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ああ、行っちゃった...。

太陽が完全に上り、ジリジリとした暑さを感じる昼前、サウザリンド王国の面々に見送られて、サージェント王国の使節団は国へと帰っていった。
家族と離ればなれになってしまったような寂しさと不安に包まれ、私は、彼らが消えた魔法陣からいつまでも目が離せなかった。
そんな私の肩に、大きな手が乗る。


「大丈夫だよ、ステラ。治療が終われば、すぐに帰れるから。それに、あの魔法陣があれば、いつでもみんなに会える。だから、そんな悲しい顔しちゃ駄目だよ。」
ゼイン先生は、にっこり笑うと、私の頭を撫で始めた。その時、ふと、壁際にいるヴェイル殿下の姿が私の目に写る。

ヴェイル殿下に、あんな醜い傷を見せてしまった。別に、わざわざこんな傷を見せなくても、夜会の件なんて、誤魔化せたのだ。
でも、気付いたら、衝動的に体が動いていた。
多分、私は、ヴェイル殿下の言葉に反発したんだと思う。そんな自分が恥ずかしくって、情けない。

冷静になった後、私は慌ててヴェイル殿下に手紙を書いた。直接会って、謝りたい旨を伝えるために。

謝罪に訪れた時、ヴェイル殿下は、私を怒ってはいなかった。高価なドレスを贈った挙句、八つ当たりで返されたというのに。それどころか、配慮に欠けていたと、膝を突いて謝罪してきたのだ。
ヴェイル殿下は、どうしてこんなに優しいのだろう。
正直、少し困る。私の心臓が落ち着かなくて。



「じゃあ、これからの説明もあるし、部屋を変えようか。殿下も宜しいですか?」
ぼうっとしていると、ゼイン先生に話しかけられた。反応の鈍い私の代わりに、ヴェイル殿下が了承の返事を返す。そして、殿下は私達のために、扉を開けてくれた。


「ステラ、大丈夫か?」
ゼイン先生に続いて、広い廊下に出ると、突然、ヴェイル殿下に話しかけられた。
私は、何の事を問われたのか分からず、首を傾げる。


「いや、その、先程泣きそうになっていたから...。」

「あ、はい。少し不安になってしまって...。子供みたいで恥ずかしいです。」

「貴女は今回、初めての外国訪問だったのだろう?不安に思うのは当たり前だ。気にする事はない。辛かったら遠慮なく誰かを頼れ。いいな?」

「はい、ありがとう、ございます。」
ヴェイル殿下の気遣いは嬉しい。でも、今はなんだか居た堪れなくて、ぎこちなくお礼の言葉を口に出す。すると、ヴェイル殿下が困ったような顔をしていた。


「ああ、俺の言い方の問題か...。」
突然、ヴェイル殿下は足を止めると、綺麗に結ばれた自分の黒髪を掻き乱し始めた。
その様子をオロオロと見ている間に、ゼイン先生はどんどん先に行ってしまう。

先生を呼び戻そうと、声が喉から出かかった時、ヴェイル殿下の手が私の手を優しく掴んだ。
そして、そのまま彼の腕に導かれ、エスコートの型に収まる。
私がポカンとしていると、ヴェイル殿下はゆっくり歩き出した。


「国際会議が終わって、あれだけ賑やかだった王宮も随分寂しくなった。だから、ステラ、人恋しい俺のために、話し相手になってくれないか?治療と仕事の合間の短い間で構わない。報酬として、美味い茶と菓子も用意しよう。どうだ?」
突然、変な行動を取ったと思ったら、今度は真面目な顔で突拍子もない事を言われた。だからだろうか。私の中にあった不安がかき消え、笑いが込み上げてくる。


「ふふ、それは、魅力的な報酬ですね。ぜひ、私で良ければ、話し相手に雇って下さい。」

「ああ、よろしく頼む。」

前を向いたヴェイル殿下の顔は、少し赤くなっていた気がする。






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