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第2章 お友だちから始めるのでも

2.〈 02 〉

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 パワーショベルの達人であるだけでなく、実は人気作を打ち出せるWEB小説作家でもあった猪野さんが静かに語り始めた。

「僕は〈小説家になるわ〉で〈BANバン〉されてしまったのです。今から3年前の春でした。社会人になってからは毎日が忙しくて創作の興味も失せており、もうその頃には作品の更新をしていませんでした。それでもメールで通知を受けたときはショックでしたよ。僕がアカウントを作って『人気だす草なぎ君!』の投稿を始めたのは10年前のことで、当時は高校2年生でした。最初の5年間はまったく人気も出ず、総合評価はずっと2ptポイントでした。あの頃の僕はさまざまな面で未熟だったのです。まず〈ジャンル違い〉で警告がきて、次は性描写に関して〈R15〉では不十分という理由で2度目の警告を受けました。女の子になっちゃった草なぎ君の初エッチシーンが〈R18〉に該当していたのです。もちろんどちらの警告に対してもすぐに修正を行いました。そして少しずつ人気が出るようになってから2年が過ぎ、アダルトゲームの購入ページに飛ぶURLを載せていたことで3度目の違反となり強制退会に至りました……、僕の思慮がたりていませんでした」
「そうだったんですか。えっと確か〈虚史詩うろしし〉とかいうユーザー名でしたよね?」
「その通りです。覚えていてくださって、どうもありがとうございます」
「いえいえ」

 こちらこそ、おもしろい作品をどうもありがとうございました。

「この『人気だす草なぎ君!』は別サイトに掲載しないんですか?」
「しません。僕は規約違反という重大な過ちを3度も繰り返したのです。多くの方に多大なご迷惑をおかけしました。もう2度と作品をネット上に公開しないと心に決めました。この失敗を人生の教訓にするのだとも誓いました。戦国時代の武将で、戦に負けた情けない自分の姿を絵師に描かせて、生涯の戒めにしたという逸話が残っているでしょう?」
「はい、知ってます」

 アタシは「この人は厳格なんだなあ」と感心します。それでいて、ちょっとエッチなファンタジー小説を書けるという意外な面もあって、なんだか不思議。
 しっかし、この猪野さんとまさかWEB小説について語り合えるとはね。もうまったくの想定外だったわけよホント。

 思えば、アタシには彼氏でない男友だちが今まで1人もできなかった。
 今のアタシの気分は新しい発見なんだと思う。なんというか「お友だちから始めるのでも」悪くはないかもってね。
 最初から彼氏と決めてつき合った連中は、どれもこれもハズレだったから。特に最後の吾郎なんてのはすぐ逆ギレしやがるし、いつも足がすこぶる臭かった。
 まあ今となってはどうでもいいけど……。

「そのデジタルフォトフレームのOSはAsteroidアステロイドでしょうか?」
「はい、そういう名前みたいです。インターネットもできるんですよ」

 OSの名前なんて、アステロイドだろうとアルカロイドだろうと、どっちでもいいことだけどね。役に立てばいいのよ、アタシの下僕のようにね。へっへへへ~。
 それはそうと、アタシたち2人の会話もずいぶんスムーズになってきてる気がする。いつもの〈8倍返し〉も少なくなったし、むしろアタシの方が多くしゃべってるくらいだわ。こういう雰囲気もいいわねえ。

 この猪野さんの声は綺麗とまではいえなくても、そこそこ魅力的ではある。
 いい意味で耳につきやすいというか、聞いていて心地いい。アタシもときどき同じようなことをいわれたりするんだけど、なにか人に説明したりするお仕事をする者としては、そういう点が有利なのよ。
 アタシが勤めている塾でも「大森先生は声が綺麗です」とかいってくれる男子生徒もいたりするわけよ。だから「そうよ、顔とスタイルだけじゃないのよ」なんて返すと、その子は「心はどうなのですか?」なんて、生意気なことをいいやがったりするの。

「10年前というと、お手頃な価格のアステロイドOSタブレットなどは、今ほど出まわっていなかった頃だと思いますが、よくお買い求めになられましたね?」
「お父さんが秋葉原に連れて行ってくれたんです。それで在庫処分品9千800円だったのを見つけて、お父さんから1万円もらって買おうとしたんです。そしたら消費税5%込みだと290円オーバーで、それもお父さんが出してくれました」
「いいお父さんですね。そしてこのデジタルフォトフレームは思い出の品というわけだ。そうしますと、大森さんは今もこれを使って日夜WEB小説をお読みになっておられるのですか?」
「いえ、まあこれで読むこともあるんですけど、でも最近のWEB小説はほとんどスマホを使ってます。これのネット接続も今はしません。OSのバージョンが古いんですよ。それに弟のパソコンの方が便利だから、そっちで小説を探してます。気に入ったらダウンロードして、メモリカードにコピーすることも、たまにはありますけどね」

 去年の夏に正男がお父さんにねだって、お父さんが「ときどき正子にも使わせてやれ」という条件をつけて買ってくれたおかげでアタシも使えるようになった、そのハイスペックパソコンが我が家にきた日、このデジタルフォトフレーム君もついに第一線を退いたのであります。

「大森さんは本当にWEB小説が好きなのですね?」
「はい。でもあのトンコも相当なものですよ。アタシが読書好きになったのも、元はといえばあの子の影響なんです。ふふふ」
「そういえば、大森さんと京極さんは昔からずっと仲がよろしいそうですね? 生涯の親友同士だとか?」
「いえそんな生涯の親友だなんてオーバーな……、大人になってからはそんなに会ってませんし。先週も半年ぶりで顔を見たんです」
「そうですか。やはり社会人になると時間が取りにくくなりますからね」
「はい。それでまあなんていうか、トンコは同じ歳の妹みたいなもので、中学2年と3年のとき同じクラスだったんですけど、アタシがあの子の話し相手になってやっていただけなんです。うふふ」

 こんな感じで話題がトンコに移り、つい「この前トンコが電話で説明してくれた〈文字コード〉というのが意味不明でした」などと口にしてしまった。
 すると猪野さんが「文字化けの仕組みについて、もしよろしければ少し解説して差しあげましょうか?」と嬉しそうな表情で聞いてくるので、さすがのアタシも「別にいりません」とはいえず、説明を受けることになったのだ。
 小説ファイルを無料で復旧してもらったことだし、しばらく話し相手になってやるとしよう。マサコちゃん思いやり深い!
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