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六章「シマの御主人様」

26. 縞栗鼠シマの話(破)

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 ――とまあこれは昨夜のことだけど、今日は今日で午前中ずっと話した。あんなにしゃべったのは生まれ変わって初めてのことだ。落花傘先生はわかりにくいときだけ質問したりするけど、後は黙って聞いているだけだった。
 途中でちょっとしたハプニングがあったものの取材は進んだ。
 やがて先生はテープレコーダーに録音しているから気を抜いてしまったらしく、居眠りを始めた。にゃんたることかもぉ!
 そのとき、先生の孫の竹子たけこちゃんが御主人様を連れて部屋に入ってきたから、ちょっといたずらしようってことになった。
 で、こっそりテープレコーダーを別の部屋に持って行き、そこでガラスを引っ掻く音を入れておいたのだ。
 ははははもぉ。今頃、先生は寒イボがいっぱい出ているだろうな。もぉもぉもぉもぉとなっていることだろう。想像すると笑っちゃうのである。
 さて、拙僧の話した内容は下の通りだ。しっかり読んでほしいものだ。

「昨夜は拙僧と御主人様の運命の出会いについて話したのぢぁ。その続きをこれからしゃべることにするもぉ」
「ふむ」

 拙僧は最初から、つまり猫のときから縞模様があったので、名前がシマになったのである。その名を考えたのは、拙僧を拾ってくれたキノコさんだ。
 それで、御主人様が「にゃんにゃん」の次に発する言葉が「ちま」になることが決定的となった訳である。ははははもぉ、当時の御主人様は、まだちゃんと「し」の発音ができなかったのだからな。

 ――ちま、ちま、にゃんにゃん、ちま!

 こんな風に拙僧は、御主人様に可愛がってもらった。ひげ引っ張られたり、尻尾握られたり、涎でべちょべちょにされたりした。ははははもぉ、懐かしいのだ。

 それから三年経って事件が起きた。西暦二千十四年十一月二十一日のこと。この日、この世界の日本国では衆議院が解散したそうだが、それが事件というのではない。
 拙僧がちょっと散歩に出たとき、車にはねられてしまったのだ。即死だった。
 そこへ御主人様がやってきてこう言った。

『シマ、そんなところでねてるとかぜひくよう』

 御主人様は起こそうとして拙僧を揺さぶった。

『シマ、つめたくなってるよ。もうおうちにはいろうよ』

 よいしょよいしょと一生懸命になって、拙僧の体を抱えて家のなかへ運び、炬燵に入れてくれた。当時拙僧の体重は三キログラムくらいになっていたから、さぞかし大変だったろう。四歳の女の子にしてはなかなか力持ちだと思った。
 しばらくして、ワラビさんが叫んだ。

『シマ、シマシマ。ごはんよ~。あらあシマどこいったのかしら。ねえナラオちゃん、ナラオちゃーん、シマ知らなーい!』
『おかあさん。シマはこたつでおひるねちゅうだよ』
『あらナラオちゃん、お昼ねってもう夕方よって、ナラオちゃん! ちょっとそれどうしたのぉ血がついてるわよ、けがしたの、転んじゃったの! え、どうしたの?』
『わっ、ほんとだあ。いつのまに?』

 ワラビさんは御主人様の、おてて・あんよ・おなかを順番に調べて、どこも怪我していないことを確認して、それから炬燵のなかの拙僧を見た。

『きゃあシマ死んでるわ。ちょっと、クリオ、クリオー! キノコキノコ! ちょっときてー。シマが死んでるのー』

 ワラビさんが窓越しに大声で叫んだので、それを聞いて隣の家からクリオとキノコさんが駆けつけてきた。キノコさんは、拙僧を見てすぐに泣き出した。
 あとから露子ツユコさんもやってきた。露子さんは御主人様の祖母だ。
 それからしばらくしてアツオさんが会社から帰ってきた。
 話を聞いたアツオさんはすぐに物置からシャベルを引っ張り出してきて、庭に穴を掘り始めた。
 最後に『うるさいですわねえ』と言いながらスギナさんもやってきた。霧介のおっさんは猫嫌いだからこなかった。
 穴ができた。その穴を囲んで拙僧と人間七人が揃った。

『さあナラオちゃん。シマにさよならをしなさい。そうするとシマは天国に行くのよ』
『さよならするの? シマてんごくにいくの? ぼくいやだよ、シマとさよならしたくないよう』

 御主人様はまだ拙僧が死んだことを理解していなかった。
 初めて拙僧と出会った日と同じように、拙僧の体にしがみついてきた。
 あの日よりもずっと大きくなった腕で、強くなった力で、ぎゅっと抱きしめてくれた。
 そのとき拙僧の頭に御主人様の涙が落ちてきた。
 ぽたぽたぽたっと続けて落ちてきた。とても温かかった。


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