92 / 121
【第十一幕】烏賊令嬢のお涙頂戴物語
名コンビ・シャーベットとポアソンの診断
しおりを挟む
食事を終えてから二十分くらいが経過し、漸く部屋の外でワンと吠える声が響いてきた。二人にとってはベストなタイミングといえよう。
「きたわね♪」
「そうですね」
シャーベットが応対に出る。
「いらっしゃーい♪ あたしは私立探偵のシャーベット‐メープルよ、うふ。そんでもって、あなたはキュウカンバ‐ピクルスさん、ヴェッポン国自衛軍の大佐をしている武器商人の娘さんね?」
「シュアー!」
「そちらの大きなワンさんは、ヴェッポン国自衛軍の軍曹をしているキュウカンバ伯爵家の第三執事カルメイラ‐ザラメさんよ、きっと間違いなく。ふふ♪」
「はい、その通りです!」
「しかも、あなたたちは今から二十三分前のプラス・マイナス三十秒以内に、このアパートの前まで一度は辿り着いていながら、会話に夢中だったため、うっかり通り過ごしたんですよね?」
「ええ、そうですわ。よくお分かりですこと。おほほ」
ピクルスとザラメの素性および行動が悉く正確にいい当てられたのだ。
もっとも、名探偵のシャーベットにしてみれば、この程度の推理なら、DHAの助けなどなくともできる、いわば初歩中の初歩的エクササイズに過ぎない。
「それじゃ中にどうぞ」
「シュアー」
「わおん!」
シャーベットは、一人と一匹を部屋に招き入れた。
応接用テーブルに備えつけられている背もたれつきチェアに、ピクルスがつく。
続いて、ザラメは、テーブルの横に臨時で設置された「大型犬用お座り台」に飛び乗り、文字通り律儀なまでに「お座り」の構えをとる。
そしてピクルスの対面に、シャーベットとポアソンが並んで着席した。
「お初にお目にかかります。私はポアソン‐ジョワです。精神衛生専門医をしています。本日はどのようなお悩みで?」
「わたくしに降りかかってしまった病、突発性烏賊着ぐるみ症が、わたくしの煩悩によるものなのか調べて頂きたく、こうして参りましたわ。今はポピーシードによる効能のお陰で症状が落ち着いておりますの。でも、この先どのように対処すれば良いのかしら?」
「病は気からともいいますから、お気持ちをしっかりなさって」
「あとDHAの豊富なシーフードもいいわよ」
ここぞとばかりに、シャーベットが魚貝類を推してきた。
「わたくしは鮭お握りが大層好きですわ♪」
「ナイスな選択よ。それから、あなたのご先祖の行ないにも、いくつかの問題があったみたいよ」
「どういうことですの?」
「あなたのマザー・アイリスさんが、かつてアルデンテ王国の王子からの求婚を拒んだため、烏賊の呪いをかけられたのだわ。しかも、あなたのグランドマザー・ヒクリスさんにしても、地獄で大暴れした咎が、あなたに圧しかかっているのです」
「なんとまあ、わたくしのお母様とお婆様が!?」
「そうみたいね。でも起きてしまったことは仕方ないわ」
シャーベットが他人事のようにいった。
「ここは一つ、旅行にでも行って、気分のリフレッシュをしてはどう?」
ここぞとばかりに、ポワソンが精神衛生的アドバイスをしてきた。
「シュアー!」
ピクルスは一人でブルーカルパッチョに乗り、旅行することに決めた。
残されるザラメは、エングラン皇国内を観光して待つことになる。
せっかく時空間移動の附帯機能があるので、ピクルスは未来を見たくなり、行き先として、二十年後のトンジル国を選ぶ。アインデイアン暦二千二百二十二年の八月十五日だ。
首都コウジのエアポートに機体を預け、徒歩でキンピラ通りにやってきた。
ここは商業施設が立ち並ぶ繁華街で、最も高い「第一豆腐ビル」の外壁に数本の垂れ幕があり、その中で一際豪華な「フューチャー武器ファーラム」に、ピクルスの目が釘づけとなったのは当然至極といえよう。
だが期待に反して、ファーラムは退屈なものだった。武器の展示など一切なく、単に専門家による堅苦しい理論解説が続き、その後に予定されているパネルディスカッションを前に、欠伸を連発しながらピクルスは早々と退席することにした。
これは大変なことになった。どういう理由であれ、未来にきて涙を流してしまったのだ。
