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【第十二幕】青春恋愛シミュレーションゲーム
緋紅瑠素の帰還&研究所の面々
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ポートへの入港と同時に機内の映像と情報が研究室に届いているため、黄瓜博士は招かれざる客人二名のことをすでに知っている。
「だがとにかく、三人とも無事なんだな?」
「うん。二人は眠ってるよ。怪我もしてないようだし」
アインデイアン暦二千二十二年の八月十五日に帰り着いた緋紅瑠素二号機は、黄瓜時空間解析研究所の敷地内に設置してある時空間移動ポート内で、機体の検査をしている。それが完了するまで緋紅瑠素は外に出られない。
「担架車両を出してそちらへ向かう。まずは二人の精密検査が必要だな」
「オーライ。ごめんねお爺ちゃん。怒ってるよね?」
「怒ってなどおらん。まあそれについては後でゆっくりと話そう」
「…………」
検査完了と同時にカプセルの扉が自動で開いたので、漸く緋紅瑠素は緋紅瑠素二号機の外に出た。それでもポート内なので外部からは遮断されている。
このポートには分厚い扉があり、万が一の事故で爆発しても、外部に被害を及ぼすことはなく極めて安全だ。だが実際、そのような事故などは起こらない。万が一どころか、年末に紙切れ一枚が数十億ジルに化ける確率よりもはるかに低い、というぐらいに信頼性の高い設計をして作ってある。
緋紅瑠素が時空間移動ポートの扉を開けて外に出た。すぐさま真夏の強光が照りつけてくる。
「ふぅ、こっちも同じく容赦のかけらもないわ。おまけにこの大合唱」
百年後の静かな丘とは違い、こちらでは惜しみなく命を刻んで音波にした恋文をブロードキャストで飛ばすセミたちがたくさん。彼らにとっては、決して儚くも虚しくもない生の証ともいうべき謳歌――それらを受け取ったところで読めない人である緋紅瑠素は、むしろ逆に人の恋の薄っぺらさを毎年のように感じてしまう。
しばらくして担架車両が到着した。
運転していたのは、ここの研究所に所属している医学博士の越智西風。二十三歳の美人で頭良しスタイル良し。しかも優しい。緋紅瑠素の好きな女性で、かなり憧れている。
「ただいまぁ西風さん」
「お帰り! それとハッピーバースデー・緋紅瑠素ちゃん。プレゼントは後のお楽しみってことでね。ふふふ」
「わぁーい!」
「ところで、お客さん連れてきちゃったって?」
「そうなの。百年後の美少年と二百年後の美少女が、十九歳になったあたしのお祝いに、駆けつけてくれちゃいました!」
緋紅瑠素がふざけて話していると車両の後部扉が開いて、担架を担いだ老人が現れた。黄瓜博士だ。
「緋紅りん、さっきはつい怒鳴ってしまったが、クロスループ航法による初めての時空間移動実験も無事に成功したことだし、とりあえずはオメデトウ。ああ、それと今日は十九歳の誕生日だったな。それもついでにダブルで超オメデトウだ」
「ありがと、お爺ちゃん」
「うむ。プレゼントの方はまた今度だ。つうかすっかり忘れてた。あっそれよりもだ。さっそく、その美少年と美少女とやらを車に乗っけるぞ。もちろん俺は美少女を抱っこして運ぶから、緋紅りんと風ちゃんは、この担架を使って美少年を頼む」
黄瓜二郎衛門(推定年齢七十歳)は、正真正銘の天才物理学者ではあるものの、本人いわく、「由緒正しい正統派ロリコン」とのこと。その意味は若干分かりにくいが、単なる「助平」とは別次元の存在として、彼はそれを誇りに生きているらしい。
「ダメよ、お爺ちゃん。美少女は、あたしと西風さんとで運ぶわ。だからお爺ちゃんは美少年をおんぶしてよね」
「ちっ」
やや大袈裟なしかめっ面を見せつけてくる黄瓜博士の両手から、奪うようにして担架を受け取った緋紅瑠素は、西風と縦に並んで時空間移動ポート内に入った。
西風は、緋紅瑠素二号機の後部スペースで眠っている少女の顔を、期待の色を顔に浮かべながら覗き込む。
「たしかに美少女ね。透き通る白い肌。艶っぽい黒髪。うふふ」
西風が女性の頭の側で上半身を静かに抱き上げる。緋紅瑠素は両足を持つ。両手首には、手錠が固定されたままになっている。
「ワケあり、のようね?」
「建物の屋上から飛び降りたの。その瞬間になんとか間にあって」
「そうだったの……」
手錠は頑丈ですぐには解除できないため、そのままで担架に乗せて運び出し、車両内のベッドに寝かせた。
少年の方は、黄瓜博士がおぶってきて、もう一つのベッドに乗せられた。
「では検査室に運び込んで、すぐに調べます。二人とも外傷はないようですので、まずは心肺機能から始めて、続いて脳波を」
「ああ頼んだぞ、セーフーちゃん」
西風は一礼してから運転席に乗り、すぐに担架車両を発進させた。
緋紅瑠素は無言のまま黄瓜博士の後に続き研究室に向かって歩き始めた。
何気なく腕時計ΨΥΧΗを確認する。今はセミの鳴き声だけが響き渡る晴れた日の十四時十五分。ちょうど自分の出生時刻だった。もちろんそれは単なる偶然だけれど、それでも緋紅瑠素には特別に思える。
十九年前のちょうど今頃、病院で緋紅瑠素は産声を上げてはいなかった。二十七週の早産で体重が千グラムちょっとしかなく、保育器に入れられて人工呼吸が必要だったから。
