休憩室の端っこ

seitennosei

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平日の午前中。
店舗の賑わいがひと段落する時間帯。
社員さんから資材整理を頼まれ、埃っぽい倉庫に一人佇む。
電気を付けてもうっすら暗いような場所なので、手の空いている男子がいないと、私が頼まれることが多い。
ネズミが足元を駆け抜けていくような場所だ。
確かにこんな仕事では学生の女子達に頼みたくないのも頷ける。
まずは足元の重たい資材から片してしまおうと、しゃがんで棚の下の方を漁る。
接客などと違う簡単な作業は、どうしても頭が暇になる。
何の為にとって置いたのか理解に苦しむ壊れた道具や、現在はもう取り扱っていないメニューに関する資材を、躊躇いなくゴミ箱へ突っ込みながら海くんのことを考える。
ユナのような美少女に好意を持たれたら、流石の海くんでもコロッと落ちてしまうかもしれない。
むしろ海くんの様なシャットアウト型で人間関係に免疫がない人程、ユナの様に人懐っこい女の子が近付いてきたらイチコロな気がする。
そんなことを考えるだけで胸が苦しくなる。
私の物にならないのは百も承知だが、他の誰かの物にもなって欲しくないと、自分勝手に思ってしまう。
こんなエゴ全開な思考はしたくないのに、誰かに取られる前に触れ合える仲になりたいと、どうしても焦ってしまう。
私はいつも無表情で淡々としている海くんの余裕のない顔が見たいんだ。
白い首に唇を這わせ、吸い付き痕を付けてみたい。
一体どんな反応を返してくれるのだろう。そして海くんはどんな風に女の子に触るのだろう。
普段通り優しくなのか、それとも本能に忠実に振る舞うのか。
どんな求められかたであっても、私は嬉しいけれど。
海くんの吐息、眉根を寄せ切なそうに細める目を想像する。
一度も味わったことはないのに、容易く思い浮かべることが出来る。
その時、壁に立て掛けていた資材が倒れ、ガサッと大きな音で現実に引き戻される。
いくら退屈な単純作業とはいえ、仕事中に私はなんてことを…。
好きな人の霰もない姿を想像するなんて、まるで思春期の男の子みたいだと自分で恥ずかしくなる。
真剣に整理をしようと気を取り直していると、副店長の田島さんが海くんを連れて倉庫に入ってきた。
今ですか。このタイミングですか。と心の中で呟く。
ほんの少し前まで妄想していた想い人本人が現れ、後ろめたさから軽く目が泳ぐ。
「一花、上にあるソース1ケース取って海に渡しておいて。お前なら届くだろ?」 
「は、はい。」
田島さんに言われ、立ち上がり手を伸ばすと、それまで黙っていた海くんがスっと横に立った。
「俺がやるから、一花さんはそのまま下の作業続けてて。」
「…ありがとう。」 
お礼を言って一歩下がる。
顔が近くてドキッとした。
背の高い男性に上から見下ろされるのも嫌ではなかったけど、同じ高さの目線で海くんと並べることを幸せに思う。
私の代わりに背伸びをし、ソースのケースに手を伸ばす海くんを後ろから眺める。
この背中なら何時間でも眺めていられる。
写真に撮って額縁に入れて部屋に飾りたい。
まさか実際に撮影する訳にはいかないので、その姿を網膜に焼き付けていると、後ろから田島さんのデリカシーのない声が響く。
「えー、海でも一花でも一緒だろ?身長変わんねんだからさ、お前ら。」
なんて失礼な人だろう。
自分が振った仕事を引き受けてくれている人に向かって言う言葉じゃないだろう。
ムッとして何か言い返そうと言葉を探していると、「一緒じゃないです。」と、海くんが珍しく大きめの声を出した。
「一花さんはスカートじゃないですか。男がいる時は男に頼むようにして下さい。」
降ろし終えたケースを抱えたまま振り向くと、不機嫌そうに言い放った。
自分の身長についての発言を怒っているのではない。
私を女性扱いしない態度について怒ってくれているのだ。
心臓がギュッとする。
海くんはいつも私以上に私を大切に扱ってくれる。
田島さんはバツが悪そうにボリボリと頭を掻いていた。
普段口答えのしない海くんに意見され、どう対処していいものか困っているのだろう。
「お、おう、わかったよ。まあ…、じゃあ、後よろしくな。」
薄暗い倉庫に私たち2人を残し、そそくさと去っていった。
年下のバイトに叱られていたたまれなかったのだろうか。
元々一言多くて、よく店長に怒られているのを見かけてはいたけど。
少しは良い薬になっただろうか。
シラケた顔で田島さんの背中を見送っていると、海くんが心配そうに顔を覗き込んで来た。
「海くん。ありがとう。」
「いや…。なんか出しゃばって逆にごめん。」
気を取り直し、先程言いそびれていたお礼を伝えると、海くんは少し反省したように呟いた。
そんな必要はないのに。
さっきの言葉がどれだけ私にとって嬉しいものだったのかをしっかり伝えなくてはいけない。
「謝らないでよ!嬉しかったんだよ!私いつも女扱いして貰えないからさ。なんか…。なんか大事にされてるみたいで嬉しかった。」
素直に気持ちを口にして顔が耳まで熱くなる。
急に告白している気分になってきた。
赤くなった私を見て、海くんも頬を染めながら顔を背けた。
埃臭いだけだった倉庫に、甘酸っぱい空気が充満する。
反応を見るに、自惚れた勘違いでなければ、海くんも私を悪くは思っていないような気がする…。

「ユナは海さんアリです!」

瞬間、先日のユナの発言が蘇る。
一瞬にして顔の熱が引いた。
たったの一言を思い出しただけで、どんどん心が冷えていく。
未だ頬を赤くしたまま横を向いている海くんを見て切なくなる。
今、どれだけの人が彼の良さに気付いていて、どれだけの人が彼を好意的に思っているのだろうか。
自信もないし、不安は尽きないけれど、それでも私が一番海くんを好きでいたいと強く思った。
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