キュウカンバ伯爵家のピクルス大佐ですわよ!

紅灯空呼

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【第十幕】RPGのエンディング

戦い前の安らかな一時&雨

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 うどん屋「ナメトコ」は一軒ぽつり、山の中である。
 二人で並び、あまり人の進まない道を行く。

「今夜は、月明かりの方は、まるっきりだなあ……」
「そうですわ。でも、とうバルーンの光が、こんな山奥にまで届いていましてよ」
「だなあ……照らして、くれやがってるぜ、全くよお」

 灯バルーンというのは、いわゆる発光気球のことだ。それらが、セロリ城を中心とする半径五十キロメートルの範囲内に、合計八百個も浮かんでいる。
 カルビ平野の端っこにそびえるカニミソ山脈も煌々として、ロウマンティックのカケラもない夜になってしまった。

「おい、そこんとこ、木の根っこがつき出てやがるぜ。ピクルスさんよ、足取りの安全確保に留意しろ!」
「シュアー!」

 これほど明明なら、百戦錬磨のピクルスがつまずく事故など起こり得ない。しかし、それでも婚約者きどりのヨツバにしてみれば、黙ってはおけないのだ。

 うどんを食べてから解散した。
 そしてピクルスは、ホテル「スグリの宿」に停泊した。
 久しぶりとなる天蓋つきクイーンズ寝台だった。なんの障害もなく安眠でき、カルビ平野の地平線から日輪が現れる頃、快調に目覚めた。普段の生活とさほど変わらないような清々しい朝だ。
 チェックアウトも、ぬかりなく済ませた。開業当初からずっとロビーに設置されている、大きくて背の高い古時計が午前三時半ちょうどを示す。
 ここへヨツバが迎えにきた。十年間着古したという柔道着姿だ。

「おうピクルスさんよ、よおく眠れたのか?」
「シュアー・ソー・マッチ」

 澄まし顔で返すピクルスは、小豆色のジャージで上・下揃えている。
 二人は近くにある食材運搬会社に潜入して、セロリ城へ向かう「ベンツウ1号車」に忍び込んだ。
 配送ルートの途中、運転手の中年男ショルガア‐ベニオが、ドライブ・スルーのできる牛丼店に立ち寄った。
 ピクルスたちも朝食にする。ベニオが毎朝ここでドライブ・スルーを利用せずに店内で食事するという情報を事前にキャッチしていた。だからこそ実現できた緻密な計画なのだ。
 ベニオが入店して、一分間を待ってから、ヨツバとピクルスも入った。

「ヨツバ、なにすんの?」
「オレッチ、牛δ盛り盛り丼。これFA」

 FAはファースト・アンサーの略。意味は「最高位の選択」だとか。
 この二人は、どこにでもいるような、これから学校へ行って朝練に励む柔道部員と専属女子マネを装っているのである。

「プッ、ギュウでモリモリってなにそれ、ω級さいしゅう笑うしぃ~」
「オメヱ知らねえぇんか? δ盛りシリーズ、マックスω級超えでウメヱっての」
「アッハハァ~、そんなのウルトラママω級的に知らないしぃ~」

 ωオメガはウムラジアン共通文字の最終だから、ω級は「これ以上なく」を意味している。だから「ウルトラママω級的」は「想像を絶するがまま最高点に達し続けている状態」ということで、要するに「絶対的」の誇張表現である。
 ベニオは、既にカウンター席で「朝食SILVERセット」の牛焼き飯丼を、がつがつ食べているところで、表情には出さないものの「最近のYR(ヤング・ルーキー)やJK(女子高校生)たちは、言葉がチョベ諸Q出汁モロキューだしまくりで、会話にチョ美髭びひげついてけんタッキィぶち切れかけやで、メンマシナチクわぁ」などと心の内でボヤいている。このオヤジも、かつての大人たちからYRと呼ばれていたものだ。
 自動券売機で「焼き鮭定食」と「牛δ盛り盛り丼」の食券を買い求めた二人は、自然な振る舞いを崩さず、肩を並べて奥のテーブル席へ向かった。ベニオには、露も怪しまれていない。
 店内のテレビジョンが、ちょうど早朝ワイドショウ番組を放映している。

『哺乳類であっても、機械類であっても、その完全無欠がとこしえに続くことなど、この世にはありません。「決して狂わない時計」という代名詞を冠せられ、現在まで日夜、十二進数と六十進数を数え続けてきました時計、スグリの宿のあのが、とうとうΘΕΟΣデオス(神)に召されました。乾電池のパワーが切れたのではありません。当番組のスポンサー様によるCMでも、「三十年間連続稼働」を謳われています製品を、二十年間で必ず交換されてきたのですから。五百年間もの時分を、ただただひたすらにチェックインやチェックアウトをする人たち、および牛たちの眼差しに、黙って応え続けた果ての大大往生といえますこと、寸分の狂いもないでしょう。今までありがとう、感謝感服です!』などと、便秘ガチガチ女性報道官のアンドナツ‐パンコが、心にはウンともスンとも溜まっていない陳腐な言葉で伝えた。
 朝食を終えたピクルスとヨツバによって、再び無断便乗を許してしまったベンツウ1号車が出発した。午前四時十五分だ。
 いよいよセロリ城第三城門を通過する時、車内からは見えないが、嗅覚に鋭敏なヨツバが雨の匂いを嗅ぎ取った。

「降ってきやがったぜ」
「雨ですの?」
「おうよ。アンパンのやつ、天気予報コーナーで『今日も一日ずっとカンカンに晴れちゃいまっすぅす~』なんて唱えて踊りやがったのによお」

 ピクルスは、そのことよりも今日の戦いの行方を懸念し始めた。

(雨……わたくし、それでは勝ち目が……)
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