「お姉様、どうでしたぁ、実験の方は?」
「へっ、あ! 藍ちゃん」
入り口のところに妹が立っている。
ぼんやりしていて全く気がつかなかった。黄瓜博士の方は、もう先に研究所の建物内に入ってしまって、白衣姿の背中すら見えない。
「だがとにかく、三人とも無事なんだな?」
「うん。二人は眠ってるよ。怪我もしてないようだし」
アインデイアン暦二千二十二年の八月十五日に帰り着いた緋紅瑠素二号機は、黄瓜時空間解析研究所の敷地内に設置してある時空間移動ポート内で、機体の検査をしている。それが完了するまで緋紅瑠素は外に出られない。
「担架車両を出してそちらへ向かう。まずは二人の精密検査が必要だな」
「オーライ。ごめんねお爺ちゃん。怒ってるよね?」
「怒ってなどおらん。まあそれについては後でゆっくりと話そう」
「…………」
検査完了と同時にカプセルの扉が自動で開いたので、漸く緋紅瑠素は緋紅瑠素二号機の外に出た。それでもポート内なので外部からは遮断されている。
このポートには分厚い扉があり、万が一の事故で爆発しても、外部に被害を及ぼすことはなく極めて安全だ。だが実際、そのような事故などは起こらない。万が一どころか、年末に紙切れ一枚が数十億ジルに化ける確率よりもはるかに低い、というぐらいに信頼性の高い設計をして作ってある。
緋紅瑠素が時空間移動ポートの扉を開けて外に出た。すぐさま真夏の強光が照りつけてくる。
「ふぅ、こっちも同じく容赦のかけらもないわ。おまけにこの大合唱」
百年後の静かな丘とは違い、こちらでは惜しみなく命を刻んで音波にした恋文をブロードキャストで飛ばすセミたちがたくさん。彼らにとっては、決して儚くも虚しくもない生の証ともいうべき謳歌――それらを受け取ったところで読めない人である緋紅瑠素は、むしろ逆に人の恋の薄っぺらさを毎年のように感じてしまう。
しばらくして担架車両が到着した。
運転していたのは、ここの研究所に所属している医学博士の越智西風。二十三歳の美人で頭良しスタイル良し。しかも優しい。緋紅瑠素の好きな女性で、かなり憧れている。
「ただいまぁ西風さん」
「お帰り! それとハッピーバースデー・緋紅瑠素ちゃん。プレゼントは後のお楽しみってことでね。ふふふ」
「わぁーい!」
「ところで、お客さん連れてきちゃったって?」
「そうなの。百年後の美少年と二百年後の美少女が、十九歳になったあたしのお祝いに、駆けつけてくれちゃいました!」
緋紅瑠素がふざけて話していると車両の後部扉が開いて、担架を担いだ老人が現れた。黄瓜博士だ。
「緋紅りん、さっきはつい怒鳴ってしまったが、クロスループ航法による初めての時空間移動実験も無事に成功したことだし、とりあえずはオメデトウ。ああ、それと今日は十九歳の誕生日だったな。それもついでにダブルで超オメデトウだ」
「ありがと、お爺ちゃん」
「うむ。プレゼントの方はまた今度だ。つうかすっかり忘れてた。あっそれよりもだ。さっそく、その美少年と美少女とやらを車に乗っけるぞ。もちろん俺は美少女を抱っこして運ぶから、緋紅りんと風ちゃんは、この担架を使って美少年を頼む」
黄瓜二郎衛門(推定年齢七十歳)は、正真正銘の天才物理学者ではあるものの、本人いわく、「由緒正しい正統派ロリコン」とのこと。その意味は若干分かりにくいが、単なる「助平」とは別次元の存在として、彼はそれを誇りに生きているらしい。
「ダメよ、お爺ちゃん。美少女は、あたしと西風さんとで運ぶわ。だからお爺ちゃんは美少年をおんぶしてよね」
「ちっ」
やや大袈裟なしかめっ面を見せつけてくる黄瓜博士の両手から、奪うようにして担架を受け取った緋紅瑠素は、西風と縦に並んで時空間移動ポート内に入った。
西風は、緋紅瑠素二号機の後部スペースで眠っている少女の顔を、期待の色を顔に浮かべながら覗き込む。
「たしかに美少女ね。透き通る白い肌。艶っぽい黒髪。うふふ」
西風が女性の頭の側で上半身を静かに抱き上げる。緋紅瑠素は両足を持つ。両手首には、手錠が固定されたままになっている。
「ワケあり、のようね?」
「建物の屋上から飛び降りたの。その瞬間になんとか間にあって」
「そうだったの……」
手錠は頑丈ですぐには解除できないため、そのままで担架に乗せて運び出し、車両内のベッドに寝かせた。
少年の方は、黄瓜博士がおぶってきて、もう一つのベッドに乗せられた。
「では検査室に運び込んで、すぐに調べます。二人とも外傷はないようですので、まずは心肺機能から始めて、続いて脳波を」
「ああ頼んだぞ、セーフーちゃん」
西風は一礼してから運転席に乗り、すぐに担架車両を発進させた。
緋紅瑠素は無言のまま黄瓜博士の後に続き研究室に向かって歩き始めた。
何気なく腕時計ΨΥΧΗを確認する。今はセミの鳴き声だけが響き渡る晴れた日の十四時十五分。ちょうど自分の出生時刻だった。もちろんそれは単なる偶然だけれど、それでも緋紅瑠素には特別に思える。
十九年前のちょうど今頃、病院で緋紅瑠素は産声を上げてはいなかった。二十七週の早産で体重が千グラムちょっとしかなく、保育器に入れられて人工呼吸が必要だったから。
「お姉様、どうでしたぁ、実験の方は?」
「へっ、あ! 藍ちゃん」
入り口のところに妹が立っている。
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