ピクルスは急いでビルの屋上へ向かった。ジェットフットを装着しているので、飛んで逃げようと考えたのだ。タイム監視局員が彼女を追ってきた。このままでは世界の果てまで追跡され、いつか逮捕されてしまうことだろう。
と、この時だった。空中に突如、飛行物体が出現し、アームが伸びてきて、ビルから飛び立とうとしたピクルスの身体を回収したのである。
突発性烏賊着ぐるみ症が悪化したピクルスは気絶した。その間に、二百年間過去へ遡ることになるのだった。
つれてこられてのはアインデイアン暦での二十一世紀の八月、場所はトンジル国の郊外にある「黄瓜時空間解析研究所」だった。
ここでピクルスは、ミネストロウネ‐カペリイニという少年と出会い、真夏の恋に陥る。
だがライバルとなる少女が二人いた。研究所に住む姉妹、緋紅瑠素と藍李酢である。カペリイニを巡る、三つ巴の戦いが始まるのだった。
「きたわね♪」
「そうですね」
シャーベットが応対に出る。
「いらっしゃーい♪ あたしは私立探偵のシャーベット‐メープルよ、うふ。そんでもって、あなたはキュウカンバ‐ピクルスさん、ヴェッポン国自衛軍の大佐をしている武器商人の娘さんね?」
「シュアー!」
「そちらの大きなワンさんは、ヴェッポン国自衛軍の軍曹をしているキュウカンバ伯爵家の第三執事カルメイラ‐ザラメさんよ、きっと間違いなく。ふふ♪」
「はい、その通りです!」
「しかも、あなたたちは今から二十三分前のプラス・マイナス三十秒以内に、このアパートの前まで一度は辿り着いていながら、会話に夢中だったため、うっかり通り過ごしたんですよね?」
「ええ、そうですわ。よくお分かりですこと。おほほ」
ピクルスとザラメの素性および行動が悉く正確にいい当てられたのだ。
もっとも、名探偵のシャーベットにしてみれば、この程度の推理なら、DHAの助けなどなくともできる、いわば初歩中の初歩的エクササイズに過ぎない。
「それじゃ中にどうぞ」
「シュアー」
「わおん!」
シャーベットは、一人と一匹を部屋に招き入れた。
応接用テーブルに備えつけられている背もたれつきチェアに、ピクルスがつく。
続いて、ザラメは、テーブルの横に臨時で設置された「大型犬用お座り台」に飛び乗り、文字通り律儀なまでに「お座り」の構えをとる。
そしてピクルスの対面に、シャーベットとポアソンが並んで着席した。
「お初にお目にかかります。私はポアソン‐ジョワです。精神衛生専門医をしています。本日はどのようなお悩みで?」
「わたくしに降りかかってしまった病、突発性烏賊着ぐるみ症が、わたくしの煩悩によるものなのか調べて頂きたく、こうして参りましたわ。今はポピーシードによる効能のお陰で症状が落ち着いておりますの。でも、この先どのように対処すれば良いのかしら?」
「病は気からともいいますから、お気持ちをしっかりなさって」
「あとDHAの豊富なシーフードもいいわよ」
ここぞとばかりに、シャーベットが魚貝類を推してきた。
「わたくしは鮭お握りが大層好きですわ♪」
「ナイスな選択よ。それから、あなたのご先祖の行ないにも、いくつかの問題があったみたいよ」
「どういうことですの?」
「あなたのマザー・アイリスさんが、かつてアルデンテ王国の王子からの求婚を拒んだため、烏賊の呪いをかけられたのだわ。しかも、あなたのグランドマザー・ヒクリスさんにしても、地獄で大暴れした咎が、あなたに圧しかかっているのです」
「なんとまあ、わたくしのお母様とお婆様が!?」
「そうみたいね。でも起きてしまったことは仕方ないわ」
シャーベットが他人事のようにいった。
「ここは一つ、旅行にでも行って、気分のリフレッシュをしてはどう?」
ここぞとばかりに、ポワソンが精神衛生的アドバイスをしてきた。
「シュアー!」
ピクルスは一人でブルーカルパッチョに乗り、旅行することに決めた。
残されるザラメは、エングラン皇国内を観光して待つことになる。
せっかく時空間移動の附帯機能があるので、ピクルスは未来を見たくなり、行き先として、二十年後のトンジル国を選ぶ。アインデイアン暦二千二百二十二年の八月十五日だ。
