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第二章 男根のエキスウォーターいとビンビンだ♪

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 俗人は、今ここで弟のことについて話すべきだと思った。

「あのね、弟は髪が珍しい色をしているんだよ。そういうところから陰口のようなのが始まって、弟はだんだんと沈みがちになってしまったんだ」
「イジメか」

 白夜が険しい表情を見せた。
 花実もポケットの中のハンカチを強く握った。それは白夜の所有物だから、そんなにシワシワにしてはならない!

「髪の色だけでなく、おでこの上に突起のようなのがあって、前髪で隠してはいるんだけど、何人かに見られてしまって、そのことでからかわれたりしたんだ」

 俗人は、その突起の理由まではまだ話さない積りだ。その秘密について話すとなると、たくさんのことを同時に説明する必要があるだろうし、今はまだそのタイミングではないのだ。

「それで増鏡ここの入学試験には合格したけど、同じ中学の子たちも大勢くるから、やっぱり怖くなってしまったらしいんだ」
「そうか……」
「そう、ですか……」

 花実も白夜も俗人の弟のことが気の毒で、どうにもやり切れないみたいだ。

「でもね、花実ちゃんのような優しい女の子もいるんだと知れば、弟も学校に行ってみようかって思い直すかもしれないと思うんだ」
「そうだな」
「あっ酢雀君、私明日も明後日も予定ないんです。だから土日のうちに、弟さんに会わせて貰えませんか?」
「本当? 花実ちゃん、弟に会ってくれるの?」
「はい、会いたいでぇす」
(もしかしたら、月曜日から僧人そうとは出てこられるかもしれない)

 俗人は、内心そんな期待を抱いた。

「それじゃ明日でもいい? 駅まで迎えに行くよ。午後二時でどうかな?」
「は~い、明日午後二時に駅前まで行きまっす!」
「そうか。こうなったら、私も別方面で協力するしかないな。任せておけ!」

 白夜が何やら自信ありげに言い放った。

「別方面で協力?」
「任せる?」

 俗人も花実も、何のことだかピンとこない。

「そうだ。決まったら連絡する。どういうことかは決まってからのお楽しみだ。何とか明日までに決めてみせる」
「そう。どんなことかは分からないけど、ありがとうございます」

 俗人は一応礼だけは言っておくことにして、それ以上は尋ねなかった。花実が僧人に会ってくれると決まっただけで、今はもう胸が一杯なのだ。

「あの酢雀君。ところで弟さんの名前は?」
「あ、ごめんごめん。弟は僧人っていうんだよ」

 そう言いながら俗人は、近くに置いてあるメモ用紙を引き寄せて、漢字で書いて二人に見せた。

 少しして白夜は、「私は職員室に用があるから、今日もそのまま帰ってよいぞ」とだけ言い残して出て行った。
 花実と俗人は、また二人で一緒に帰ることにして部室を後にする。
 駅へと歩く途中、花実は自分の家族構成について俗人に話すことにした。もちろんそれは設定上の情報に過ぎない。

「私は一人っ子で、お父さんはいないです。でも、お爺ちゃんとお婆ちゃんが近所に住んでいて、よく遊びに行ったり泊まったりするんです。お母さんが忙しくて、ほとんど家にいないから」
「そうなんだ。少し寂しいかもしれないけど、でも、お爺さんとお婆さんがいるのはいいよね。僕には弟の他に両親も揃っているけど、祖父母はもう一人もいないんだ」
「そうなんですか……」

 駅に着き二人は別れ、それぞれの家へと帰って行った。

        *

 土曜日の午後、少し早めに家を出た俗人が駅に着いたとき、ちょうど花実が改札口から出てくるところだった。花実も同じように早めに出発したのだ。
 春らしい明るい服装の花実には、制服とはまた違う可愛らしさがある。手には手提げ袋が揺れている。ウサギの顔がプリントしてあって、それも可愛い。

