50 / 55
5章 お願いだよ。もう消えてっ、一緒に!
セブルを襲う卑怯な魔脚
しおりを挟む
まるでバターをこぼしたようにヌルヌルになってしまった床を見て、セブル0はリルカの肩にそっと手を置き、大切なことを伝える。
「リルカ、その辺りは滑りやすくなってるぞ。注意して歩け」
「うん、わたし気をつけるよお」
このような状況にありながらも、リルカは微笑んだ。願い巫女の笑顔はどんな時でも人々に勇気と希望を与えてくれるのである。
(やるしかない!)
セブル0が肯定した。今が正念場である。
だが、セブル1は否定する。
(でも、もう一顧エポケーは……)
こちらのセブルは、性格が少し消極的なのだ。
今回の作戦には、願い巫女リルカの捨て身の攻撃で、魔鬼の女王Gを消滅させることが、どうしても必要になる。だがそうすることは、同時に凄まじい反動魔力を受けるリルカにも死があるのみ、ということを意味する。そこで、その時にこそセブルによる一顧エポケーなのだ。
つまりは、リルカの死を捨象できれば成功、できなければ失敗、という単純な真と偽の二値原理に帰着するのである。ただそれだけのことなのだ。
セブル1が否定したことを、セブル0がさらに否定する。
(いいや、まだ一顧エポケーは!)
セブル1が、セブル0に賛同して強く肯定する。
(そうだよ、まだだ!)
二人のセブルの思考が一致して肯定に傾いたこの時、女王Gの入っているガラスの箱は、既に作業台から離れて、空間に舞い上がっている。どうやら、奥へ続く通路へ向かって浮遊して移動するつもりらしい。
「あっ逃げてくよお!」
「よしリルカ、僕たちについてこい」
「判ったよお」
「さあ、走るぞ!」
「うん」
二人のセブルは、今こそ作戦決行の時だと直感で思った。もはや理屈など不要である。リルカも同じ思いに至っている。
プエルラとミルティは、人形兵士の破壊に専念する。この作戦において、セブルにもリルカにも、無駄な力を極力使わせないようにするのが二人の役目なのだ。
リルカの前を走るセブル0が叫ぶ。
「リルカ、よく気をつけるんだぞ!」
「うん」
続いて後ろを走るセブル1からも。
「そうだよ、どこから鉄板が飛んでくるか判らないからなあ!」
「うんうん」
直後、ズゴンという鈍い音がした。
リルカが急停止して振り返る。
「えっセブル!?」
「ううっ!」
周辺には工具類を収納してある棚が幾つか立ち並んでいる。そのうち一つの棚の天板上に潜んでいた一体の人形兵士が、音もなく飛び降りてきて、勢いと魔の邪気を乗せて強くした脚力を、セブル1の後頭部に叩きつけたのだ。
「あなた、後ろから蹴るなんて卑怯ですわよ!」
着地に失敗して転んでしまっていた人形兵士は、駆けてきたプエルラから、厳しく咎められるだけでなく哲剣で頭から縦斬りの真っ二つにされた。
蹴られたセブル1の方は、既に姿が消えてしまっている。
「ううっ!!」
少し先にいるセブル0も、その場に倒れ込んだ。
攻撃を受けたセブル1が脳しんとうを起こしたことで、分身を続けていられなくなり、一人に戻ったセブルの後頭部にも激しい痛みが伝わったのである。これが分身術の持つ唯一の弱点だ。
ミルティが走り寄ってきた。セブルは全く気を失っている。
立ちすくんだままのリルカが叫ぶ。
「セブルぅ!」
一つの決心に至ったのだ。
リルカの気持ちの変化を感じ取ったミルティも自ずと悟る。
「セブルはあたしが」
「うんっ!」
ミルティは、気絶しているセブルの傍に留まり、ハエのように近づく人形兵士たちをハンマーで叩き壊す役を引き受けるのだ。
「では、わたくしはリルカと」
「うんうん」
プエルラは、リルカの護衛をしながら工廠の奥へ進むことにした。
向かってくる人形兵士の数も少なくなっている。
ついに工廠の反対側の端にまで達して建物の外へ出た。数台の軍事車両が整然と並んでいる。
ガラスの箱は、屋根がついていない四人乗り車両の運転席に乗っていた。女王Gが魔力で運転して逃亡するつもりだ。
助手席に一体と後部座席に二体、さらに車両の周囲にも四体、人形兵士たちが守りを固めている。
「わたしが女王Gと戦うから、プエルラは後ろからくる人形兵士を」
「判りましたわ」
哲杖を握り締めて空間に浮かんだリルカが、ゆっくりと運転席に近づく。その様子を、女王Gがガラス越しに見据えている。
リルカは女王Gの潰れていない方の目を見つめながら、ひとまずは挨拶をして相手の反応を見ることにしようと考えた。
「魔鬼の女王Gさん、こんにちは?」
〔コニチワ〕
機械が唸るような音声だが、意味は通じる。発音はともかくとして、女王ともなると、魔鬼でも人間の言葉をちゃんと理解して、それなりに話せるのだ。
「今日も、いいお天気ですねえ?」
〔ナニヨリデ〕
周囲の人形兵士たちは全く動かない。女王Gがリルカと日常的な会話をしていることで、「この二人は知り合いだったのか」と勘違いしているのだ。
「リルカ、その辺りは滑りやすくなってるぞ。注意して歩け」
「うん、わたし気をつけるよお」
このような状況にありながらも、リルカは微笑んだ。願い巫女の笑顔はどんな時でも人々に勇気と希望を与えてくれるのである。
(やるしかない!)