首都コウジのエアポートに機体を預け、徒歩でキンピラ通りにやってきた。
ここは商業施設が立ち並ぶ繁華街で、最も高い「第一豆腐ビル」の外壁に数本の垂れ幕があり、その中で一際豪華な「フューチャー武器ファーラム」に、ピクルスの目が釘づけとなったのは当然至極といえよう。
だが期待に反して、ファーラムは退屈なものだった。武器の展示など一切なく、単に専門家による堅苦しい理論解説が続き、その後に予定されているパネルディスカッションを前に、欠伸を連発しながらピクルスは早々と退席することにした。
これは大変なことになった。どういう理由であれ、未来にきて涙を流してしまったのだ。
ピクルスは急いでビルの屋上へ向かった。ジェットフットを装着しているので、飛んで逃げようと考えたのだ。タイム監視局員が彼女を追ってきた。このままでは世界の果てまで追跡され、いつか逮捕されてしまうことだろう。
と、この時だった。空中に突如、飛行物体が出現し、アームが伸びてきて、ビルから飛び立とうとしたピクルスの身体を回収したのである。
突発性烏賊着ぐるみ症が悪化したピクルスは気絶した。その間に、二百年間過去へ遡ることになるのだった。
つれてこられてのはアインデイアン暦での二十一世紀の八月、場所はトンジル国の郊外にある「黄瓜時空間解析研究所」だった。
ここでピクルスは、ミネストロウネ‐カペリイニという少年と出会い、真夏の恋に陥る。
だがライバルとなる少女が二人いた。研究所に住む姉妹、緋紅瑠素と藍李酢である。カペリイニを巡る、三つ巴の戦いが始まるのだった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
異世界着ぐるみ転生
こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生
どこにでもいる、普通のOLだった。
会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。
ある日気が付くと、森の中だった。
誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ!
自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。
幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り!
冒険者?そんな怖い事はしません!
目指せ、自給自足!
*小説家になろう様でも掲載中です
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。
そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?!
しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...?
ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...?
不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結24万pt感謝】子息の廃嫡? そんなことは家でやれ! 国には関係ないぞ!
宇水涼麻
ファンタジー
貴族達が会する場で、四人の青年が高らかに婚約解消を宣った。
そこに国王陛下が登場し、有無を言わさずそれを認めた。
慌てて否定した青年たちの親に、国王陛下は騒ぎを起こした責任として罰金を課した。その金額があまりに高額で、親たちは青年たちの廃嫡することで免れようとする。
貴族家として、これまで後継者として育ててきた者を廃嫡するのは大変な決断である。
しかし、国王陛下はそれを意味なしと袖にした。それは今回の集会に理由がある。
〰️ 〰️ 〰️
中世ヨーロッパ風の婚約破棄物語です。
完結しました。いつもありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる