魔鬼祓いのグラディウス

紅灯空呼

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5章 お願いだよ。もう消えてっ、一緒に!

セブルを襲う卑怯な魔脚

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 まるでバターをこぼしたようにヌルヌルになってしまった床を見て、セブル0はリルカの肩にそっと手を置き、大切なことを伝える。

「リルカ、その辺りは滑りやすくなってるぞ。注意して歩け」
「うん、わたし気をつけるよお」

 このような状況にありながらも、リルカは微笑んだ。願い巫女の笑顔はどんな時でも人々に勇気と希望を与えてくれるのである。

(やるしかない!)

 セブル0が肯定した。今が正念場である。
 だが、セブル1は否定する。

(でも、もう一顧エポケーは……)

 こちらのセブルは、性格が少し消極的なのだ。
 今回の作戦には、願い巫女リルカの捨て身の攻撃で、魔鬼デモン・デ・女王コニギンGを消滅させることが、どうしても必要になる。だがそうすることは、同時に凄まじい反動魔力を受けるリルカにも死があるのみ、ということを意味する。そこで、その時にこそセブルによる一顧エポケーなのだ。
 つまりは、リルカの死を捨象できれば成功、できなければ失敗、という単純な真と偽の二値原理に帰着するのである。ただそれだけのことなのだ。
 セブル1が否定したことを、セブル0がさらに否定する。

(いいや、まだ一顧エポケーは!)

 セブル1が、セブル0に賛同して強く肯定する。

(そうだよ、まだだ!)

 二人のセブルの思考が一致して肯定に傾いたこの時、女王Gの入っているガラスの箱は、既に作業台から離れて、空間に舞い上がっている。どうやら、奥へ続く通路へ向かって浮遊して移動するつもりらしい。

「あっ逃げてくよお!」
「よしリルカ、僕たちについてこい」
「判ったよお」
「さあ、走るぞ!」
「うん」

 二人のセブルは、今こそ作戦決行の時だと直感で思った。もはや理屈など不要である。リルカも同じ思いに至っている。
 プエルラとミルティは、人形兵士の破壊に専念する。この作戦において、セブルにもリルカにも、無駄な力を極力使わせないようにするのが二人の役目なのだ。
 リルカの前を走るセブル0が叫ぶ。

「リルカ、よく気をつけるんだぞ!」
「うん」

 続いて後ろを走るセブル1からも。

「そうだよ、どこから鉄板が飛んでくるか判らないからなあ!」
「うんうん」

 直後、ズゴンという鈍い音がした。
 リルカが急停止して振り返る。

「えっセブル!?」
「ううっ!」

 周辺には工具類を収納してある棚が幾つか立ち並んでいる。そのうち一つの棚の天板上に潜んでいた一体の人形兵士が、音もなく飛び降りてきて、勢いと魔の邪気を乗せて強くした脚力を、セブル1の後頭部に叩きつけたのだ。

「あなた、後ろから蹴るなんて卑怯ですわよ!」

 着地に失敗して転んでしまっていた人形兵士は、駆けてきたプエルラから、厳しく咎められるだけでなく哲剣グラディウスで頭から縦斬りの真っ二つにされた。
 蹴られたセブル1の方は、既に姿が消えてしまっている。

「ううっ!!」

 少し先にいるセブル0も、その場に倒れ込んだ。
 攻撃を受けたセブル1が脳しんとうを起こしたことで、分身を続けていられなくなり、一人に戻ったセブルの後頭部にも激しい痛みが伝わったのである。これが分身術の持つ唯一の弱点だ。
 ミルティが走り寄ってきた。セブルは全く気を失っている。
 立ちすくんだままのリルカが叫ぶ。

「セブルぅ!」

 一つの決心に至ったのだ。
 リルカの気持ちの変化を感じ取ったミルティも自ずと悟る。

「セブルはあたしが」
「うんっ!」

 ミルティは、気絶しているセブルの傍に留まり、ハエのように近づく人形兵士たちをハンマーで叩き壊す役を引き受けるのだ。

「では、わたくしはリルカと」
「うんうん」

 プエルラは、リルカの護衛をしながら工廠の奥へ進むことにした。
 向かってくる人形兵士の数も少なくなっている。
 ついに工廠の反対側の端にまで達して建物の外へ出た。数台の軍事車両が整然と並んでいる。
 ガラスの箱は、屋根がついていない四人乗り車両の運転席に乗っていた。女王Gが魔力で運転して逃亡するつもりだ。
 助手席に一体と後部座席に二体、さらに車両の周囲にも四体、人形兵士たちが守りを固めている。

「わたしが女王Gと戦うから、プエルラは後ろからくる人形兵士を」
「判りましたわ」

 哲杖リトゥウスを握り締めて空間に浮かんだリルカが、ゆっくりと運転席に近づく。その様子を、女王Gがガラス越しに見据えている。
 リルカは女王Gの潰れていない方の目を見つめながら、ひとまずは挨拶をして相手の反応を見ることにしようと考えた。

魔鬼デモン・デ・女王コニギンGさん、こんにちは?」

〔コニチワ〕

 機械が唸るような音声だが、意味は通じる。発音はともかくとして、女王ともなると、魔鬼でも人間の言葉をちゃんと理解して、それなりに話せるのだ。

「今日も、いいお天気ですねえ?」

〔ナニヨリデ〕

 周囲の人形兵士たちは全く動かない。女王Gがリルカと日常的な会話をしていることで、「この二人は知り合いだったのか」と勘違いしているのだ。
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