「こんにちは! えっと、お待たせしました、ですか?」
「ううん、僕も今着いたばかりだよ」

 約束の時間まで、まだ十五分ある。
 二人はすぐに歩き出した。酢雀家へと一路向かうのだ。

 家に到着して、俗人が玄関の扉を開く。

「どうぞ。遠慮なしに、さあ入って入って」
「こんにちは。お邪魔しまっす!」

 ――にゃー、にゃー

 廊下の奥から小さい猫が懸命に走ってくる。
 走るというより、ほとんど滑っている。

「あっ、ニャンちゃんだぁ~」

 ――にゃあ

「わぁあ、可愛いぃ~」
「まだ、生後一か月なんだよ」

 ――にゃー

 花実が抱き上げると、仔猫は手をチロチロと舐めてきた。

「ひゃふふ、くすぐったいよおう」

 花実は仔猫を胸にピッタリと抱いたまま、俗人の後について廊下を進んで、突き当たりの部屋に入った。

「あああっ~~」

 花実はさらに驚いた。部屋の中には、小鳥のカゴが二つ、熱帯魚の水槽、ハムスターのゲージ、さらにウサギの柵まであるのだ。
 花実は仔猫をそっと床に置いてから、ウサギの柵に近づく。

「まるでペットショップみたいだぁ~」
「そうだよ。うちはペットショップなんだ」
「え、そうだったんですか!」
「うん。お店はここから十分くらいのところにあって、両親でやっているんだよ。後で行ってみる?」
「うん。行く行くー!」

 ウサギの頭をなでながら花実が叫んだ。

「あっ、でもあの、僧人君……」

 そうだった。動物たちと戯れるためにきたのではないのだ。

「うん。二階の自分の部屋にいるよ。そろそろ行こうか?」
「はい」

 階段を上がってすぐのところが僧人の部屋だ。
 俗人がドアをノックした。

「僧人、入るよ!」

 返事はなかったが、俗人がドアを開け、花実を先に入れてから自分も後に続き、そしてドアを閉めた。
 ベッドの上に座っている僧人の顔を見た瞬間、花実は我を忘れた。

「あ、せん君!」
「えっ、花実ちゃん!?」

 急に大きな声で叫んだ花実に、俗人も大きく驚いた。
 花実は走って僧人のすぐ近くまで行き、彼の両手を握った。
 二週間前から付き合い始めて、突然の別れを迎えてしまった愛しい彼、複腹ふくはら遷人せんとの手だと思って、強く握り締めたのだ。

遷人せんと君でしょ、そうなんでしょ!」
「…………」

 花実の両の目から涙が流れ落ち、僧人の手の甲を濡らす。
 だがそれでも、僧人の方は無言のままだ。

「遷人君、遷人君! うっ、会いたかったよう。ううっ、くくぅ」
「ちょっと、花実ちゃん、どうしたの花実ちゃん!」

 五秒くらい固まってしまっていた俗人が駆け寄ってきた。
 花実の頭の上に片手を載せて、優しく髪をなでる。

 【強制ロールバックが選択されました】

「は?」

 気がつくと花実は、僧人の部屋の外に立っていた。まだドアは開いていない。
 俗人が花実の耳元へ口を近づけた。

《シナリオにないことを勝手にしちゃダメだよ》

 小声でそう囁いてから、俗人がドアをノックした。

「僧人、入るよ!」

 返事はなかったが、俗人がドアを開け、花実を先に入れてから自分も後に続き、そしてドアを閉めた。
 ベッドの上に座っている僧人の顔を見ても、花実は我を忘れなかった。彼が、どれほど複腹遷人に似ていようとも、ヒロインである自分は、決して取り乱したりしてはならないのだ。

「僧人、昨日話した花実ちゃんだよ」
牡椋おぐら花実です、よろしくね♪」

 花実はニッコリと微笑んだけれど、僧人は硬い表情のままだった。

「酢雀僧人、です……」

 返答も短くそっけなかった。花実と僧人の初対面が、こんなふうにぎこちないものになってしまった。

 花実は、僧人の学習机の椅子を貸して貰うことになって腰を下ろした。
 俗人と僧人は並んでベッドの上に座っている。
 三人で、花実が土産として持ってきた〈黒糖餡子入り桜餅〉と〈男根エキスウォーター〉を飲食中だ。

「花実ちゃんのお爺ちゃんたちの桜餅、美味しいね」

 花実のお爺さんとお婆さんは家の近所に住んでいて、和菓子屋を営んでいる。手作りが自慢の一品〈黒糖餡子入り桜餅〉は、塩漬けにされた葉っぱも美味しく食べられるらしい。
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