恋人はパワーショベルの達人

紅灯空呼

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第1章 パワーショベルウィザード

1.〈 03 〉

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 猪野さんは〈PageOn〉がよっぽど気に入ったみたいで、今もあれやこれやと操作を続けてらっしゃる。
 この人も小説が好きなのかなあ? それともプログラマー魂に火がついて、アプリの仕組みを調べるのが楽しいだけ? 小説好きだとすると、もしかすると話が合うかもね。
 で、手持ちぶさたなアタシは、ホットレモネードと水をほとんど全部飲んじゃったものだから、ちょいと催してきちゃった。だから黙って席を立つ。

「正子どこ行くの?」

 向かいにいるトンコが聞いてくる。やっと起きたね。ていうか察しろ!
 それでアタシは片手で口を隠して答える。

「お花の園へ」

 猪野さんもパソコンの手をピタッと止めてこちらを見てる。なにかいいたそうな顔だね。でも「ビタミンCは利尿作用もありますから、効果テキメンですね」とかならノーサンキューです。まあさすがにそこまでヤボじゃあないよねえ。

 そして1人きりになったアタシは、シャシャ~~~ン♪ とすませながら、ちょっと真剣に考えてみる。
 もしも猪野さんが「大森さん、この後2人で映画などはいかがでしょうか? 夜はディナーもごちそうしますよ」なんて誘ってきたらどうしよう? てことをね。

 まあベストな対応は、食事まではつき合ってあげることだ。
 食べ終える頃に「あらもうこんな時間! 遅くなるとお父さん心配しちゃうし、アタシこれで失礼します。どうもごちそうさまでした。プログラムもありがとうございます!」でサヨナラするね。あの男、すこぶる落胆するでしょうよ。どんな顔するかなあ? えへへへ。
 よっし、それで決まり!

 念のため鏡で仮面チェック…………うん、異常なし!
 ところがどすこい、爽快な気分と表情でテーブルに戻ったものの、ノート型パソコンもろとも猪野さんの姿が消えている。アタシ1人相撲してたね。

「ねえパワーショベルの達人さんは? ていうか、さっきのプログラムは?」
「USBメモリに入れてくださったよ」

 トンコは、シャーペンの芯ケースみたいなスティックを握っている。アタシとしてはそれさえあれば十分だわ。

「猪野さんは緊急呼び出しがあったの。なんでも彼の常駐先会社のシステムにトラブルがあって、でも担当社員がなかなか捕まらないから、助っ人にきてくれって頼まれたそうよ。それで大急ぎでそちらへ向かわれたの」
「あらまあ、日曜も働くだなんて、パワーショベルウィザードは大変なのねえ」
「そうよ、あの方は真面目な働き者だから。あそれから、カッコいい僧侶みたいな笑顔で『大森さんによろしくお伝えください!』ですって」
「あっそう」

 しれっとした顔のアタシ。でも心の中は「アタシの体をお目あてにしてプログラム作ってきたのに残念だったね」とか「微かながらイケメン僧侶みたいな横顔の、あの男となら、食事デートくらいしてもよかったんだけどね」とか思っているのです。

「そんじゃあ、怠け者のアタシはそれもらって帰るとすっかな」

 そういって一歩前に進んで片手を伸ばす。

「猪野さんのアフターサポート20時間つきで、正子だから16万円でいいよ」
「金取る気か!! しかもなんですかあ、その圧倒的な金額!?」
「相場だよ。それが猪野さんの品質だもの」
「いやいやいやいや、そうじゃなくて!」
「なにが?」

 とぼけんな! なんだこいつ? 大恩あるアタシを相手に商売ですか!?
 プログラムとケンカをセット販売しようってぇのか!
 ていうか、さっき心の中でこんなやつに謝罪したアタシもお人よしだった。

 そもそも昨日トンコが連絡してきたのは、最初からアタシを金づるにして大枚をかすめ取る魂胆だったのよ。猪野さんが僧侶役に似ているなんてのも95%は詐欺だし。
 16万円? ――誰が払うもんか! ていうか、持ってねえよ!

 ああでもアタシ、プロのプログラマーが出張してきてデモンストレーションするのを最後まで見てしまった!
 それを理由にして「金払え! 訴えるぞ!」なんて脅すつもりか?
 もしかして、トンコが電話したら、怖いお兄さんが2人組で現れるのかも?

 いやいや、まずは冷静になれマサコちゃん! ここは相手がどう出てくるか様子見しながら、なるべく穏やかに対応するのがベストだわ。
 よっし、それで決まり!

 立ったままは疲れるし取りあえず着席した。

「お金が必要になるなんて昨日1言もいってなかったでしょ?」
「うん。でも無料ともいってなかったよ。お金取るのがワタシのお仕事だし」
「お仕事! はぁ、なにそれ!?」
「人材派遣。こちらが契約書になります。よくお読みになりご署名ください」
「ぬぁ?」

 トンコのカバンから書類が出てきてテーブルに並ぶ。4枚あるよ。
 やっぱり組織ぐるみの犯行!? バックに弁護士とかいるんだ。おお怖っ!
 あ、いやいや違うよ、違うんですわ!! だってアタシがこの契約書にサインしなきゃ、支払い義務も発生しない。だから大丈夫なんだわ。そのはず。
 もうアタシなにも怖くないんだよ!

「それとワタシ今ここで働いてるの。どうぞ」

 トンコは平然とした顔つきと手つきで名刺を差し出してきた。
 思わず受け取る。状況に飲まれちゃってる? まあ拝見してやるよ。
 左上に会社のロゴマークがある。なにを表現したいのか、アタシにはさっぱりわからん。その右横に〈株式会社 ノウブルビッグバン〉と、ややでかい文字で書いてある。
 中央に〈営業部 営業課・主任〉、〈コーディネーター〉、〈京極東子〉が並んでいる。氏名だけは特に文字がでかい。
 下方に細かい字で、〒と住所とビル名、Tel番号、Fax番号、会社URL、会社Eメール、トンコEメールが書いてある。目が疲れてムカつくわ!
 そして裏返す。わあ真っ白! ていうか、それが普通だわ!
 ビリッと破って真っ2つにしてやってもいいけど、場所も場所だし大人げないし、裏向きのままテーブルに置いた。イヤミをいうくらいは許す、アタシをな。

「ノウブルビッグバン、ふうん〈気高き大衝撃〉ね、ベラボウな社名だ」
「そうかなあ」
「そうなのよ。でもねえ、その名に反してやることが過ぎるぞ!」
「どうして?」
「いわずもがな!!」
「ん……?」

 この女にはイヤミも通じないってか。オメエ強ぇーな、アタシまいったぞ。
 しっかし、楽しいはずの日曜午後になんでまたアタシは、こんなイヤな状況に置かれてんのかしら?
 ホント体の力が抜けちゃうわ。マサコちゃんヘナヘナ~。
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