傾く方へ

傾く方へ。

嬉しくて幸せで少し悲しい。

『駅にいます。』
そうメッセージして駅で待っていると１０分程で木内さんが現れた。
スーツやフォーマルな格好の人達の群れの中。
上下グレーのスウェットにスニーカーと言うカジュアルを極めた装い。
しかも着の身着のままで飛び出して来た事を象徴するかの様に、財布やスマホでポケットが歪に膨らんでいる。
こんなオフの木内さんは初めてだ。
人波の中、私の姿を捉えると木内さんは小走りでこちらへ向かって来た。
いつも気だるげで飄々としている彼が私の為に駆け付けれくれた。
そう思うと鼻の奥がツンと染みる。
｢なんだよ…、意外と平気そうじゃん。｣
目の前まで来た木内さんが言った。
｢心配させんなよー。ホント焦ったわ。｣
心配してくれたんだ。
凛さんじゃないのに、ここまでしてくれるんだ。
｢ほら、行くよ。｣
骨ばって暖かい手に右手を掴まれ固まった。
｢え？｣
｢え？じゃないよ。何の為に俺を呼んだんだよ。｣
その言葉で慌てる。
そうだった。
今日は木内さんとは会えないんだった。
改札に向かって私の手を引く彼を引き止め口を開く。
｢木内さん。私、今日生理で…。｣
｢は？だから何？｣
立ち止まって振り返った木内さんは不機嫌そうに返す。
｢今それ関係あるか？｣
｢いや、だって…。できないですよ？｣
｢はー…。｣
頭をガシガシと掻きながら大きな溜息。
駅の改札前で泣きべそかいた女と、あからさまに不機嫌な男。
通り行く人達がチラチラと見て行く。
そんな周囲の様子なんて全く気にする素振りもなく、木内さんは苛立っていた。
｢君さ！｣
唐突な大声。
ビックっと身体が跳ねる。
｢ヤれなきゃ会わないだろうって思ってる様な男に思わず助け求めちゃう程嫌な事があったんでしょ？！｣
ギュッと胸が締まった。
視界がぼやける。
さっきの心細かった気持ちを汲まれ、また泣けてきた。
｢…っ。｣
声も出せずに頷く。
木内さんは左手で私の右手を繋いだまま向かい合い、残りの右手で頭を包み抱き寄せてくれる。
｢大丈夫だから。…行くよ。｣
涙と鼻水でグズグズになりながら、手を引かれて行く。
木内さんの優しさが、暖かくて。
だから私は嬉しくて、幸せで。
それで少し悲しくなった。