上 下
106 / 163

3-14

しおりを挟む
神殿の中央部にある聖堂の中で、姫様は石畳の床に膝を突き、神に祈りを捧げていた。床まで広がった姫様の美しい金の髪が、天窓から降り注ぐ光を浴びて、淡く輝いている。
そんな姫様を、この地に降臨した神を模したとされる白磁の像が、静かに見下ろしていた。


「姫様…。」

壊してはいけないような荘厳な空気が漂う中、私の小さな呟きを拾った姫様が、ゆっくりとこちらに振り返った。


「とうとうこの日が来たわ。魔物の王が、その姿を地上に現した。」
姫様は、覚悟を決めた表情で、端的に、けれど、はっきりとその短い言葉を告げた。


「…はい。」

私の心臓が、ドクンと大きな音を立てて跳ねる。覚悟していたことなのに。
辛うじて足の震えは耐えているけど、指先はどんどん血の気を失っていった。
そんな私の体に、トンっと、ヴェイル様の温かな体が当たる。
視線を落とした先には、ヴェイル様の力強い黄金の瞳があった。


大丈夫。
私には、ヴェイル様がいるもの。
だから、大丈夫。

私は、背筋を伸ばして姫様に向き直った。


「魔物の王は、私達がいるこの地に向かって来ているのですか?」

「それはまだね。今のアイツは、魔の毒気の中から動いていないの。」


魔物の王が動いていないのなら、まだ私達に気付いていないのかしら?

私は、ヴェイル様とお揃いの魔力封じの魔石に触れた。


「それで、ヤツは今どこにいるんだ?」

ヴェイル様の質問に、難しい顔をした姫様が、溜息を吐きながら答えた。


「ガイナイル山脈の中央、バルフレア山の火口よ。」


「チッ。よりにもよってあそこか!近付ける者が限られる。異能者でも長時間はきついぞ?どうする?」

「分かっているわ。でも、魔物の王が今、どんな状態にあるのか確認する必要があるのよ。」

「クソッ!厄介だな。」

物々しい二人の会話に入れず、オロオロしながら様子を伺っていると、ヴェイル様と姫様が、状況を噛み砕いて説明してくれた。


「ガイナイル山脈は、中央のバルフレア山に近付く程、地が荒れている。火口から定期的に、毒の霧が吹き出すからだ。そのせいで、山脈に住む山の民でも、バルフレア山には近付けない。」

「最近、その毒の霧が、一段と増したと山の民から報告があったの。それで魔道式無人機を使ってバルフレア山を調査したら、火口にアイツの姿を見つけたのよ。」

「山の毒霧自体が、魔の力で生み出されていた可能性があるな。あの毒は、自然界で発生したにしては強力過ぎる。何しろ、人に幻覚を見せ、精神を崩壊させる毒だからな。」

「そ、そんな危険な毒…。ヴェイル様!お願いです!行かないで!さすがのヴェイル様だって…。」


ヴェイル様だって、そんな毒はきっと耐えられない。
ヴェイル様が死ぬぐらいなら、私は自分の命を差し出すわ。

私は涙を堪えながら、ヴェイル様の背に触れた。


「ステラ、安心して。あんな場所に貴重な異能者を行かせるようなことはしないから。でも、どうしようかしら…。」

俯き気味に考え込んでしまった姫様を見て、ヴェイル様が、仕方ないと溜息混じりに呟く。


「毒に強い一族に心当たりがある。そこに協力を仰ごう。」

そう言うと、ヴェイル様は伸び上がって、私の目尻をペロリと舐めた。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

番が見つけられなかったので諦めて婚約したら、番を見つけてしまった。←今ここ。

三谷朱花
恋愛
息が止まる。 フィオーレがその表現を理解したのは、今日が初めてだった。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

運命の歯車が壊れるとき

和泉鷹央
恋愛
 戦争に行くから、君とは結婚できない。  恋人にそう告げられた時、子爵令嬢ジゼルは運命の歯車が傾いで壊れていく音を、耳にした。    他の投稿サイトでも掲載しております。

私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした

さこの
恋愛
 幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。  誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。  数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。  お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。  片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。  お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……  っと言った感じのストーリーです。

帰らなければ良かった

jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。 傷付いたシシリーと傷付けたブライアン… 何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。 *性被害、レイプなどの言葉が出てきます。 気になる方はお避け下さい。 ・8/1 長編に変更しました。 ・8/16 本編完結しました。

7年ぶりに私を嫌う婚約者と目が合ったら自分好みで驚いた

小本手だるふ
恋愛
真実の愛に気づいたと、7年間目も合わせない婚約者の国の第二王子ライトに言われた公爵令嬢アリシア。 7年ぶりに目を合わせたライトはアリシアのどストライクなイケメンだったが、真実の愛に憧れを抱くアリシアはライトのためにと自ら婚約解消を提案するがのだが・・・・・・。 ライトとアリシアとその友人たちのほのぼの恋愛話。 ※よくある話で設定はゆるいです。 誤字脱字色々突っ込みどころがあるかもしれませんが温かい目でご覧ください。

『番』という存在

恋愛
義母とその娘に虐げられているリアリーと狼獣人のカインが番として結ばれる物語。 *基本的に1日1話ずつの投稿です。  (カイン視点だけ2話投稿となります。)  書き終えているお話なのでブクマやしおりなどつけていただければ幸いです。 ***2022.7.9 HOTランキング11位!!はじめての投稿でこんなにたくさんの方に読んでいただけてとても嬉しいです!ありがとうございます!

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...