セブル0が肯定した。今が正念場である。
だが、セブル1は否定する。
(でも、もう一顧エポケーは……)
こちらのセブルは、性格が少し消極的なのだ。
今回の作戦には、願い巫女リルカの捨て身の攻撃で、魔鬼の女王Gを消滅させることが、どうしても必要になる。だがそうすることは、同時に凄まじい反動魔力を受けるリルカにも死があるのみ、ということを意味する。そこで、その時にこそセブルによる一顧エポケーなのだ。
つまりは、リルカの死を捨象できれば成功、できなければ失敗、という単純な真と偽の二値原理に帰着するのである。ただそれだけのことなのだ。
セブル1が否定したことを、セブル0がさらに否定する。
(いいや、まだ一顧エポケーは!)
セブル1が、セブル0に賛同して強く肯定する。
(そうだよ、まだだ!)
二人のセブルの思考が一致して肯定に傾いたこの時、女王Gの入っているガラスの箱は、既に作業台から離れて、空間に舞い上がっている。どうやら、奥へ続く通路へ向かって浮遊して移動するつもりらしい。
「あっ逃げてくよお!」
「よしリルカ、僕たちについてこい」
「判ったよお」
「さあ、走るぞ!」
「うん」
二人のセブルは、今こそ作戦決行の時だと直感で思った。もはや理屈など不要である。リルカも同じ思いに至っている。
プエルラとミルティは、人形兵士の破壊に専念する。この作戦において、セブルにもリルカにも、無駄な力を極力使わせないようにするのが二人の役目なのだ。
リルカの前を走るセブル0が叫ぶ。
「リルカ、よく気をつけるんだぞ!」
「うん」
続いて後ろを走るセブル1からも。
「そうだよ、どこから鉄板が飛んでくるか判らないからなあ!」
「うんうん」
直後、ズゴンという鈍い音がした。
リルカが急停止して振り返る。
「えっセブル!?」
「ううっ!」
周辺には工具類を収納してある棚が幾つか立ち並んでいる。そのうち一つの棚の天板上に潜んでいた一体の人形兵士が、音もなく飛び降りてきて、勢いと魔の邪気を乗せて強くした脚力を、セブル1の後頭部に叩きつけたのだ。
「あなた、後ろから蹴るなんて卑怯ですわよ!」
着地に失敗して転んでしまっていた人形兵士は、駆けてきたプエルラから、厳しく咎められるだけでなく哲剣で頭から縦斬りの真っ二つにされた。
蹴られたセブル1の方は、既に姿が消えてしまっている。
「ううっ!!」
少し先にいるセブル0も、その場に倒れ込んだ。
攻撃を受けたセブル1が脳しんとうを起こしたことで、分身を続けていられなくなり、一人に戻ったセブルの後頭部にも激しい痛みが伝わったのである。これが分身術の持つ唯一の弱点だ。
ミルティが走り寄ってきた。セブルは全く気を失っている。
立ちすくんだままのリルカが叫ぶ。
「セブルぅ!」
一つの決心に至ったのだ。
リルカの気持ちの変化を感じ取ったミルティも自ずと悟る。
「セブルはあたしが」
「うんっ!」
ミルティは、気絶しているセブルの傍に留まり、ハエのように近づく人形兵士たちをハンマーで叩き壊す役を引き受けるのだ。
「では、わたくしはリルカと」
「うんうん」
プエルラは、リルカの護衛をしながら工廠の奥へ進むことにした。
向かってくる人形兵士の数も少なくなっている。
ついに工廠の反対側の端にまで達して建物の外へ出た。数台の軍事車両が整然と並んでいる。
ガラスの箱は、屋根がついていない四人乗り車両の運転席に乗っていた。女王Gが魔力で運転して逃亡するつもりだ。
助手席に一体と後部座席に二体、さらに車両の周囲にも四体、人形兵士たちが守りを固めている。
「わたしが女王Gと戦うから、プエルラは後ろからくる人形兵士を」
「判りましたわ」
哲杖を握り締めて空間に浮かんだリルカが、ゆっくりと運転席に近づく。その様子を、女王Gがガラス越しに見据えている。
