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【第九幕】4thステージ「ビタミンC」

ロウマンティックのカケラもない夜

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 セロリ城へ通じている通常滑走路にブルーカルパッチョが降りた。
 戦闘機用の停止位置まで誘導してくれたのが、見覚えのあるようなヒグマということもあり、ピクルスは、フランセ国のマーシャラーがこのようなところまで出稼ぎにきているのだろうか、と半信半疑である。

「コワサンさん?」
「そのような名を私は持っていません。番兵のペペロンです」
「そう……」

 熊違いだったのだ。コワサンは今どこでなにをしているのやら、もはやピクルスには、分からない。
 あの懐かしい巨体の躍動感を追憶する。きっと彼も以前のように働いているだろう、と思うことで拭うやり切れのなさ。

「本日は鯛餡といいまして、お日柄が良く、温度・湿度・風力、どれも快適基準の中、焼き加減上々の鯛焼きをお持ちになっての行楽には、まさに打ってつけですけれど、時にあなた様は、どのようなご用向きでセロリ城へお越しですか?」

 ペペロンによる丁重な入城審問が、ピクルスを現実に引き戻す。今は感傷的な気分に浸っている時ではなく、これから一勝負打たねばならない。

「わたくし、魔王ギョーザー牛千様に新発売お祝いのお花をお捧げしたく、はるばるミルキィ半島から、馳せ参じましてよ。おほほほ」

 ニュウニュウから教わった通り、このように番兵をたばかるのだ。

「ほほう、そうでしたか。賢明なご判断です。あなた様も、やはり牛千様の臣下につくことを、強くご希望なのでしょう。それは誠に祝着にて。はい、ではあちらの方へお進み下さい。係の者から、ご案内がありますので」
「ラジャー!」

 澄まし顔のピクルスは、ペペロンの示す城門まで、悠然闊達と歩く。
 突っ立っているのは、青い甲冑を着た仮面の騎士だ。

「おい女、背中の武器はここに置いて行け」
「いやですわ!」
「あんだとぉ?」
「これは武器ではありませんもの」
「いいや、それは刀、立派な武器の一種だぜ!」

 拡げられた両の腕が通せんぼうをしてくる。
 だがその程度では、百戦錬磨のピクルスが怯んだりはしない。

「これは事務用品の一種です」
「事務用品だとお? じゃあ一体、どんな使い方をするんだ!」
「ペーパー・ナイフですわ」
「おっ! ちょうどいいぜ」

 騎士は、懐から桜色の封筒を出して、ピクルスの手に握らせた。
 ほんのりと甘く香り、そして暖かく、紙触りも良い。

「どういうおつもり?」
「その手紙を開封しろ」
「どなた宛てですの?」
「もちろん、お前にだ」

 ひっくり返して見ると、濃い墨で「ピクルスへ」と記載されてある。
 自分へ宛てられている手紙なら、なにをためらう必要もない。ゼロコンマ二秒にして、桜の封がスパリと斬り開かれた。名刀オチタスピは、優れた武器であるのみならず、レター・オープナーとして事務的な活用もできることが、証明されたのである。

「開封しましてよ」
「中に入っている手紙を取り出して読め。だが、決して声には出すな」
「ラジャー!」

 淡い桜の便箋の中央に濃い緑で、「好きだピクルス、俺様の嫁になれ!」が力強く綴られてある。

「どうだあぁ!」
「ラジャー!!」
「へへへ、ピクルスさんよ」
「あなた、もしや!」
「おうよ。このストレイト・プロポウズこそが、俺様という男の証だぜ」

 外された仮面は、さっと投げ捨てられた。見た目は紙のように軽そうだったが、敷石にぶつかると、衝撃でヒビ割れを作るほどの破壊力があった。
 想像を絶する重量を引っ提げながらも、良く耐えているのは、ピクルスの思った通り、かつて手合わせしたことがある、腕の立つ武術家の顔だ。

「ヨツバさんですのね!」
「ああ、久しぶりだなあ」
「シュアー!!」
「だが、ここから先は通しゃしない。行きたければ、この俺様を倒せ」

 ヨツバは険しい表情で拳骨を振り上げた。

「ど、どうしてですの?」
「お前のことだ、きっと牛千を倒しにきたんだろうよ」
「シュアー!」
「だが、そいつは無理ってもんだ」
「どうして?」
「俺様でも倒せなかった。負けちまったぜ。あっさりとな。揚げく、今の俺様は牛千の臣下……」
「まあ!」
「……そんでも、恥じちゃあいない。再起を、狙ってんだからなあ」

 臥薪嘗胆の日々である。そこが、男を上げたヨツバの意地なのだ。

「そうでしたのね。では、わたくしとヨツバさんとで力を合わせて牛千を倒す作戦なら、どうかしら?」
「おおっ! それだ、そいつは俺様も思いつかなかったなあ。相変わらず分かってるじゃないか、ピクルスさんよ」
「シュアー!」

 一人で敵わないのなら二人がかりで挑むという作戦である。普通に考えて出てきそうな発想だが、腕っぷしは強くても頭の方は少し弱いヨツバにとっては、さも斬新なアイデアに思えてくる。
 二人の話がトントンとヒノキ製まな板を打てば響くが如く運び、立ち合い時刻は明朝四時半過ぎ、と決した。冷凍庫が温度チェックされる時間帯に重なる。その忙しさの隙を狙って、牛千が眠る第一チルド室に奇襲をかける寸法だ。

「よおし、そうと決まったら、今夜は再会の宴だぜ」
「まあ、素敵ですわ♪」
「ピクルスさんよ、なにが食べたい?」
「そうですわねえ、わたくしは、狐うどんが食べたいですわ♪」
「あっはは、そうか。それじゃ俺様は狸だ。よおし、ちょいと遠いが、行きつけのうどん屋『ナメトコ』がある。そこへ連れてってやろう。ついてこい!」
「ラジャー!!」

 日輪がすっかり地平線の向こうへ沈み切った頃、若い男女は城下を抜け出た。
 監視の目がないことを目視確認したうえで「ジェットフット飛翔」という魔法を使い、目的の高級うどん料理店へ意気揚々、ぶっ飛んで向かった。
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