振り返って思う。
「私が特別って嘘ですよね?じゃなかったら壱哉に手なんか出さないでしょう…。」
「岡田君は頼りないから…。ユリにはもっといい人と付き合っていて欲しい。」
「は?」
そんな少女漫画の下らない友情みたいな理由あるか?
しかも随分と独りよがりだ。
「信じられません。それが本当ならどうして別れさせたかった壱哉と今度は寄りを戻させようとしたんですか?」
「みーに諦めさせたかった…。」
「は?」
木内さんに諦めさせる?
逆ではなく?
「みーはユリの事好きなんだよ。でも本人がそれを認めないようにしてるから…。今のうちにユリが岡田君と戻ればいいと思った。」
「何だそれ…。」
何処まで自分勝手なんだ。
そんな下らない理由で私達は振り回されたのか。
私はただ静かに生きていただけだ。
全くとは言えないけれど、成る可く他人に迷惑をかけないように振舞って生きてきた。
私が凛さんに何をしたと言うのか?
突然巻き込まれて傷付けられて当然の事なんて何一つしていないし、凛さんに執着される程の事をした覚えもない。
「ユリ。お願い。嫌いにならないで。」
「無理ですよ。意味分かりませんもん。」
もうこれ以上関わりたくない。
好き嫌いとか通り越し、ひたすらに恐怖した。
「お願い。…本当の私を受け入れて…。」
そう吐き出して凛さんは嗚咽を漏らし号泣する。
縋り付く手は冷え切って生気を感じないのに、食い込む程力強く。
振り払って逃げる事が出来なかった。
年下の恋敵にグズグズになって縋り付く様。
受け入れる事なんて到底無理な話だ。
情なんて掛けないで離れるべきなのに。
余りの惨状に私は言葉を失うしか無かった。
何も敷いていないフローリング。
小さなローテーブルと奥の壁にくっ付けられたシングルベッド。
呆然と立ち尽くす私と、照れ臭そうにベッドに腰掛ける様促してくる凛さん。
「ここ本当に凛さんの家ですか?」
「うん…。」
凛さんは生活感のない家に住んでいるだろうとは思っていた。
だけどこれは、生活感が無いなんてものじゃない。
簡素を極めている。
こんなガチャガチャしたファッションの人がまさかミニマリストみたいな部屋に暮らしているなんて誰が想像できただろう。
「えーっと、服とかは…?」
「ああ、そっちの狭い部屋に押し込んである。そっちは部屋としては使ってないんだ。ウォークインクローゼット的な使い方してて…。」
「そうですか…。」
ここで一旦無言になる。
間を繋ぐ為、私は「失礼しますね。」と一声掛けて凛さんの座っているベッドに腰を下ろした。
そっと座った筈だけど、その衝撃でベッドは軽く軋み、枕元に転がっている何かが弾みで動いた。
それは大きなイルカのぬいぐるみ。
色あせた水色?薄いグレー?
かなり年季が入っていて、元の色が分からないくらい煤けている。
無言で目を向けていると「ああ、これ?」と凛さんがイルカを抱き上げ見せてきた。
「これないと眠れないの。大人なのに気持ち悪いよね。」
そう言って自虐っぽく笑っている。
私は無言で首を横に降った。
「だから誰と遊んでも絶対泊まらないでここへ帰って来るんだ。」
「そうですか…。」
胸に抱いたイルカを優しく撫でる姿はまるで少女の様だ。
古くて汚れてはいるけれど大切にされているだろう事も見て取れる。
それだけでこのぬいぐるみが凛さんにとってどれだけ重要な物なのか理解出来た。
「私こんな感じなのに家はこれだからさ…。ここへはみーしか来た事なかったんだ…。ユリが二人目だよ。」
「どうして…ですか?何で私…?」
凛さんは弱く笑う。
そして小さく首を横に降ると「分かんない…。」と呟いた。
「分かんないけど見て欲しかったんだ。多分。ユリに…本当の私を。」
瞬間、怒りが湧いた。
私も木内さんもそんな特別みたいに思っているのなら、どうして振り回したのか?
私は呆れた様に笑いながら問いかける。
「本当の凛さんって何なんですか?」
凛さんは悲しそうに微笑むとポツポツと呟く。
「狡くて勝手で…。弱くて卑怯で。寂しくて一人じゃ居られないのに、誰の事も好きになれない。」
ここで突然声が震え始める。
そしてアイラインを溶かしながら黒い涙がボロボロと零れ出した。
「だけどみーとユリは特別なの。私は二人とも好きなの。だからみーとユリが二人で居るのは嫌。私が居られなくなっちゃう…。」
苦しげに絞り出された声。
私の手を取り縋り付き懇願してきた。
「お願いだからみーを取らないで。ユリもみーのモノにならないで。」
「じゃあ何で壱哉に手を出したんですか?それがなければ私はきっとまだ壱哉といましたよ?木内さんなんて知らないままだったのに…。」
今更壱哉と戻りたいとは思わないけれど、凛さんさえ可笑しな行動をしなければ平穏で居られたのにと、この激動の数ヶ月間を振り返って思う。
「私が特別って嘘ですよね?じゃなかったら壱哉に手なんか出さないでしょう…。」
「岡田君は頼りないから…。ユリにはもっといい人と付き合っていて欲しい。」
「は?」
そんな少女漫画の下らない友情みたいな理由あるか?
しかも随分と独りよがりだ。
「信じられません。それが本当ならどうして別れさせたかった壱哉と今度は寄りを戻させようとしたんですか?」
「みーに諦めさせたかった…。」
「は?」
木内さんに諦めさせる?
逆ではなく?
「みーはユリの事好きなんだよ。でも本人がそれを認めないようにしてるから…。今のうちにユリが岡田君と戻ればいいと思った。」
「何だそれ…。」
何処まで自分勝手なんだ。
そんな下らない理由で私達は振り回されたのか。
私はただ静かに生きていただけだ。
全くとは言えないけれど、成る可く他人に迷惑をかけないように振舞って生きてきた。
私が凛さんに何をしたと言うのか?
突然巻き込まれて傷付けられて当然の事なんて何一つしていないし、凛さんに執着される程の事をした覚えもない。
「ユリ。お願い。嫌いにならないで。」
「無理ですよ。意味分かりませんもん。」
もうこれ以上関わりたくない。
好き嫌いとか通り越し、ひたすらに恐怖した。
「お願い。…本当の私を受け入れて…。」
そう吐き出して凛さんは嗚咽を漏らし号泣する。
縋り付く手は冷え切って生気を感じないのに、食い込む程力強く。
振り払って逃げる事が出来なかった。
年下の恋敵にグズグズになって縋り付く様。
受け入れる事なんて到底無理な話だ。
情なんて掛けないで離れるべきなのに。
余りの惨状に私は言葉を失うしか無かった。
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