リルカは女王Gの潰れていない方の目を見つめながら、ひとまずは挨拶をして相手の反応を見ることにしようと考えた。
「魔鬼の女王Gさん、こんにちは?」
〔コニチワ〕
機械が唸るような音声だが、意味は通じる。発音はともかくとして、女王ともなると、魔鬼でも人間の言葉をちゃんと理解して、それなりに話せるのだ。
「今日も、いいお天気ですねえ?」
〔ナニヨリデ〕
周囲の人形兵士たちは全く動かない。女王Gがリルカと日常的な会話をしていることで、「この二人は知り合いだったのか」と勘違いしているのだ。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
お持ち帰り召喚士磯貝〜なんでも持ち運び出来る【転移】スキルで異世界つまみ食い生活〜
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ひょんなことから男子高校生、磯貝章(いそがいあきら)は授業中、クラス毎異世界クラセリアへと飛ばされた。
勇者としての役割、与えられた力。
クラスメイトに協力的なお姫様。
しかし能力を開示する魔道具が発動しなかったことを皮切りに、お姫様も想像だにしない出来事が起こった。
突如鳴り出すメール音。SNSのメロディ。
そして学校前を包囲する警察官からの呼びかけにクラスが騒然とする。
なんと、いつの間にか元の世界に帰ってきてしまっていたのだ!
──王城ごと。
王様達は警察官に武力行為を示すべく魔法の詠唱を行うが、それらが発動することはなく、現行犯逮捕された!
そのあとクラスメイトも事情聴取を受け、翌日から普通の学校生活が再開する。
何故元の世界に帰ってきてしまったのか?
そして何故か使えない魔法。
どうも日本では魔法そのものが扱えない様で、異世界の貴族達は魔法を取り上げられた平民として最低限の暮らしを強いられた。
それを他所に内心あわてている生徒が一人。
それこそが磯貝章だった。
「やっべー、もしかしてこれ、俺のせい?」
目の前に浮かび上がったステータスボードには異世界の場所と、再転移するまでのクールタイムが浮かび上がっていた。
幸い、章はクラスの中ではあまり目立たない男子生徒という立ち位置。
もしあのまま帰って来なかったらどうなっていただろうというクラスメイトの話題には参加させず、この能力をどうするべきか悩んでいた。
そして一部のクラスメイトの独断によって明かされたスキル達。
当然章の能力も開示され、家族ごとマスコミからバッシングを受けていた。
日々注目されることに辟易した章は、能力を使う内にこう思う様になった。
「もしかして、この能力を金に変えて食っていけるかも?」
──これは転移を手に入れてしまった少年と、それに巻き込まれる現地住民の異世界ドタバタコメディである。
序章まで一挙公開。
翌日から7:00、12:00、17:00、22:00更新。
序章 異世界転移【9/2〜】
一章 異世界クラセリア【9/3〜】
二章 ダンジョンアタック!【9/5〜】
三章 発足! 異世界旅行業【9/8〜】
四章 新生活は異世界で【9/10〜】
五章 巻き込まれて異世界【9/12〜】
六章 体験! エルフの暮らし【9/17〜】
七章 探索! 並行世界【9/19〜】
95部で第一部完とさせて貰ってます。
※9/24日まで毎日投稿されます。
※カクヨムさんでも改稿前の作品が読めます。
おおよそ、起こりうるであろう転移系の内容を網羅してます。
勇者召喚、ハーレム勇者、巻き込まれ召喚、俺TUEEEE等々。
ダンジョン活動、ダンジョンマスターまでなんでもあります。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる