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「ゴホッ!」

心臓が軋むように痛い。
先程まで奪われていた体温が、今度は身を焦がすほどに燃え上がっていく。


「ステラ!」
名前を呼ばれ、何とか目を開けると、ヴェイル様の泣きそうな顔が、視界に飛び込んできた。


泣かないで。
私は、大丈夫…。

ヴェイル様を慰めてあげたくても声が出ない。
しがみ付いたヴェイル様の胸元には、私が吐いた血が、ベッタリとこびり付いていた。


「巫女殿!ステラを助けてくれ!」

ヴェイル様の悲痛な声を聞いた姫様が、こちらに駆けてくる。
その僅かな間も、ヴェイル様は、私を繋ぎ止めようと、必死に声をかけ続けてくれた。


「ステラ、大丈夫だ。今、助けるから。だから、頼む!もう少しだけ、頑張ってくれ。」

「ステラ!聞こえる?意識を呑まれては駄目よ!ステラ!」

ヴェイル様と姫様の声が、靄がかっているかのように上手く聞き取れない。
意識を手放さないように足掻いても、痛みと共に、徐々に感覚が薄れていく。


「ハハハハハハ!無駄だ!無駄だ!ステラ、お前が居るべき場所は、こちらだ。そうだろう?お前は、知っているはずだ。その死の苦痛から逃れられるのは、我の側だけだと。」

「やめろ!」
殆ど見えなくなった私の目に、ヴェイル様の青い炎が映った。


温かい…。
強くて、綺麗な、ヴェイル様の青。
私の憧れる青。

それに触れたくて手を伸ばしてみたけど、私の手は、今、動いているのだろうか。
感覚がなくて分からない。


「さあ、こちらに堕ちて来い、ステラ。そして、思い出せ。幼少のお前を助けてきたのは誰かを。いつも側にいたのは、親でも、そこの異能者でもない、我だけだったことを。」


いつからだっただろう。
幼い頃、いつも一人だった私には、私にしか声が聞こえない秘密の話し相手がいた。
いつの間にか、その存在は、私の唯一の友達になっていたのだ。


「そうだ。だが、それだけでは、なかっただろう?あの薄汚い実験室で、お前は、何度死の淵に立った?その度に助けてやっただろう?」


そうね。
貴方は、死に沈みそうになる私を、いつも掬い上げてくれた。


「そうだ。お前の唯一の味方は、我だけ。お前を売った親も、蔑んできた辺境の町の奴らも、お前を苦しめたサージェントの前王も、お前を捨てた異能者も、お前を欠陥品で生んだ神も、全てがお前の敵だ。」

魔物の王の言葉は、私の心の中に易々と侵入してくる。否定したいのに、なぜかそれが出来ない。彼の声が、暗示のように、私の心を離してはくれなかった。


「ステラ!それは違う!俺達は、敵なんかじゃない!それは、ステラが一番良く知っているはずだ!ステラがいるべき場所は、そっちじゃない!」

ヴェイル様の声が、堕ちそうになる私の心をギリギリのところで繋ぎ止めてくれた。


そうよ!
私は、ヴェイル様と共に生きると約束したの!
だから、そちらにはいかない。

私は、感覚の無い手で、ヴェイル様の服を握りしめる。決して、ヴェイル様から離れないように。


「ハハハ!ステラの苦しみの元凶が、今更何を言う!ああ、これは愉快だ!可笑しくて堪らない。」

「そうだ。ステラが苦しんだ原因は俺だ。だから、俺は人生の全てを賭けて、彼女を守る。」


「ハハハハハ!もう、遅い!もう、何もかもが遅いのだ。そうだろう、ステラ?さあ、思い出せ、お前の願いを。苦痛の日々に、お前は何を願った?我に何を望んだ?さあ、さあ、堕ちて来い、『フローラ』。」


『フローラ』
その名前は、捨てたと思っていた。
主人に助け出されたあの時、私を苦しめてきた研究施設に、憎しみの感情ごと置いてきたのだと。
だから、まだ、こんなにも私の内に残っていただなんて思わなかった。


「さあ、『フローラ』の願いを共に叶えよう。」

心の内に、そう甘く囁かれた瞬間、私の意識は、完全に闇の底に沈んでいった。




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